81 :NO.22 新ジャンルな恋愛1/5 ◇RqM8RwK87E :08/01/14 00:51:36 ID:GNVBbaTt
「相澤晴香。君が好きだ。俺は、狂ったピエロのように君を愛している」
昨日は「カートコバーンの歌よりも強く激しい切なさで愛してる」で、一昨日は「東京タワーから全裸で飛び降りても死なないタフ
さで俺は君を抱きしめる」だった。その前は憶えていないけど似たようなセリフのはずだ。廊下にいた生徒達は私と先輩に冷ややかな
視線をおくり、事情を知っている友達は見ないふりをしている。先輩は私の頭を撫でている。
「やめてください先輩。キモいです」
「それはすまなかった。だが君が好きだ。そしていつか、この高校の誰もが驚くような方法で君に愛を伝えたいと考えている」
「微妙にスケール小さくないですか?」
「それでいいのだ」
先輩は毎日おかしな日本語で私に愛を告げる。それも廊下ですれ違うときや部活のときなど、私が最も恥ずかしいタイミングで。今
日は後ろから肩をがっしと掴まれ、いきなり告白された。それも舞台役者のような大仰な節回しをつけて。本人は恥ずかしくないのだ
ろうか? 私は東京タワーから全裸で飛び降りるのと同じくらい恥ずかしい。
「セクハラですよ」
「分かった。今度から触らないようにする。それから相澤晴香。好きだ。また校庭で合おう!」
「先輩、キモいです!」
先輩が全力で階段を駆け上がるとチャイムが鳴った。
黙っていればかっこいいのに。
クラスの友達も私と同じように言う。黙っていれば好きになれたかもしれないのに。
「おはよー!今日もラブラブだったね!うらやますぃー」
友達の中でただ一人、沙耶だけが奇怪な先輩を好意的に評価している。
「あれはセクハラって言うの。絶対キモいって」
「ほらきた。きたよ、ツンデレ。早いこと楽になってしまいなさい。とりあえずでいいから、ね」
「そんなの嫌!恥ずかしいじゃん」
先輩があちこちで私に告白するせいで職員室にも私の噂が広まっている。職員室に行けば自分の顔と名前を遠巻きに確認されている
気配を感じるのだ。そんな状態で付き合うなんて考えられない。それに予定調和すぎるのも嫌だ。
「付き合ってみてダメだったら別れればいいじゃない。あんな積極的な人なかなかいないって」
「積極的すぎるから困ってるんでしょ」
雰囲気というものが最初からないのだ。去年の十一月頃、部活中に何の脈絡も無く告白された。明日からテスト期間だから部活が四
時で終わる、といった事務連絡の後にいきなり「好きだ」と言わたのだ。文章に読点をつけるよりも自然な発声で先輩は私に告白をし
たのだ。思わず私もはいそうですかと応えてしまった。それ以降もさりげない愛の告白は続き、年が明けたころからエスカレートして
きて、現在ではこの有様なのだ。
82 :NO.22 新ジャンルな恋愛2/5 ◇RqM8RwK87E:08/01/14 00:52:04 ID:GNVBbaTt
「私は普通の人がいいの。だって順番ってあるでしょ?最初はアドレスを聞いたり、遊びに誘ったり……」
「でもどっちにしろチャンスなんだから、行けばいいのよ」
「そういえば、宿題やった?私やってなかったからノート見せて!」
「何それー。つか普通、心折れるって。先輩が離れても知らないからね。そうやって宿題も恋愛も先延ばしにしてると後でせつなーい
ことになっても知らないわよ。そもそもねえ、彼氏が一回も出来ずに卒業するなんてこれ以上サイアクなことってないでしょ。あんた
は恵まれた環境にいるの。早く気づきなさい」
「分かってますって」
まくし立てる沙耶は正しいと思う。同じ立場なら私も同じアドバイスをするだろう。でも未知のものに踏み出すのは恐ろしい。沙耶
は「鴨がネギしょってフグの刺身を腹に詰めて飛んでくる」状況よりもありえないというけれど、恐いものは恐いのだ。我を忘れるく
らい人を好きになったら私はどうなってしまうのだろう。沙耶はそれが恋だなんて知った風な口を聞くけど、彼女だってまだのはずだ。
せめて先輩が普通だったら良かったのに。
私は陸上部で先輩は一つ上の二年生だ。男子と女子が一緒に練習することはないのに、先輩はどうにかして私に接近してくる。気づ
けば近くにいて、そして練習に戻る。
部活前の数分のミーティングは男女一緒に行われる。部長でもある先輩はミーティングを仕切る。解散し、私がトレーニングに向か
う直前に「それと相澤、好きだ」と言う。そのせいで私達が付き合っていると思っている部員もいる。
またある時は縦読みで「あいざわがすき」の言葉を忍ばせた部員募集のチラシを学内に張りまくったこともある。これがきっかけで
私達は学校公認のバカップルにされてしまった。なんてキモいんだろう。
それでもストーカーじみた感じを受けないのは、先輩がどこかで線を引いているからだと思う。「好きだ」があっても「付き合って
くれ」は一度もない。それに、連絡網から知っているはずなのに、先輩からの電話やメールは来ない。だからそこまでしつこい感じが
しないのかもしれない。
でも一番の理由は、私も先輩が好きなのだ。
「あー私もカレシほしーわ。切実に」沙耶がだるそうな顔をした。
*
その日の朝、先輩は来なかった。放課後になっても先輩は来なくて、今日は休みなのだと思った。でも先輩は部活に出席して、いつ
もと同じように校庭の真ん中でストレッチをしていた。
きっと今日は忙しかったのだろう思ったが、ミーティングになっても私と視線を合わせてくれなかった。毎日、百パーセントの頻度
で私に話しかけてくれた先輩が、私を視野に入れようとすらしなかった。
この時はじめて私は自分の気持ちに気づいた。泣きそうな顔になっているのが自分でも分かるくらいだった。
83 :NO.22 新ジャンルな恋愛3/5 ◇RqM8RwK87E:08/01/14 00:52:26 ID:GNVBbaTt
「人生は短い」とか「お年寄りは大切に」のような当たり前のことを堂々と言い渡されたような感覚だった。沙耶の言葉は本当に正
しくて、私は先延ばしにして逃げていたのだ。そして、先輩の気持ちが折れてしまったのだ、と思った。
他の部員も何事かを感じ取って、誰も私に話しかけようとはしなかった。それが逆に辛かった。
私達の関係は何も始まっていないのに、終わってしまった。
魂が抜けたまま部活を終え、制服に着替えて部室を出ると、先輩がいた。だらしなくネクタイを緩めたいつもの先輩だった。左手に
携帯、右手にはカバンを持った見慣れた姿の先輩が立っていた。
「相澤、俺は君が好きだし、付き合って欲しいと思っている。君の気持ちを聞かせてくれ」
不意を突かれた。こんな状態で聞かれてもまともに話せるはずがない。
それにいつもと違って先輩は変な風に言わない。はじめて見る先輩の真っ直ぐなまなざしに私はどうにかなってしまいそうだった。
嬉しさや戸惑いが説明のつけられない感情になってこみ上げる。先輩の姿が滲んで、絶対に嫌だと思ったのに私は泣いてしまった。
*
「で、そしたらほんとに先輩が話しかけて来なくなったと?」
「うん」
「うんじゃないよ!あんたはッ!何してんの!」
あの後先輩に何度も謝られた。私は誤解を解こうとしたが嗚咽ばかりが出てどうにもならなかった。
そしてその日から本当に先輩が私を避けるようになってしまったのだ。
「多分ね、先輩も緊張してたんだと思うよ。いつもへらへらしてるから逆にダメだったんじゃないかな。面と向かってマジになるのが」
先輩は「好きだ」と一方的に気持ちを伝えることはあったけど、私の気持ちを確認したのはあの日が初めてだった。沙耶の分析は意
外と当っているかもしれない。彼女が同い年なのに頼りがいのあるカウンセラーに見えた。
「で、晴香が泣いちゃったから、本当に自分はキモかったと思って反省して身を退いたと。先輩はまだあんたが好きなんだけど、また
泣かれても困るから距離を置いてると」
それでも不安なことには変わりない。かれこれ二週間は先輩と話をしていないのだから。実は沙耶の読みはハズレで、先輩の気持ち
は本当にぽっきりと折れてしまって、別の女のところに移ってしまった、なんてこともあるかもしれない。
「沙耶。その話本当?」
「知らないわよ。テキトーよ。あと、カン。こればっかりは本人に聞かないと分からないわー。先輩が晴香に聞いたみたいにね?」
なんて嫌らしくて、それでいて本質的なことを言う友達なんだろう。でもそれは一点の曇りもない正論だった。
「先輩に会えなくて寂しいんでしょ?ならそう正直に話せば良いじゃない。チョコを渡すだけで全てが解決するのよ。先輩はあんたが
84 :NO.22 新ジャンルな恋愛4/5 ◇RqM8RwK87E:08/01/14 00:52:50 ID:GNVBbaTt
好きなんだから。キーパーのいないゴールにシュートを決めるのと同じくらい簡単なことでしょ」
そういえば。バレンタインだった。
「『そういえば』じゃないっつーの!あんた女のくせに何してんの」
同い年のカウンセラーはまた私をどやしつけた。
チョコを渡せば、あの時の誤解が解ける。そして私の思いも伝わる。
「ちょー簡単よ!明後日の朝までにチョコレートを準備して学校に持参よ。持参。そして先輩の下駄箱に入れちゃえばいいのよ。手渡
しでも良いけどね。私これ以上簡単に説明できないよ!」
「うん。ちょー簡単ね」
私は嘘をついた。ちょー簡単なことはない。だってバレンタインのチョコと言ったらそれはもう大変で、チョコ一つで好意がバレバ
レになってしまう世にも恐ろしいアイテムなのだ。こんなものを先輩に渡したら、それはもう取り返しのつかないことになってしまう
。全国の本命を配る女子生徒たちが朝早くに学校に向かい、しっぽりと意中の男子生徒の下駄箱にチョコレートを収めるのもそのため
だ。もし先輩が私のことを嫌いになっていたら、私のチョコは家族向けの戦利品、あるいは犬のエサになるかもしれない。先輩が犬を
飼ってるかは知らないけど。
ありもしない妄想で私は憂鬱になってしまった。なんて臆病な女。
チョコは駅前のデパートで買った。いかにも私という女が選びそうな、地味なチョコだ。ラッピングもごくありふれたものを選んだ。
私のなんと冒険心のないことか。
渡し方については随分悩んだけど、やっぱり下駄箱に手紙を添えて入れることにした。そもそもこれ以上の勇気、私にはない。チョ
コを買おうとした辺りから、私の中の最高記録は更新され続けている。ちょっとくらい妥協してもいいはずだ。
バレンタンの朝、私はチョコレートを家に置いて登校してしまった。
沙耶は心底呆れた顔をした。
「さすがの私でもそれはフォローできないわ」
私も自分自身に愛想が尽きた。あのチョコ、どう処分しよう。
「犬に食わせちゃえばいいのよ」
それで良いと思った。あんな地味なチョコを選んだ時点でもう勝負はついていたんだ。先輩だってもう私に愛想を尽かしている。世
界中から愛想をつかされた女のチョコなんて縁起が悪い。犬に食わせてしまうのが一番だ。でもそれじゃあ犬が病気になってしまう。
一番の負け犬は私だから、私が一人寂しく食べればいい。私は惨めな雌犬だ。
絶望的な午前を乗り越え、昼休みにたどり着いた。能天気な音楽が放送される昼の時間がたまらなく憂鬱だ。
ところがいつまでたっても音楽が流れない。こんな日もあるだろうと思っていたら、スピーカーから先輩の声が聞こえた。
85 :NO.22 新ジャンルな恋愛5/5 ◇RqM8RwK87E:08/01/14 00:53:19 ID:GNVBbaTt
「一年二組、出席番号十八番。相澤晴香。私は陸上部部長だ。先日は泣かせてしまってすまなかった。あれから色々と考えた。だが俺
の何が至らなかったのか、どうしても分からない」
校舎のあちこちからざわめきが聞こえる。スピーカーから教師の怒鳴り声も混ざってきた。私はようやく事態を把握した。
「……だからもう一度君に告白したいと思う。相澤晴香。君が好きだ。俺と付き合って欲しい。俺は今日、君のためにチョコレートを
準備した。もし俺の気持ちを受け止めてくれるのであれば、俺のチョコを貰ってくれ。もし嫌なら、犬にでも食わせるか、ドブに捨て
てくれても構わない。今から教室に行く。そこで待っててくれ」
スピーカーからドアの開く音と、教師の怒声が流れた。
先輩が、来る。
私は放送室に走った。
なんて先輩らしいやり方なんだろう。到底及ばない。
いつか、先輩は私に言った。
「この高校の誰もが驚くような方法で君に愛を伝えたいと考えている」
先輩は本当にやってのけた。そして一番驚いたのは私だ。まさかこんな――
いた。小さな箱を持って先輩が走っている。先輩だ。
私達は正面からぶつかりそうになった。
「受け取ってくれ、相澤晴香。俺の気持ちだ!」
恥ずかしさ、戸惑い。そんなものは捨てた。
「先輩、キモいです。でも私も先輩が好きです」
「相澤晴香。だが俺はもっと君が好きだ!」
先輩は朗々とした声でそう言うと、私を抱き寄せた。