【 明日もまた夕日が沈む 】
◆QAbQXuW886




57 :NO.16 明日もまた夕日が沈む1/5 ◇QAbQXuW886 :08/01/14 00:38:32 ID:GNVBbaTt
「俺はお前が大好きだ」
 夕暮れに染まった公園。俺はブランコに腰掛けた幼馴染にそう告げた。その途端、俺の心臓は破
裂するんじゃないかっていうくらい激しく鼓動し、汗が次から次にふきだす。緊張のため喉は渇き、
目は泳ぐ。はっきり言えば、挙動不審だった。
 幼馴染はしばらくの間、そんな俺の顔をジッと見て、ぷっと吹き出した。
「なにそれ、私をからかっているの?」
 ケラケラと笑われて、俺の顔がオレンジの空に負けないほど真っ赤に染まる。俺の真剣な気持ち
すら笑われているようで、無性に悔しかった。
「俺は真剣だ!」
 なおも食い下がる。真剣だった。俺の言葉に嘘偽りは一切なかったし、ただ彼女の事が好きだっ
た。しかし、幼馴染はひとしきり笑うと、目じりの涙を拭いこう言った。
「ばーか。私にすれば、あんたなんてただの弟。姉に告白する弟なんていないでしょ?」
 そんな目で見られているのは薄々気づいていた。しかし、こうもはっきり言われるとショック以
外のなにものでもない。俺は呆然としてその場に固まる。
 それじゃあね。と一言だけ言って、長い髪をひるがえし、彼女は公園を去っていった。
「あきらめねぇぞ。絶対好きって言わせてやる!」
 俺は沈み行く夕日に誓った。俺の目標が決まった瞬間だ。心に熱いものが宿しながら、拳を握る。
いずれ幼馴染に認めさせてやるのだ。
 それからの俺は努力をした。外見面でいえば、ファッション雑誌を買いあさって身だしなみを整
えたり、筋トレをして男らしい体に近づけたり、といった努力を。
 内面でいえば、幼馴染と同じ高校に行ける様に必死に勉強をがんばったり、面白い話が出来るよ
うテレビなどを見て話題を探したり、交友関係を広げるためにより沢山の人と会話をしたりといっ
たことだった。
 ただただ、幼馴染に見合う男になるように。それだけを胸に秘めて努力し続けた。

 そうして2年後。
 晴れて幼馴染と高校に通えるようになった俺は、再び幼馴染に告白するタイミングをジッと待っ
ていた。
「ねぇ、ユウキ。バスケット楽しい? なんか見てると結構激しいスポーツだよね、あれ」

58 :NO.16 明日もまた夕日が沈む2/5 ◇QAbQXuW886:08/01/14 00:38:59 ID:GNVBbaTt
 幼馴染と一緒に夕暮れの道を歩きながら、たわいない話をする。俺は、幼馴染と一緒に帰るこの
時間が好きだった。風に揺れる彼女の長い髪からは優しい日向の匂いがする。明るい彼女は俺にと
っての目標で、物凄く大切なものだった。
 彼女が突然歩みを止めた。俯き、何かを悩んでいるようだった。
「あのさ、ユウキ。ユウキって斎藤君と仲良かったよね」
 顔を上げた彼女は、決意に満ちた表情をしていた。
「え? ああ。うん」
 斎藤修二、俺のクラスメートで幼馴染と同じ科学部。優しげな風貌とそれにあった性格で、地味
ではあったが、イイ奴だった。
「あの、斎藤君って彼女いるのかな?」
「いや、いないと思うけど……」
 そっか、と言って安心した表情を浮かべる幼馴染。なんだろうか、この会話は。まるで彼女が斎
藤に気があるみたいじゃないか。
「私ね。斎藤君に告白しようかと思ってるんだ。それで、そのぉ、斎藤君の趣味とか、好きなもの
を聞いてほしいの」
 なにを、言っているんだろうか。俺の頭がぐらりと揺れる。いろいろなものが絡まりあって、頭
の中はぐちゃぐちゃだった。
「なんで俺がそんなことしなくちゃならないんだよ。同じ部活なんだから、それぐらい自分で聞け
よ」
 纏まらない考えで、なんとかそれだけを捻り出す。
「だって、斎藤君を見てると、その、恥ずかしくてうまく喋れないんだもん」
 本当に恥ずかしそうに、しかし少しだけ嬉しそうに彼女は言う。
「……好きなのか? 斎藤のこと」
 つい、耐え切れなくなって、俺はそう彼女に聞いた。俺の勘違いであってほしかった。

「うん。多分、好きなんだと思う」
 一目ぼれってあるんだね。なんの迷いもなくそう言って、彼女は笑った。頭がどうにかなりそう
だった。景色がグニャリと曲がる。まるで現実感がない。
「アイツ、地味だぜ。それでもいいのか?」


59 :NO.16 明日もまた夕日が沈む3/5 ◇QAbQXuW886:08/01/14 00:39:26 ID:GNVBbaTt
 俺がそう言うと、「違うよ」と彼女は笑いながら否定した。
「まあ、確かに地味だけど。すっごく優しいよ。この前なんてね、迷子になった小さい子をね…
…」
 斎藤の事を嬉しそうに語る彼女、本当に嬉しそうに、今が楽しいというように。それを見て思っ
た。ああ、コイツは本当に斎藤が好きなんだ、と。俺なんて頭の端っこにもないくらいに。それで
俺の頭は、先ほどの混乱が嘘のようにクリアになった。
「いいぜ。よーし、俺に任せろ。この俺の手にかかれば、カップルの一人や二人ちょちょいのちょ
いだ。大船に乗った気でいやがれ!」
 俺はそう言って、豪快に笑った。彼女も俺を見て、クスリと笑う。そう、俺が好きなのはこの笑
顔なんだ。ここで俺が思いのたけをぶちまけたところで、彼女を困せるだけだ。俺はただ、幸せそ
うな彼女を見ていたいのだ。
 それじゃ、頼むね。そう言って、彼女は走り去っていった。まるで、最初に俺が振られたあの時
のように。
「俺、馬ッ鹿みてぇ……あーあ、まるでピエロじゃん」
 そう呟く俺のそばには、彼女の残り香すら残されてはいなかった。

 夕暮れの校舎に二つの影が伸びていた。俺の幼馴染と、斎藤修二、二人の影だ。俺は、物陰から
それを見ていた。彼女はしばらく迷っていたが、意を決したように何かを言った。そして、斎藤は
照れくさそうな顔でこくりと肯いた。
 それからの幼馴染の喜びようといったらなかった。急いでこちらに走ってきたかと思うと、興奮
気味にこう言った。
「やったよ、ユウキ。斎藤君オッケイだって。わぁ、もうすっごく嬉しい! 私嬉しさで、死ん
じゃうかも」
 おいおい、せっかく隠れていたのに。こっちまで来ちまったら斎藤に丸分かりだろ? 俺は苦笑
いする。そして、斎藤も俺に気づいて俺のそばまで来ると、やあと声をかけた。
「よかったじゃねぇか、俺も嬉しいぜ。これで俺も、お前のお守りから解放されるってわけだ」
 なによぉと彼女はむくれて、俺の頭を叩く。俺は痛そうに頭を押さえる。斎藤がそれを見て微笑
む。なんともない日常。彼女は本当に楽しそうで、これでよかったんだと俺は思う。

60 :NO.16 明日もまた夕日が沈む4/5 ◇QAbQXuW886:08/01/14 00:39:52 ID:GNVBbaTt
「それじゃあね。ユウキ君、またあした」
「ユウキ、おなか出して寝るんじゃないわよ。馬鹿のクセに風邪だけは引くんだから」
 それじゃあな、と言って。俺は彼女と斎藤を送り出した。二人幸せそうな表情がとても眩しくて、
なんとなく、お似合いだなと薄ボンヤリした頭で思った。

 公園のブランコに、俺は腰掛けた。ぼんやりと空を見る。すでに日は沈み、星がのぞいていた。
公園の近くにある家からは楽しそうな声と、明かりが漏れている。俺の恋は彼女が幸せになるとい
う形で終わった。
「……やべぇ、泣きそう」
 あー、とうめきながら、俺は目頭を押さえる。なんだよ、最高のハッピーエンドじゃねぇか。た
だ、目標が一つなくなっただけだ。泣くなんておかしな話だろ? 笑えよ、俺。笑い飛ばしてやれ
よ。
「無理、絶対無理だ。これ……」
 ぽたりと、俺の握りこんだこぶしに涙の滴が垂れる。努力した、ただ努力した。少しでも俺に振
り向いてほしい一心で。しかし、蓋を開けてみればこんなもんだ。所詮弟分は弟分、頼られる事は
あっても、振り向いてくれることなんてありはしないんだと、斎藤の事を楽しそうに語る彼女の横
顔を見て思った。
「悔しいなぁ……」
 彼女が幸せになって嬉しい思いは確かにあるのに、悔しい気持ちもそれと同じくらいある。頭の
中はグチャグチャで、涙はとめどなく流れた。
「……俺、情けねぇ」
 もう終わったと、そう気づいているのに、たかが二度失恋したくらいで、いまだにぐちぐちと悩
む自分が情けなくってしょうがない。
 ギィとブランコを漕ぎ出す。思ったよりスピードがあった。風が、俺の涙を吹き飛ばしていく。
「やめだやめだ。俺は次にいくぞ! アイツよりかわいい子をみつけてやる」
 ぴょんとジャンプし、加速のついたブランコから飛び降りると、決意を新たにした。俺は目元に
滲んだ涙を拭う。
「悩むのは性に合わないしな。努力努力っと」

61 :NO.16 明日もまた夕日が沈む5/5 ◇QAbQXuW886:08/01/14 00:40:19 ID:GNVBbaTt
 よーし、顔をパチリと挟んで気合を入れた。幼馴染と斎藤のフォローになりつつ、まずは好きな
人をみつけなくちゃな。
 こりゃ、明日からが大変だ。そう思いながら俺は家路を歩む。1歩1歩しっかりと地を踏みしめて。

 もし、もしもだが、彼女が仮に俺を好きだと言ってくれたとしても、俺たちはそこで終わってい
たと思う。始まりは弟みたいだから、という半端な理由で断られた事が悔しくて努力した。せめて
男として見てもらえるように、と。
 でも、そこまでだ。好きと言ってもらえた瞬間、俺は目標を見失うのだから。次第に彼女の心は
俺から離れていって、友達という関係ですらいられなくなっただろう。
 そう思うと、これが最高の終わり方なのだと思う。彼女は、見かけではなく内面で本当に好きな
奴を見つけて、相手も地味だが本当にいい奴だった。彼女が幸せになって、本当の意味で俺の恋は
終わったのだ。
 俺はそれで踏ん切りをつけられて、次に向かう事が出来る。そう、俺の二度目の恋は夕日で始ま
って、夕日で終わったのだ。
 そして、明日もまた夕日は沈む。俺はそう思うのだ。





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