【 蝋の姫君と愛し男 】
◆faMW5pWHzU




55 :NO.15 蝋の姫君と愛し男 1/2 ◇faMW5pWHzU :08/01/14 00:36:58 ID:GNVBbaTt
 先輩が俺の目の前で椅子に腰掛けて本を読んでいる。
 心臓の音がやけに耳障りな、二人きりの部室。
 ここだ。今だ。場所はここで、いまが今だ。最高のセッティングだ。ここで言わずして、いつ言うんだ。
 俺は乾ききった喉をむりやり鳴らし、なけなしの勇気を体中から掻き集めた。
「先輩、好きです」
 そう呟いた。
 彼女は動かない。俯いているため、どんな顔をしているのかも見えない。
「ずっと前から好きでした。……って言っても、『出会った時から一目惚れで』なんて安っぽい事は言いません。む
しろ最初に会った時は、ぼーっとした人だなぁ、とか失礼な事思ってました。でも部に入って、だんだん仲良くなっ
て、話したり、笑ったりして、一緒に過ごしているうちに……いつのまにか、好きになってました。先輩の笑ってる
顔が好きです。先輩のぼーっとしてる顔が好きです。先輩の悲しんでる顔や困ってる顔も……すいませんけど、好き
です。後ろから肩叩いてびっくりした時の顔とかも、好きです。先輩の、ころころ変わる表情が全部好きです」
 ここで一息つき、深呼吸する。
 彼女はまだ読書の体勢のまま、微動だにしていない。だが俺はそんなことに構わず、思いっきり膨れ上がった想い
のたけを吐き出した。
「先輩、俺はあなたの事が好きです! こんなに人を好きになる事があるなんて、思ってもみなかった……あなたで
頭がパンクして、狂いそうです。おかしくなりそうなんです、先輩の事が好きすぎて! ……ずっと、伝えたいと思
っていました。今まで勇気がなくて言えなかったけど、今日こそは言います。先輩! 俺と、付き合って下さい!」
 俺は溜まりに溜まっていた激情を全力で搾り出し、叫んだ。
 そこまで言い終えると同時に、興奮に押された身体が思わず椅子から立ち上がる。
 そこで、俺が告白している間、ずっと本に目を落としていた先輩が初めて顔を上げた。そして話しかけてくる。
[ どうしたの? ]
 少し驚いた様子で、しかし優しく微笑む先輩。
 そんな彼女に慌てて俺も、ぎこちない、覚えたての手話を返す。
[ いえ なんでも ないです ]
 座っていただけなのに息を荒らげて汗を流している俺に、先輩は不思議そうな顔をして頷いた。
 そして、日の落ちてきた窓の外をちらりと見てから本を畳む。
[ そろそろ 帰ろうか? ]
 先輩が、俺とは段違いに滑らかな手つきで言った。
 俺は同意し、すぐさま身支度を整えた。


56 :NO.15 蝋の姫君と愛し男 2/2 ◇faMW5pWHzU:08/01/14 00:37:22 ID:GNVBbaTt
 部室を出て、校舎を出て、校門を出て。
 5分経ち、10分経ち、15分経ち。
 幸せな時間はすぐに過ぎる。
[ じゃ またね ]
[ はい また明日 ]
 先輩と別れの挨拶をする分岐路、俺はいつものように心の中で身悶えする。情けないほどヘタレな自分に。
(チクショウ……本人を前に、何回練習すれば気が済むんだ俺は! 伝わらない事をグチグチ言ってどうする!?)
 そしていつものように夕日に誓う。今日はダメでも次こそはと。
(明日は……明日こそは絶対に! ちゃんと告白してやる! 好きだとまっすぐ言ってやる!)
 今日もまた固く誓った。何百回目かの、誰にも聞こえない決意を。

(了)



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