【 幸福論 】
◆ZIPyTXuL.2




52 :NO.13 幸福論1/2 ◇ZIPyTXuL.2:08/01/14 00:34:08 ID:GNVBbaTt
 放課後、僕は彼女を校舎の屋上へと呼び出した。フェンスの向こうに見える太陽は、三分の一ほど沈んでいるだろう。とても綺麗なのだろうけれど、生憎僕は背を向けているので見ることが出来ない。
 好きです――と、ただそれだけを目の前の彼女に伝えた。僕の生涯で、最初の告白だ。彼女が出来たことはあるけれど、どれも相手から告白してきたので、僕から想いを伝えることは無かった。だから、とても緊張して、とても怖くて、そして……とても気持ちが良かった。
 ほんの数秒の沈黙の後、彼女が口を開いた。
「気持ちは嬉しいけど……ごめんなさい」
 ふっ、と目の前が真っ暗になった。彼女とは仲も良かったし、何度かデートのようなこともした。自分で言うのも何だが、容姿も問題ないと思う。正直、良い返事を貰う自信はあった。
 僕が返事を受けて、立ち尽くしていると彼女が続けた。
「……好きな人が……いるから。だから……ごめん」
 ……なんだ。そうか。ああ、とても単純だ。
 今までの日々の幸福は全て二人で共有していると、そう思っていたがどうやら違うようだ。いや、幸福の種類が違うというべきか。つまり、今までの幸福に恋愛感情を見ていたのは僕だけだったということだ。
 そう確信すると同時に、僕の心の中に満たされていた幸福は全て絶望に変わった。やはり、僕が求めていたものが確かにそこにあった。
「……ありがとう」
 顔を上げ、彼女に向かってそう呟いたが、すでにそこに彼女は居なかった。どうやら先に帰ってしまったらしい。彼女のことだから、きっと声は掛けてくれていたのだろうけれど、気づかなかった。
 後ろを振り返ると、すでに日は半分以上沈んでいた。相当ショックだったらしく、どうやら長い間、阿呆のように呆然と立ち尽くしていたらしい。
「……我ながら情けないな」
 誰に言うでもなくそう呟きながら苦笑し、目の前に立ちはだかる緑のネットフェンスに手を掛け、そのままよじ登った。止める者は居らず、易々とフェンスの反対側にある僅かな足場へと降り立つことができる。自分が思っていたよりも恐怖は無い。
「ありがとう」
 もう一度。今度は分かっていながら、そこには居ない彼女に向かって呟く。

 そして僕は、眼前に広がる茜色へと飛び込んだ。


53 :NO.13 幸福論2/2 ◇ZIPyTXuL.2:08/01/14 00:34:37 ID:GNVBbaTt
 僕が彼女を好きになったのは半年ほど前だった。彼女を好きになってからの日々は常に満たされ、幸福を感じていた。
彼女と日曜日を過ごすことで。彼女と携帯の番号を交換したことで。彼女と同じ学校に通っていることで。彼女と同じ空間に存在していることで。彼女と。彼女と。彼女と。
 別にそれは今に始まったことでもなかった。前の彼女のときもそうだった。その前の彼女のときも、その前の前のときも。
 そうして幸福を感じ続けていると、気づくことがある。
 常に満たされていること……。停滞している幸福は、もはや不幸なのだということ。しかし、僕はそれに気づかないふりをしていた。現在の幸福を否定してしまったとき、
僕は何を幸福と感じるのかが、分からなくなってしまう気がしたからだ。そうして僕は、幸福である不幸を誤魔化しながら過ごしていた。

 片鱗を見せたのは、八人目に付き合った女性―僕が彼女に告白する前に付き合っていた彼女―との別れのときだった。
その人とは今までで一番長く付き合っていて、一番想いを寄せていて、一緒に居て一番幸福を感じていた。
 その黄色く輝いていた幸福が、一瞬にして真っ黒に塗りつぶされたとき、僅かに感じた気がした。停滞する幸福から解放され、絶望が心に広がる。その瞬間こそが僕にとって本当の幸福であるのだと。
 しかし、それからは絶望が停滞しているだけで、以前と何も変わらなかった。いや、停滞しているものが絶望である分、以前よりも性質が悪かった。

 それから半年後、僕は彼女を好きになった。そして、絶望に代わり、再び幸福の閉塞状態が続いた。
 結局、堂々巡りである。どうすれば永遠にあの幸福を味わい続けることができるのだろうか。僕は考え、考え、考え抜いた末に、ようやく一つの術を見つけることが出来た。
 死である。停滞からの解放の瞬間を、死によって繋ぎ止めることで、僕の真の幸福は永遠になる。
死後、その幸福が停滞するのではないかとも考えたが、死んだ後は、もはやそれは僕ではないので、あずかり知らぬことだ。
 そこまで考えたが、やはり僕には死というものは恐ろしかった。完全に確証のない幸福のために命を張れるわけがない。それに、今の停滞している幸福でも、手放すのは惜しい。では、どうするか――
 僕は賭けをすることにした。賭けの内容は彼女に告白すること。受けてもらえれば、このまま今と同じように過ごしていく。断られれば、瞬間の幸福を永遠にする。
告白を賭けにするというのは少々気が引けたが、仕方が無い。
 どちらも勝ちのようで、どちらも負けなような気がしたが、それはそのときになれば分かるのだと思う。僕がどちらを望んでいるのかが。

 そして翌日、僕は彼女を屋上へ呼んだ――

(了)



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