【 ファースト・プロポーズ 】
◆DogUP10Apo




25 :No.7 ファースト・プロポーズ 1/4 ◇DogUP10Apo:08/01/13 00:42:45 ID:Cwm0GLbh
 ある丘の上に二本の樹が生えていて、片方の根元に一人の男が腰掛けていた。彼はそこで一日中、空を飛
ぶ鳥を目で追ったり、白い雲の動きを観察したりしていた。
 男の仕事は、ここら一帯の土地を管理することだったが、何も問題が起こらない限りは、いつもここでこうや
って過ごしていた。草木が生い茂り、泉が湧き出し、動物たちが平和に暮らす。この土地では今まで何の問題
も起こったことが無かった。また、男はその体を隠すものを何一つ身に付けていなかった。つまり、全裸で過ご
していたのだが、それもこの土地がいかに安全であるかを示していた。
 この日も男は何とはなしに空を眺めていた。他の動物たちと通じ合えないことが、自然と彼を独りぼっちにさ
せた。心地よい暖かさの太陽光を浴びながら、いつしか彼は眠りに落ちてしまっていた。
 男は奇妙な夢を見た。夢の中で彼はいつもの丘の上に立っていて、いつものようにそこから見える景色を眺
めていた。しかし、ふと振り返ると、そこに二本あるはずの樹が、たった一本しか立っていなかったのだ。男は困
惑した。それらは二本とも大事な樹だった。それらの樹に生る鮮やかな実は彼にも食べることが許されていな
かった。その内の一本が忽然と姿を消してしまったのだ。この土地を管理をする者として許されない失態だった。
 目が覚めると、陽は暮れかけていた。男は今しがた見た夢のせいで、肋骨の辺りが痛む思いがした。自分の
腰掛けている樹と、その隣にそびえる樹、どちらも確認すると、ようやく彼は安堵した。夢は夢でしかなかった。
しかし、すぐに不安は形を変えて現れた。肋骨の痛みが消えてくれなかったのだ。
 隣の樹の影が揺らいだのは、そんな折だった。西日を受けて大きく伸びた樹の影が、男の視界の隅で確か
に動いたのだ。先ほどの夢のこともあり、彼は緊張しながら隣の樹に目をやった。すると、驚いたことに、樹の
影から、より短い影が分裂したではないか! 短い影を落としていたのは何か動物のようであった。それは男
の方にゆっくりと近づいてきた。彼は身構えた。逆行でよく見えなかったものの、それは確かに男と同じ形をし
ていた。彼は自分と同じ形の動物を今までこの土地で見たことが無かった。
「怖がらないで、怪しいものじゃないわ」
 鳥のように高い声だった。男の目の前に現れたのは、一人の女だった。男と同じようにその身には何も着て
いない。
「君は誰だ? どうしてここにいる?」
 男はできるだけ管理者としての義務を遂行しようと、厳格な態度でこれに臨んだ。しかし、内心では恐怖心と
好奇心とが六分四分で渦巻いていた。
「私はあなたの肋骨から作られたのよ」
「僕の肋骨……?」自分にここの管理を任せているあの連中ならそういうこともできるかもしれない、と男は
思った。「ということは、つまり、君も彼らに何か仕事を与えられたのかい?」
「ええ、あなたと一緒にこの楽園を管理するようにって。もしかして……ご迷惑かしら?」

26 :No.7 ファースト・プロポーズ 2/4 ◇DogUP10Apo:08/01/13 00:44:20 ID:Cwm0GLbh
「いや……」男は今までの生活を振り返ってみた。
 心の通じ合わない動物たち。一人で空を見上げる代わり映えの無い毎日。そんな中彼女の存在はどうだろう?
この向かい合っているだけで張り詰める空気。何かが始まりそうな予感。新しい創造の可能性。連中が彼女を生
み出したのは、ひょっとすると自分の生活に変化を与えるためではないだろうか?
 いつの間にか男の中の恐怖心は消え去り、女が現れたことに対しての大きな期待を抱くようになっていた。そし
て、返答を待っている女に対して、快く口を開いた。
「僕も親しみ合える友人がいなくてちょうど退屈していたところだ。君は見たところ僕と似たような性質を持っている
し、きっと仲良くやれるだろう。それに彼らの命令といっちゃ逆らうことはできない。僕は喜んで君を迎えるつもりだ
よ」
「ありがとう。喜ばしい限りだわ」女は清らかな笑みを浮かべた。
 その時、男の心に不思議な感情が湧き上がってきた。肋骨の痛みも忘れるくらいに柔らかく、溶けてしまいそう
なふわふわとした気持ちだった。
「とにかく、これからよろしく」
 女が手を差し伸べたので、男もそれに答えた。お互いの肌が触れ合い、手をしっかりと握り合った時、彼はその
人生で初めて夕陽に感謝した。なぜなら、その時彼の頬は、赤く染まっていたに違いなかったから。
 そうして、二人は一緒に暮らし始めた。といっても、始めのうちはお互い距離を置いて行動していた。男は女に近
づきたいと思いながらも、妙なプライドがそれを許そうとしなかった。女は女で、この世界の自然と戯れることに好
奇心を刺激され、男にはそれほど興味を示さなかった。
 そんな二人が心を打ち解け始めたのは、いたって平凡な出来事からだった。
「あれはなんという名前の動物かしら?」
 女が草原を駆ける動物を指差して、そう男に尋ねた。
「あれはユニコーンだよ」
 男は声を掛けられたことを嬉しく思いながらも、それ以上気の利いたことを言えなかった。いつも女との会話は
二往復くらいで終わってしまう。今回もこれっきりだろうと男は思った。
 しかし、女は思った以上に話を続けた。
「ふーん。名前は大事ね。最近になってようやくそれが分かってきたわ。あの子は私のお気に入りなの。でも、より
親密な関係になるには名前が必要だわ。ユニコーン。いい名前ね。あなたが名付けたの?」
「まあね。ここにいる動物はみんな僕が名付け親なんだ」
 男は女の意外な食い付きに内心喜びと焦りをもって答えた。
「じゃあ、私の名前もつけてくれない?」女が言った。

27 :No.7 ファースト・プロポーズ 3/4 ◇DogUP10Apo:08/01/13 00:45:01 ID:Cwm0GLbh
「君に名前を?」男は驚いた。
 男は動物の名前を、ただそれぞれを判別するための道具として考えていた。だから、判別するまでもない女に
名前が必要だとは思ったこともなかった。
「ダメかしら?」
「いや、今考えてるんだ」男はそう言ってから考え始めた。「そうだな……それじゃあ、『イヴ』なんてどうだろう?」
「それでいいわ。あなたの名前は?」
「僕は『アダム』だよ、イヴ」
「アダム、素敵な名前ね」
 名前で呼び合うことになってから、二人の関係は急速に縮まり始めた。二人は一日のほとんどを一緒に過ごす
ようになり、以前男が一人で座っていた丘にも、二人で仲良く腰掛けて空を見上げた。そうする内に、男はある確
信を深めていった。それは彼が女のことを愛しているという、紛れも無い真実であった。
 ある朝、男は重大な決心を内に秘めて、女の元へ向かっていた。一歩一歩が重たく、途中何度も踵を返したく
なった。今日、あの丘の樹の下で、女に告白するのだ。今日逃げたら、きっと明日もダメになる。男はそう自分に
言い聞かせて、ついに丘の上に辿り着いた。
 女はすでに樹の下に座っていて、なにやら頭上を見上げていた。
「おはよう、イヴ。いったい何をしているんだい?」
「あら、アダム。あの真っ赤な実を見て。なんだか美味しそうじゃない?」
「何を言ってるんだ」男は強い口調で言った。「君は彼らに言われなかったのかい? この二本の樹に生っている
実は、決して食べてはならないんだ」
「ごめんなさい、アダム、怒らないで。ただ綺麗だなって思っただけなのよ。食べたいだなんて言わないわ」
 男は女に哀願されて、雰囲気を自ら悪くしてしまったことに気づき、慌てて繕った。
「いや、こちらこそ厳しく言ってすまない。そうだ、イヴ。今日僕は君に言いたいことがあったんだ」
「うふふ、突然何かしら?」女は後ろに手を組みながら立ち上がった。
 男は覚悟を決めた。大きく息を吸い込んで、伝えたかった言葉とともに一気に吐き出す。
「僕は君のことが好きなんだ、イヴ、大好きなんだ。僕とずっと一緒にいてくれ。ここで子供を産んで、子供たちと一
緒に幸せに暮らそう。僕には君だけしかいないんだ」
 言い切ってしまうと、男はもう真っすぐに女の顔しか見なかった。
 女は少し呆気にとられていたが、すぐに微笑んで彼の誠実な態度に答えた。
「もちろん私も大好きよ、アダム。あなたとならきっと幸せな家庭が築けるわ」

28 :No.7 ファースト・プロポーズ 4/4 ◇DogUP10Apo:08/01/13 00:47:04 ID:Cwm0GLbh
 男はそれを聞いた瞬間、感極まって、身体が震えるのを感じた。そして、大きな喜びのままに女をひしと抱き
寄せた。その時、女が「あ」と小さく声を上げた。
 何かが地面に落ちて、転がった。女が後ろ手に何かを隠していたらしい。
「これはどういうことだい?」
 男が抱擁を解いて、それを拾い上げる。それは頭上に実っている真っ赤な樹の実だった。
「ごめんなさい。実はあなたが来る前に一つもぎ取っていたの」
 女はきまり悪そうにしながらも、言い訳をしなかった。むしろ開き直った風にこう続けた。
「スネイクさんから聞いたのよ。あいつらはああ言ってるけど、別にこの実は食べても大丈夫だって。ねえ、ア
ダム、せっかく二人がこうして結ばれたんだから、お祝いにいただきましょうよ。一つくらい平気だわ」
 男は彼らに背くことが恐ろしかったが、今はそれ以上に女との絆が深く大切なもののように思われた。
「そうだな、イヴ。これは僕らの結婚祝いとしよう」
 男は樹の実にそのまま噛り付くと、次いで女に手渡した。女も同じように噛り付き、樹の実には二つの歯形が
残った。
 禁忌を犯した興奮と幸せな未来を感じながら、二人は急に自分たちが全裸であることを恥ずかしく思って赤面
した。

                              [Happy end?]



BACK−図式が出来ない!◆ZRkX.i5zow  |  INDEXへ  |  NEXT−恋と世界のカラクリ◆ecJGKb18io