【 図式が出来ない! 】
◆ZRkX.i5zow




21 :No.6 図式が出来ない! 1/4 ◇ZRkX.i5zow:08/01/13 00:35:02 ID:Cwm0GLbh
 告白しようとした夏の夜は妙に肌寒かった。汗の量が普通ではなかったからだ。家を出る直前にシャワーを浴びても
肌寒かったのは何故かは知らない。月がおれを照らしてるから寒いんだというロマンチシズムな事を思ったら余計寒か
った。もともと閑静な住宅街なのだがとにかく静かな夜だ。その静かさがやけに耳につく。五感が研ぎ澄まされている
のが分かる。
 その告白相手が初恋の人であるからだろうか。緊張しているかどうかさえ分からない。
「もっと落ち着けよ」とは俺の横を歩くユミの言だ。いやいや初恋の相手に告白するのに女連れて行くのはどうなのと
傍から見れば思われるだろうが、なに、妹なだけだ。「なんで私が兄貴の告白に付き合わなくちゃならないのよ、恥を
知れ恥を」と最初妹はゴネた。いや今もゴネているが言わないだけだ。「兄の告白シーン見るなんてこっちが恥ずかし
いわボケ」と隙あらばこの状況から逃げ出そうとしているのが分かる。俺よりキョロキョロしていて機会を窺っている
がどっこい、今は夜であるのはコンビニくらいで今頃妹は俺が財布を持たせなかった真の理由に気付いた所だろう。そ
してついに兄の尋常じゃない緊張をほぐそうと「もっと落ち着けよ」と言ってくれたのだ。優しいなあ。
「……なんで兄貴この暑いのに震えているの?」
「え」
「首から手にかけてガチガチ」
 自分の手のひらを見ればテカテカ輝いていた。俺は慌てて手のひらをわき腹辺りに擦り付ける。
「だいたい、告白なんて、イマドキそんな事する? 普通」
「なんで今更そんな不安になる事いうかなあ。悪口ならもっと先に言ってくれよ」
「十七歳で告白って……ねえ」
「じゃあこの想いはどう伝えれば良いのさ」
「そんなモン、遊んでるうちにフインキでなってるんじゃないの? ホント、バカじゃないの告白なんて……ロマンス
映画かよ」
「ロマンス映画でもやるべきなんだ、ロマンスなんだから」
「ロマンスを現実に持ち込んじゃいけない」
「かなあ」
 会話によって緊張が抜けたのは良いが自信もいともたやすく崩れ去る。ほんの少しだけ考えないでもなかった、ラブ
レター。「いや、でもさそういう理想って、大切だと……」
「現実を知らなかっただけでしょ」
 ガシャン。
「それは、お前がちゃらちゃらしてるんじゃないの? もうちょっと価値観のね、違いってのを認めないといけない」
「……うん、まあ良いけどね。私の知った事じゃないし。」

22 :No.7 図式が出来ない! 2/4 ◇ZRkX.i5zow:08/01/13 00:35:47 ID:Cwm0GLbh
「いや、それじゃ困る困る俺がまたガチガチになる」
「ハア? 私に何して欲しい訳?」
「優しく励まして欲しい」
 ユミは俺の隣から急に視界を消した。振り返ると立ち止まっていて、顔をしかめている。「ねえ、帰っていいでしょ?」
「何で!? あ、いや、ごめん! あとで何でもするから!」
 しぶしぶと言う風に再び歩きだす。もしかしてユミを連れてきたのはマズかっただろうか。いやしかし親はさすがに恥ずかしい。
友達なら失敗しても成功してもからかうようなヤツしかいない。実はユミでさえも相当恥ずかしいのだ。俺だって恥知らずじゃない。
けれど不安には勝てなかった。自分の弱さが悪いのか捻くれた妹が悪いのか、女に惚れた男が悪いのか、あるいは誰も悪くないのか。
ん、誰も悪くないのなら俺が不安を感じているのは何故なんだ? これは意外と深い謎……。
「ねえ」
「なんだよ、もうついて来てくれるだけでありがたいですよ」
「いつその人の家に着くの? っていうか何処で告るの?」」
「……公園? メールで呼び出すとか」
「もしかして今決めた?」
「不安なだけだよっ!」
「何で怒ってるのよ。で、あとどのくらい?」
 俺はポケットから携帯電話を取り出して背面ディスプレイを見て時間を確認した。「あと五分くらい」
「もうそこじゃないの覚悟決めろよ」
「ちょ、ちょっと待って」と今度は俺が立ち止まった。彼女の家の近くの公園の前だ。「不安だ」
 しばらくの静寂。ユミは髪を一回かき上げてこっちに歩き出した。
「なら最初からするんじゃなかったのね、バイバイ先帰る」
「あ、ちょっと! ねえ!」
 ……本当に去ってしまった。

23 :No.6 図式が出来ない!3/4 ◇ZRkX.i5zow:08/01/13 00:37:57 ID:Cwm0GLbh
 ああああどうしようどうしよう。今からメールを打つべきか。ここで退いたらカッコが悪すぎる。落ち着こうにも落ち着け
ないなあ。まだ呼び出していないからこの公園には彼女がいない筈なのにここに立ち入る事すら出来ないとはなんとも情けない。
俺は公園を取り囲む植木のレンガに腰掛ける。妹の言った「イマドキ告白なんて」がずっと脳内でループループグルグルグル。
ふと月を見て落ち着こうと思ったけど街灯に照らされた街路樹の葉が邪魔して見えない。汗も今ではイヤな汗に変わってしまい
肌寒さもなくなって今はやっぱり夏だ。プライドと嫌な予感に苦悩する俺は傍から見ればカッコいいかな。女ってのは真剣な顔に
やられるらしいと前に聞いたことがある。ああそうだどういうシチュでやりゃ良いんだ。具体的な事を何も考えていない。アイ
ラブユーを言えないのがこんなに緊張するなんて、今ならヒットするラブソングでも作れるだろうがそれを「マジに恋愛なんか
に持ち込む」とただのイタいやつだと妹の言葉がループループグルグルグル。
 と、ずっと思考しているうちにいつの間にか足腕首と虫に食われまくっていた。当たり前だが時間は過ぎていくのだ。迷って
いるうちにあまりに遅くなってしまったら悩む事すら無意味になって残るはただ後悔だけだ。ええい男ならやってみろ、あたっ
て砕けろ、悲観的な一切考えずに行動しつづければ人生の悩みの大半は解けるんだ。
「うわ!」
 俺が立ち上がったちょうどその時だった。横から勢いよく白くて冷たいモノが降りかかった。なんだなんだとビックリしつつ
横を向いたらユミが何かのスプレー缶を持って立っている。
「……匂い的に虫よけ?」
「うん」
「遅いよ」
「え、もう告った?」
「まだ。虫には食われたけど」ホントになあ。勢いを殺いでくれるヤツだなあ。虫みたいなヤツ。「お金どうしたの? 財布
持たなかったんじゃないの」
「ん、偶然都合よくポケットの中に三五〇円残ってた」
「都合がいいなあ」
「まだ行かないの?」
「もう行くよ、行きますよ」
「え、なんで急にそんなアッサリと」
「いいじゃんもうなんでも」

24 :No.6 図式が出来ない!4/4 ◇ZRkX.i5zow:08/01/13 00:38:38 ID:Cwm0GLbh
 俺は直接彼女の家の前まで行く事にする。少し遅いけど、告白する直前まで笑って済ましてくれるだろう。自分に覇気と
いうものが一切無いのを確認しながら歩いていくと「兄貴!」とユミが呼びかけてくる。ゆっくりと振り向くと缶を頭上で
振りながら「虫よけ代、払ってよ!」
「……。」
 ため息をついて俺はまた歩き出した。まだ背後から声が聞こえるので耳だけはすます。
「もう付き合ってあげたお礼はそれだけで良いから、ちゃんとやれよー逃げんなよー」
 やる気が殺がれたなあ妹のせいで。すっかり元の通りになってしまった……。
 まあ、緊張がとれたからそれでいっか。

                                      終わり



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