【 外罰的な、あまりに外罰的な 】
◆Br4U39.kcI




16 :No.5 外罰的な、あまりに外罰的な1/5 ◇Br4U39.kcI:08/01/12 11:35:25 ID:Vme+Ills
 僕はペドだ。ペド野郎だ。
 そういう人種は、祖父の時代には賤民などと呼ばれて忌み嫌われたらしい。
 だが祖父も小児性愛者だった。加えて本能に忠実なハンターだったのだ。
 祖父はフランス人だった。
 かつてフランスの種馬と呼ばれた血が騒いだのかもしれない。貪りに貪った。
 投げかけられる誹謗中傷をかいくぐり、父を経由して、その性癖を僕にもたらしてくれた。
 とんだ害人である。
 僕はこれまで平凡で屈託にまみれた、ゆえに楽しい日々を送ってきたつもりである。遊ぶ友人だって両手で数えるぐらいは居る。
 西洋人風の顔立ちのせいか、告白だって何度か受けた。
 告白に準えて酷薄な返しを、という混血ジョークを理解されず、殴られたことも少なくない。
 努めて平常者のように振る舞っていたつもりだ。
 ゆえに飢えていた。
 ペドフィリア。幼少の頃の印象としては、ピカレスクヒーローのようなものだろうかとも考えていた。
 管見というやつだろうか。良い感じに頭が悪い。
 まあ今でもあまり重大なことと、捉えきれていない嫌いはあるけれども。
 だからといって、軽々しい理由で友人に性癖を披瀝しようなどとは塵も思わない。
 幽かに萌え出た叡智の一端が、『人生やめますか?』と凄んでくるからだ。
 この逞しい理性が居なければ、今頃悪漢犇めく少年院へ護送されている。
 卑しい欲求が本能制御室に入り込んだことを起因として、炉心溶融が起こりかける度、
 ギャル男風情な理性修理工が、『ちょい、マジ勘弁して欲しいんすけど』と軽口を叩きながらも、知的外郭を修復してくれている。
 無論手抜き工事というおまけ付きで。

17 :No.5 外罰的な、あまりに外罰的な2/5 ◇Br4U39.kcI:08/01/12 11:36:13 ID:Vme+Ills
 少子高齢化が悪化の一途を辿る今日にあって、可愛げに溢れた子供達は危急種と呼べる。
 限定品には目がない日本人。発揮されるロミオとジュリエット効果。犯罪者増える増える。
 しかし僕にとっては少子化など、鍋の縁にこびり付いた麹味噌レベルの、すなわち取るに足らない問題でしかない。
 何故なら僕は、幼女から幼男、そして同年代の小柄男子までを、性的欲情の対象として幅広くカバーできてしまう度量の持ち主だからである。
 メリットとして、通常のペド野郎に比べて、同年代小柄童顔男子限定とは言えども、視野が数倍へと膨れあがる。この優越感は決して分かるまい。
 つまり僕はペドでありバイでもあるのだ。我ながら凄まじい十字架を背負っているではないか。
 一時期ネクロフィリアにも目覚めかけたが、なんとか踏みとどまってよかった。
 そんなプチ汚れた僕なのだが、昨年、クラスメイトの浦河君に岡惚れしてしまった。
 垢抜けしきらない男子である。
 学校祭終わりの下校中に、ホテル街への誘導計画を企ててしまうくらいに惚れ抜いていた。
 やあ災難だったな浦河君。僕は君が好きで好きで堪らないぞ。
 だがその告白は心中に留まり、なかなか湧き上がってはこない。
 好ましい物体は独占したい。汚したい。大事にして壊したい。
 人間心理の鉄軌をなぞるように、僕の心理は邁進している。
 そして制御不能な場所まで来てしまった。頼りの理性すらも兵糧攻めの憂き目に遭い、戦々恐々と防衛戦線より離脱してしまったのだ。
 一日五分の妄想が積もり積もって、結果的に箍を外すこととなったのであろう。
 今の僕は限りなくフリーダム。
 そのくせ切羽詰っていた。

18 :No.5 外罰的な、あまりに外罰的な3/5 ◇Br4U39.kcI :08/01/12 11:36:55 ID:Vme+Ills
 困窮した僕は、弟想いな姉に、好きな人が出来た旨を相談してみることとした。
「ふん、これが相手の尊顔ですね」
「はい」
 写真を注視しつつ、時折こちらへと視線をよこす。僕は専ら相槌業に従事。
「これはなかなか……」
「はい」
「とてつもない不細工ですね」
 その台詞はさすがに同意しかねた。
「冗談です」
 姉は目を瞑り、仕切りなおすように一度長い髪を梳いた。
「……で、馨さん」
 馨とは僕のこと。フルネームは八千草馨。
「はい」
「なぜ男性?」
 不意に質され、目にも止まらぬ速さで顔を背けてしまった。
 お父さん譲りのバイなんです。とはさすがに言えなかったからだ。
 我が父は結婚を性癖の隠れ蓑としたのである。ちなみに祖父と僕以外は、パートナーである母もこのことは知らない。
 もしかして我が家の男は変態しか生まれない血統なのだろうか。
 てっきり姉さんなら自分の性癖を熟知しているのでは、と淡い期待を込めて告白したのだが、存外盲目の方らしい。
「あの……なにを?」
「日記です」
 姉がベッド下から古めかしい日記帳を取り出し、黄ばんだ紙をペラペラ捲っていく。
 心なしかどこかで見たことのあるようなカバーなのだが、一体どこ―――。
「『5月2日 ぼくは、いつかお姉ちゃんとケッコンします!』」
 ―――!!?

19 :No.5 外罰的な、あまりに外罰的な4/5 ◇Br4U39.kcI :08/01/12 11:37:35 ID:Vme+Ills
「『チューにつぐチュー。チューチューざんまいな、エッチなまいにちを、おくります! やちぐさかおる』」
「あばばばば……」
「『おくります!』」
「あいっ!」
 過去の自分が仕掛けた時限式トラップのお陰で、体中がひきつけを起したように不自由だ。
 このうえまだ癒えぬ傷口を深く抉られた場合、僕の家庭内権威は限りなく残念なこととなる。
「おや、もしかして私、弄ばれました?」
 今気づいたと言わんばかりに、あら驚いたというジェスチャー。件の日記をくるりと丸め、凍結乾燥した僕の頭をぽんぽんと小突いてくる。
「この記述によると、チューチューざんまいなエンジョイライフを提供してくれるんじゃなかったでしたっけな」
「も、物持ちは良いほうで?」
「なんのために私は未だ清いままなんですか。来年二十歳ですよ。こうなるんだったら我慢せずに襲っとくんでしたかっ」
 おでこ辺りを、ぐさぐさ刺してくる。若気の至りとは恐ろしい。加えて何故だか告白されている。
「十年以上も待ち侘びた結果がこれですか。ホモですか」
 我輩はバイである。あまつさえロリコンである。
「いいですか馨さん。家族とはゴジョです。いつだってゴジョらなければならないのです」
「ド……ドントマインド。ドントマインドということでここはひとつ!」
「とかく家族とは―――」
 独立した感情面へと過剰なアプローチによって、強烈にスイッチが入ったらしく、強烈な説教が始まってしまった。聞く耳なんてどこかに置き忘れてしまったかのよう。
 というか姉さんが重度のブラコンだったことを、僕は終ぞ知らなかった。てっきり多少過保護な良き姉様のだとばかり。
「なにか弁解したいことあります?」
「若気の過ちに代表される酷薄なこくは……嘘です嘘です……」
「躊躇わず言ってたら、さすがにブッ飛ばすところでしたよ……?」
 視線が交わった瞬間、本気で殺されるかと思った。しかし何故だろう。下腹部で蛇蝎の如き昂りが鎌首をもたげたのが鮮明に分かるのは。
 その後も彼女の私情丸出しな説教は、延々続いていく。そんな辛らつな言葉ひとつひとつに神経が毛羽立ち、喜ぶ。この感覚には幾分かの公然性が認められた。
 誰もが何かしらの欠陥を抱えて、地上を這っているということだろうか。

20 :No.5 外罰的な、あまりに外罰的な5/5 ◇Br4U39.kcI :08/01/12 11:38:09 ID:Vme+Ills
 姉さんは円形脱毛症を経て、間もなく引きこもった。精神状態は芳しくなく、扉の向こうから母を怒鳴り散らす始末だ。
 それを契機に、僕は父から『クラッシャー』という二つ名で呼ばれるようになるし、様相は滅茶苦茶と呼ぶに値した。
 これが姉の性癖を拒絶したことによる反動だと捉えるなら、告白とは酷く恐怖に値する事象なのだと分かる。
 例えそれが子供の何心ない戯言だったとしても、時として対象者の心を陰惨に穿つこともある。
 同時に、単に姉が弱かっただけなかもしれない。とも考える。
 首を傾げる僕に、祖父は言った。
 体内で膨張する危うい風船が破裂しかかるとき、人は追い立てられるように、未熟にも事を成そうとするのだと。
 実感こもり過ぎである。ドサクサに紛れて過去に遺棄してきた罪業すら正当化しようとしていないか。
 そんなことを主な反論材料として、努めて事務的に攻め込んでみた。
「孫が苛める……」
 祖父は間もなく母に泣きついた。年のためか最近やけに涙もろい。
 次の日、えらくご機嫌な父から、新たに『爺クラッシャー』の二つ名を授かった。年寄りをいびるのが楽しみとは、父も些か悪趣味な人である。
「……良いわね、若さって」
 いつしか母も多量の罵詈雑言を浴びているうちに、懐古の詰った海で溺水するようになっていった。
 こうして実に個性豊かとなった家庭には、普遍とは異なった形の安寧の兆しが充満している。
 不安定でいて安定している姿は、やじろべえを思わせた。
 張りつめた環境には、そこはかとない充足感がある。幸せとはこのことだと断言されれば、否定しきれない。
 さて、これから僕はどんな指針を手にすれば、清澄な一歩を踏み出せるのか。
 ドタバタしているうちに春休みとなってしまったため、近頃は浦河くんに会うこともない。
 伴い一時期パンパンに膨らんだ情欲も、萎みがちである。性癖の告白と好意の告白をセットで行う体力が、著しく不足している。
 もう気運が高まることはないのかもしれないが、別にそれならそれで構わない。興味は元からなかったものとなる。
 僕は刹那的に好きなもののみを愛でるのだ。
 なんにせよ地盤の確かな逃避路が見つかるまで、告白という選択は控えておこうと考え、鼻歌混じりにヨーグルトを頬張った。

〈了〉



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