【 朝の日課 】
◆VXDElOORQI




93 :No.24 朝の日課(1/4) ◇VXDElOORQI:08/01/06 23:42:37 ID:BZa8+mJh
 私の朝の日課はお兄ちゃんを起こし、お見送りをすることだった。

 毎朝、目覚まし時計が鳴る前に目を覚まし、急いでお兄ちゃんの部屋に向かう。
 部屋の前で一回深呼吸をし、お兄ちゃんが起きないように、そっと、ゆっくりとドアを開ける。
 慎重にベッドに近づき、
「お兄ちゃーん。あっさでっすよー!」
 言いながら、私はジャンプし、お兄ちゃんにボディプレスをする。
 布団はぼふっと音を立て、お兄ちゃんはぐえっと変な声を漏らす。
「早く起きないと遅刻しますよー」
 そう言って、ぐいぐいと体を揺らし体重をかけてもお兄ちゃんは中々起きない。
「むぅ」
 私はお兄ちゃんの胸辺りに跨って座り、お兄ちゃんの顔に手を伸ばす。
「いたたたたたっ!」
 両方の頬を思いっきりつまみ、引っ張ると流石のお兄ちゃんも飛び起きた。
 起きた反動で、私はコロリとベッドから転げ落ち、ごんと頭を打った。
「うー」
 頭を押さえ、うめき声をあげる私に、お兄ちゃんは慌てた様子で近づいてきた。
「おい、大丈夫か? 痛いか? 泣くか?」
「泣かないもん」
 私はぐしぐしと目を擦る。
 ちょっと嘘。私は少し泣いていた。お兄ちゃんもきっとわかっていたと思う。それでもお兄ちゃん
は、「おー偉いなー。よしよし」そう言って頭を撫でてくれた。

 お兄ちゃんと一緒に部屋から出ると、どこからかピピピと言うアラーム音が聞こえてきた。
「お前、また自分の目覚まし止めてこなかっただろ?」
「止めてくるー」
 本来の役目に使われることがあまりない目覚ましを止めに、私は自分の部屋に急ぐ。

 お兄ちゃんは今年から少し遠くの高校に通っていた。だから近所の小学校に通う私より、早く家を
出る。

94 :No.24 朝の日課(2/4) ◇VXDElOORQI :08/01/06 23:43:20 ID:BZa8+mJh
 早く出ないと電車に乗り遅れて、遅刻してしまうのだ。
 朝ごはんを手早く済ませ、お兄ちゃんは玄関へと向かう。私も朝ごはんを食べるのを中断して、玄
関までついていく。
「じゃあいってくるね」
「お兄ちゃん、その前にしゃがんでしゃがんで」
「またやるの?」
「うん!」
 お兄ちゃんは困ったような、照れているような顔でしゃがむ。
 私は兄ちゃんの頬に、キスをした。
「それじゃ、今度こそいってきます」
「いってらっしゃーい!」
 お兄ちゃんを見送ったあと、私はダイニングへ戻り、朝ごはんの続きを食べる。
 これが私の朝の日課だった。


 この日課はお兄ちゃんが受験生に、私が六年生になった年まで続いた。
 日課が終る前の日は私の誕生日だった。そして、その日、私はお兄ちゃんと喧嘩していた。
 お兄ちゃんは私の誕生日を忘れていた。プレゼントも用意していなかったし、おめでとうの一言も
なかった。
 今日、私の誕生日だと言うことを、お兄ちゃんが寝る直前に伝えると、お兄ちゃんは何度も謝った。
 でも、私は許さなかった。
 お兄ちゃんは次の年には遠くの大学に行くことを決めていた。
 入試に落ちて浪人しない限り、来年の誕生日にお兄ちゃんはお家にいない。
 今年で最後になるかもしれないお兄ちゃんとの誕生日。私はお兄ちゃんに祝ってほしかった。
 だから普段なら許していたことでも、許せなかった。

 次の日、私はお兄ちゃんを起こさなかったし、見送りもしなかった。
 私が朝ごはんを食べていると、お兄ちゃんはパン一枚だけ手に取ると急いで、家を出て行った。

 朝ごはんを食べ終わると同時に電話がかかってきた。

95 :No.24 朝の日課(3/4) ◇VXDElOORQI:08/01/06 23:44:26 ID:BZa8+mJh
 内容は、お兄ちゃんが事故にあった。というものだった。
 私はどこの病院にいるかを聞くと、すぐに家を飛び出した。
 私がわがまま言うから、許さなかったから、起こさなかったから、見送らなかったから、お兄ちゃ
んは、お兄ちゃんは――。

 病院に着き、すぐに病室を聞き、急いでお兄ちゃんのところに向かう。
 途中で何度か看護士さんに、廊下を走らないで、と注意されたが、そんなこと気にしていられない。
 病室には、傷だらけのお兄ちゃんがベッドで横になっていた。
「お兄ちゃん!」
「……お、前、が、学校は……?」
 お兄ちゃんの声は途切れ途切れで、か細い。
「そんなの……どうだって……」
 私も泣いているので、声が詰まって、うまく喋れない。
「……お、お前泣いてるのか? ……どこか痛いのか?」
「泣いて……ないもん」
 私はぐしぐしと目を擦る。
 すごく嘘。どう見ても泣いてる。けどお兄ちゃんは、「……そうか、偉いなー。……よ、しよ、し」
そう言って、傷だらけの手で私の頭を撫でた。
「おに――」そしてその手は力が抜けたように、頭から滑り落ち、私の顔を力なく撫で、最後に宙を
撫でた。


 ピピピとアラームが部屋に響く。私の脳味噌は半分だけ目覚める。
「ん、んー」
 枕に顔をうずめたまま手探りでアラームの発信源。最近になってようやく本来の仕事に使われるよ
うになって目覚まし時計を探す。
 なんとか目覚まし時計を探し当て、アラームを止める。そしてゆっくりと身を起こす。
 しばらくボーっと部屋を眺め、なんとなく時計を見る。
 あ、やばい。遅刻する。
 お兄ちゃんを起こす日課がなくなって、すっかりダメ人間になっちゃった。


96 :No.24 朝の日課(4/4) ◇VXDElOORQI :08/01/06 23:45:35 ID:BZa8+mJh
 私は急いで、顔を洗い、髪型を整える。その後、まだ着慣れない中学校の制服に着替え、姿見の前
で一回り。そして笑顔。
 よし、今日も可愛い。
 すぐに朝食を食べ、歯を磨く。これで準備完了。
 私は電話を手に取り、番号をプッシュ。もう番号見なくて、覚えちゃった。
 十数回目のコールでやっと繋がった。
「お兄ちゃん! 朝だよ! いくらそこが学校に近いからって、もう起きないと遅刻するよ!」
 電話の向こうからは寝惚けた声が聞こえてくる。
 私はもう一度大きな声で起こしてから電話を切り、玄関へと急ぐ。急がないと私が遅刻しちゃう。

 これが今の、私の朝の日課。

おしまい



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