【 morning bell 】
◆moera/AXG2




91 :No.23 morning bell 1/2 ◇moera/AXG2:08/01/06 23:41:04 ID:BZa8+mJh
 とてもいい気分だ。まるで空を飛んでいるかのような、心地よい浮遊感。
身も心も重力から開放され、嫌なこともなにもかも忘れ去ってしまいそうだ。
 思うに、幸せというものはまさにこのようなことを指すのだろう。

 そんな真理に辿りつこうとしたその時、耳元で大きな電子音がした。
その音によって心地よい気分が完璧に打ち消され、重く苦しい現実に引き戻される。

 夜明け。目覚めの時間の到来である。

「ぬぅ……」
 けたたましく鳴り響く耳障りな電子音に思わず顔をしかめる。ふと音の発信源を見やると、
起床時刻である七時を指した目覚まし時計があった。
 ぼんやりとした頭で、ジリジリと騒ぎ立てる目覚ましの口をふさごうと手を伸ばす。
 俺はまだ眠いのだ。貴様の指示通り起きてたまるか。
 もう一度惰眠を貪るため、正義の鉄槌を目覚ましに食らわせる。しかし――
ひょい
「ぬ?」
 正義の鉄槌はむなしく空を切った。あろうことか目覚ましが拳をかわしたのである。
「なん……だと……?」
 そんなことは有り得ないと、もう一度振り下ろす。
バン! ひょい
 かわされる。
 間髪入れずにもう一発。
バン! ひょい
 これも見事にスルー。何だこいつは。得体の知れない強敵に、少し戦慄を覚える。
 更にもう一発。今度はフェイントも交え、もう片方の手も使う。このコンボならば――
バン! ひょい ズダン! ひょい
 駄目だった。相手のほうが一枚も二枚も上だった。完敗だ……自分の……
「ってんなわけあるかい!!」

92 :No.23 morning bell 2/2 ◇moera/AXG2:08/01/06 23:41:47 ID:BZa8+mJh
 叫ぶと同時にばっとベッドから身を起こし、両の手で目覚ましに襲い掛かる。捕まえて確実に仕留めようと、
左右から手を伸ばす。が、目覚ましもそう簡単に捕まりはしなかった。捕まる寸前に真上に飛び上がり、
難なく回避する。両の手がぱちんと乾いた音を立てた。
 そのままの状態で、じとっと床に落ちた目覚ましを睨む。目覚ましは何事もないかのように、電子音を鳴らし続けていた。
「野郎……上等じゃねぇか……!!」
 忘れかけていた闘争心に火が点く。燃え上がった激情は、ちりちりとこの身を焦がした……気がした。
 ベッドから降り、前方の目覚ましと対峙する。表情なんか無いはずの目覚ましが、なんとなく嘲笑った気がした。
「てんめぇ……!!」
 感情に任せ、蹴りを放つ。目覚ましはまたも飛んで回避。その隙を逃すまいと、滞空中で身動きが取れない目覚ましに
向かって手を伸ばす。しかし無理な体勢で手を伸ばしたためにバランスを崩し、後一歩のところで逃した。
「くそっ!」
 悪態をつき、舌打ちをする。
そのまま落下し、床に転がる目覚まし。そいつを今度は蹴りではなく、踏み付けで攻撃した。
しかしそれもまた、目覚ましは飛んで逃げた。
「かかったな」
 読み通りだった。しかも今度はしっかりと足を着いているので、バランスを崩すことはなかった。
そして俺は一泊置くと、滞空中の目覚ましに向け、まっすぐ正拳を繰り出した。
「破ァ!!」
 放たれた拳は目覚ましの中央に当たった。そして吹き飛ばされた目覚ましは壁に激突し、力なく床に落ちて四散した。
 勝った! 完全なる勝利!!

 しばらく勝利の余韻に浸ったあと、俺は砕かれた目覚ましに近寄り、残骸を手に取った。
「あちゃー……つい壊しちまった。高かったのになぁ……」
 俺はちらりと部屋の片隅に目をやる。そこには朝日に照らされて輝く箱があった。箱にはこう記されていた。

『新発売! 逃げる目覚まし時計 追いかけてるうちに目が覚めます』

「帰りに目覚まし買ってこないとなぁ……今度は普通のにしようっと……」
 俺は少し後悔しながら、出かける準備を始めた。
END



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