【 朝迎えるために 】
◆lNiLHtmFro




87 :No.22 朝迎えるために 1/4 ◇lNiLHtmFro:08/01/06 23:37:29 ID:BZa8+mJh
「浩太や。明日でお前ももう十歳じゃ。この村の伝統に従ってもらわなければならん」
今年で百歳になるという長老が重々しく言った。この村は険しい山々に囲まれており、
他の村の影響を受けないでいた。そのためこの村独特のいくつかのしきたりがある。
十歳になる子供は一人で最も高い天狗山に登り、そこに咲いている花をもって帰って
こなければならないというのもしきたりのひとつである。
 「わかったよ! オレばっちり持ってくる!」
 怖いものなど何もないという自信に満ち溢れた声だった。
「ほっほ、流石浩太じゃな。その調子なら大丈夫じゃろ。ただし、絶対に『帰りたい』
と言ってはダメじゃぞ。山の神様がお怒りになる。これは新しい自分になるための試練
なのじゃ、だから・・・」
「あー、もう! わかってるって! 『帰りたい』って山の中にいる時は言っちゃダメ
なんだろ。散々聞かされたよ」
 やや短気な浩太に、村人はほとほと困り果てていた。ある時は、一頭の獲物
も狩ることができなかったと言って怒った。またある時は、自分の誕生日に雨が降ったと
言って怒った。自分の思い通りにならないと気がすまない性質なのだ。
 「では、一時間後に日が沈む。そしたら出発するのじゃ」長老は後ろの棚から丸く、
キラキラと輝くものを取り出して言った。「これはこの儀式の時に毎回使われる時計じゃ。
代々受け継がれてきた大切なものでな。これをお前に渡しておこう。明日の朝六時に太陽
が山頂から見えるじゃろう。太陽を拝んだら山を降りて帰ってこい」

一時間後、しっかりと厚手の服を着込んだ。頭にはフワフワとした毛皮の帽子を被り、
手袋をした手にはランタンが握られている。暖かいお茶の入った水筒とおにぎりを入れた
背負袋を担ぎ出発の準備万端だ。
村人は総出で浩太を送り出そうと村の入り口あたりに集まっていた。次々と浩太に激を
飛ばしていく。いつも遊んでいる友達からはお守りが渡された。浩太は嬉しそうにそれを
受け取ると気合を入れるように力強く「行ってくる!」と言い、一度も振り向かずざく
ざくと山へ向かっていった。村人は声援を送り続け、祈り続けた。浩太の姿が見えなくなってもずっと。

88 :No.22 朝迎えるために 2/4 ◇lNiLHtmFro:08/01/06 23:38:17 ID:BZa8+mJh
山はうっそうとしており、星の光もほとんど届かないでいた。時たまガサッという
何ものかが立てる音以外、あたりは不気味な静けさに包まれている。
「な、何も怖くない。まだまだ朝までは時間はあるし。ゆっくりと登ろう、」浩太は自分に
言い聞かせるようにつぶやいた。寂しさを紛らわすために。
急な傾斜であったが、道は歩きやすかった。サクサクと道を進んでいく。一歩一歩確実に
進んでいることが実感できる。浩太は白い息を吐きながら山頂に向かっていった。

「はぁはぁ やっと着いた」浩太は肩で息をしながら懐に手を入れ長老から預かった
時計を見た。「日の出まであと十分! さっさと太陽出ろよなー。さっさと終わらして
帰りたいぜ・・・」あっ、と思ったがもう発せられた言葉はなかったことにはできない。
あれほど言われていたのに浩太は「帰りたい」と言ってしまった。
「違う違う違う違う違う! 言ってない! 帰りたいなんて言ってないんだって! 
あー、違う違う違う違う!」
 周りには見渡す限り山と空と星が広がっていた。 ビューと強い風が吹いた。すると、
どこからともなく雲が現れ美しい景色は消えてしまった。世界はランタンの光が届く範囲
だけしか存在していないような気分になる。
 「おい・・・」
 浩太の後ろから重みのある声が聞こえてきた。こんな山奥に誰が、という疑問よりも
浩太は恐怖しか感じなかった。ビクッと身体を震わせゆっくり後ろを振り向いた。
 そこには、浩太の倍はあろうかというほどの身長で、手には大きな棒を持ち
全身を黒で覆ったヒトが立っていた。
 「お前・・・言ったな。『帰りたい』と」
 「言ってない! あれは・・・そう! あなたの聞き間違いなんじゃないかな? 
俺は言ってないよ」
 「嘘をつくな! この馬鹿者めが! 私を騙そうというのか!」
 風が強く浩太にぶつかってきた。そのヒトから風が吹いているかのようだ。風が
収まる気配は無い。
 「お前に朝は来ない」

89 :No.22 朝迎えるために 3/4 ◇lNiLHtmFro:08/01/06 23:39:08 ID:BZa8+mJh
 ブワッと今までの中で一番強い風が吹き、思わず目をつむった。目の前からヒトは
消えていた。捨て台詞だけを残して雲と一緒に忽然と。空にはまた星が輝いていた。
 「なぁーにが、朝はこない、だよ。後三分で太陽がでるんだよ。ははは」浩太は
陽気に笑った。きっと太陽が出るさ。さっきの奇怪な出来事を忘れるために、
悪いことは考えなかった。太陽さえ見れれば帰れるんだ。
 胸が高鳴る。あと少しで、帰れる。そう思って時計を凝視する。時間はゆっくりと進んでいく。
 六時になった。まだ暗い。時計が壊れてるんだよ。古い時計だからな。
しかし、それから一時間たった。三時間・・・時間はすぎるが一向に明るくならない。
 時間だけが進んでいく。太陽を見るまでは帰ることは出来ない。太陽は、朝は必
ずくるものだと思って生活してきた。でも、違った。太陽がでない。朝が来ない。
 「おーい! さっき出てきた山の神さまぁ! 出てきておくれよー」
 前と同じようにビューと風が吹いたと思うとそのヒトは立っていた。
 「ごめんなさい! 何でもするから許してください。朝を返してください・・・」
 「何でも・・・・・・だと?」以前と同じように威圧感のある声でそのヒトは言った。
 「では、これから決して癇癪を起こさないと誓うか? 大人の言うことはキチン
と聞くと。家事を手伝うと。品行を改めると。村を大切にすると誓えるか? 」
 「誓うよ! 絶対に誓う! 大人に逆らわないし、家事も手伝う! 村も今ま
で以上に大切にするよ!」
 「絶対だな? 嘘をついていたら・・・」
 「誓う誓う誓う誓う! 良い子になるから許してください!」
 「よろしい・・・では、あと一時間待て。 誓いを忘れるな。私はいつでも
お前のことを見ているぞ・・・」

 一時間後、空には力強い太陽が輝きをとりもどしはじめていた。山々は金色に
輝いており、その光景は浩太の胸をいっぱいにした。朝の一部に俺はなってるんだ、
と浩太は思った。太陽がこんなにも美しいものだとは思わなかった。
 「よかったー。これで、やっとだ」
浩太はそうつぶやくと、朝露で濡れた花を一輪手にとって山をくだっていった。

90 :No.22 朝迎えるために 4/4 ◇lNiLHtmFro:08/01/06 23:40:00 ID:BZa8+mJh
 村に着くと村人が村を出た時と同様に出迎えてくれた。手に持っている花を見て
浩太が無事儀式を成功させたことがわかった。おめでとう、たくさんの祝いの
言葉が浩太に向けられた。新しい自分になったのだ、と浩太は思った。
 俺は昨日までの浩太とは違う。これからは山の神様と誓ったようになるんだ。
朝の光は優しく、力強く浩太を照らしていた。太陽も浩太の成功を喜んでいるかの
ように。


十年後、浩太は二十歳になっていた。今日はある子どもの十歳の誕生日。また、
あの儀式が行われる。先の長老の息子が長老として村を仕切っていた。今日、
その子にも渡すのであろう、四時間進んだ時計を。そして今度は浩太が山の神様とし
て、子どもの見守りとして山を登るのだ。朝の素晴しさを教えるために。






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