【 夕暮れから、夜明けまで 】
◆667SqoiTR2




72 :No.19 夕暮れから、夜明けまで(1/5) ◇667SqoiTR2 :08/01/06 23:17:45 ID:BZa8+mJh
 キーボードをたたく。モニタに字が表示される。気に入らない。
 バックスペース。メモ帳はまっさらに。
 頭をかきむしる。ふけがキーボードに落ちる。
 時計を見る。午後九時。時間はほとんどない。
 こんなのじゃなかったのに。
 一年前を思い出す。キーボードをたたく。バックスペース。かきむしる。
 喉の奥から乾いた笑い。変わっていない。成長できてない。ずっとこんなのだ。
 目を瞑る。できないのは物語。文章なら書ける。本当にかけるのか?
 簡単なストーリーを作る。姫がさらわれて、王子が助けに行く。
 
 
 お城では舞踏会がありました。
 きらびやかなドレスで着飾り、くるくると楽しそうに踊っていました。豪勢な食事と、
にぎやかな音楽は朝まで途切れませんでした。
 王子様は静かなベランダで、何も言わない星空を見上げてため息をつきました。
 王子様は自分を責めていたのです。お姫様に自分の思いを伝えれなかったことを。
 ちゃんといえるだろうか。伝えたときに断られたらどうしよう。そんなことでできなか
った王子様は少し臆病だったのです。
 どれだけ責めても、王子様の心は晴れず、星空を見上げていました。

73 :No.19 夕暮れから、夜明けまで(2/5) ◇667SqoiTR2:08/01/06 23:18:31 ID:BZa8+mJh
 そこにお姫様がやってきました。
 お姫様はいいました。王子様、何をしているのですか。
 王子様は驚いて振り向きました。
 お姫様はまたたずねました。こんな場所でなにをしてるのですか。そして、ふわりと微
笑みました。
 王子様は立ちすくみました。先ほどまでの考えなど飛んでいってしまい、ただ好きなん
だとの思いで満たされたのです。
 思いを伝えようと、王子様が口を開いたそのときです。黒い影が、横切りました。する
と、目の前にいたはずのお姫様が消えてしまったのです。
 王子様は辺りを見回しました。黒い影が姫様をさらっているではないですか。王子様は
慌てて追いかけました。
 黒い影の足は速く、王子様は離されないようにするのがやっとです。息を切らせて、走
り続けました。
 そして、たどり着いた場所は見覚えのある大広間でした。ですが、王子様にはそんな些
細なことは気になりません。
 王子様は叫びました。姫を放せ。その人は僕の大事な人だ。
 黒い影は少し悲しそうに笑ったようでした。それから、姫をそっと床に伏せました。
 外を見ると、太陽が山々から顔を出していました。その光で黒い影はかき消されるよう
にいなくなりました。
 ああ、そうか。王子様は全てわかってしまいました。
 父上。姫。王子様はつぶやくことしかできません。
 日の光は無常に影も姫も消し去ってゆきます。
 かつて、きらびやかな衣装で着飾り、くるくると楽しく踊った広間は、豪勢な食事と、
にぎやかな音楽は朝まで途切れなかったこの場所には、王子様しかいません。
 お城では舞踏会がありました。今は、国もありません。

74 :No.19 夕暮れから、夜明けまで(3/5) ◇667SqoiTR2:08/01/06 23:19:12 ID:BZa8+mJh
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 糞ったれ。才能などない。駄目人間め。何が文章なら書けるだ。
 キーボードにこぶしをたたきつける。
 われに返る。全てのキーが動くか確認する。動作する。
 かっとなってはいけない。文字のない画面をにらみつける。
 考えてみろ。あれは前提が駄目だった。だから、童話調になった。今度は有名な本のあ
らすじで書こう。
 積んである本から一冊取り出す。『深夜プラス1』
 
 
 ゆっくりとタバコに火をつけ、深く吸い込んだ。
 そして、見せ付けるように煙を吐き出す。
「本当に、安全なんだろうな」
 俺は念を押した。報酬に対して、仕事があまりにも簡単すぎた。しがないタクシードラ
イバーの俺に依頼するのも怪しすぎる。
「ええ、もちろんですよ」
 マガンハルトという男は胡散臭い笑みを浮かべていた。
 あからさま過ぎる。俺はため息をつきたくなった。
 だが、俺に逃げ道なんてない。借金の肩代わりをしたというマガンハルトを無碍にした
ら、今度こそ俺は路頭に迷うことになる。つまり初めから選択肢なんてなかった。
「よし、やるよ」
「そうですか。でしたら、早速出発しましょう」
 そうさ。俺がする仕事はマガンハルトを車で定刻までにリヒテンシュタインへ送り届け
ることだ。何も難しくはないはずだ。

75 :No.19 夕暮れから、夜明けまで(4/5) ◇667SqoiTR2:08/01/06 23:20:01 ID:BZa8+mJh
 チャイムの音がした。
 舌打ちしてから立ち上がる。糞ったれめ。こんな時間になんのようだ。
 無言で扉を開けると知った顔。こんばんはと答える前に、疑問がわく。あれ、こいつ死
んだんじゃなかったっけ。
「あはは、こんばんは」
 朗らかに笑う死人。生前と変わってない。
 口を開けっ放しにしてることに気づく。疑問を整理する。口に出す。
「あれ? お前死んだはずじゃ?」
「いや、まー、なんていうか。死んでも死にきれねー、ってやつだよ。あはは」
 足元を見る。お約束のように、足がない。浮いてる。
 おいおい、そりゃないぜ。おとなしく死んで置けよ。
「それでね。今日は連れて行ってほしい場所があるんだよ」
 一人で行けよ。今忙しいんだ。と頭で考えてから気づく。
 祟られるんじゃないか。
「いやいや、そんなこと言わずにさ。君しか頼める人はいないんだよ」
 まじまじと死人の顔を見る。緩い表情。祟れるようなやつじゃない。
 ばからしくなった。
「そうだな。行こうか」
「え。いいの」
「ああ、ちょうどつまっていたときだからな」
 ため息をつく。

76 :No.19 夕暮れから、夜明けまで(5/5) ◇667SqoiTR2:08/01/06 23:21:03 ID:BZa8+mJh
 そして、死人と歩く。
 頭の中にあるのは、目的地。聞こうにも、死人は先に歩いていく。歩くのは正しくない。
死人に足はない。
 一人分の足音。一人分の吐息。死人はいないかのよう。
 だが、見える。先導している。どこへ向かっているのかはわからないが。
 不思議だった。この非日常が。
 考えてみれば、小説を書き始めたのは、こんな出来事にあこがれてじゃないか?
 だというなら、いまここで素敵な体験をしている。憧れじゃなくて、主人公になっている。
 そうか。なんだか、わくわくしてきた。これからどうなるのか、どこへ行くのか。どこ
へ向かっているのか。
 こんな出来事にあこがれていながら、さっきまで僕はなんて小説を書いていたんだろう。
つまならい筋たて、どきどきしないストーリー、魅力的じゃない登場人物。
 空を見上げた。星が消えかかっていた。きれいだった。
 肌に当たる空気がよかった。歩く事が楽しかった。何もかもが、すばらしかった。
「ここだよ」
 死人は指差した。海を。おおきなおおきな海を。なにかが胸にこみ上げてきた。熱い塊
みたいな何か。僕にはわからない。わかりたくもない。
 そして、光。
 まぶしくて、いっぱいで、めをやくようで、きもちよくて、きれいで。ああ、語彙力の
なさが悔しい!
「どう?」
 そういって、死人は、僕の小説を初めて読んでくれた君は笑った。
「うん」
 僕はそれだけしかいえない。
「じゃあ、もう大丈夫だね」
 そういい残して、君は消えた。
 僕は泣いていることに気づいた。
 
 小説を書こう。
 僕がかける精一杯の、背伸びのしない、等身大の小説を。   <了>



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