【 僕らの夜 】
◆p/4uMzQz/M




58 :No.15 僕らの夜 1/4 ◇p/4uMzQz/M:08/01/06 22:14:10 ID:gp3+6sJH
『僕らはずっと独りだった。
 明けない夜を、ずっと一人で過ごしてきた。
 朝が来るのを、ずっとずっと待っていた』


 外は真っ暗。街燈の光だけが今の世界を形作っている。
 狭い──二人で暮らすにはちょっと狭いこの部屋。その隅に置かれたダブルベッドの中。
僕の隣に寝転ぶ果歩が、眠たそうな声を投げ掛けてきた。
「んぅうぅ……で、何の話だったっけ。駒崎くん」
 眠れないから何か話でもしようよ。
 彼女がそんな言葉を投げ掛けてきたのが、もう十分程前の話だ。
さっき声が急に聞こえなくなったので眠りについたかと思ったのだが、再び目覚めたらしい。
「さも自分は起きてたみたいな言い方だなお前……。俺がせっかく眠たい頭働かして話していたというのに」
 横で寝返りを打つような音が聞こえた。目を開いて横を見ると、にやけた顔がこちらを向いていた。
「起きてたよ起きてましたよ起きてましたとも、ええ。折角駒崎くんが何やら難しい話してるのに
 それを差し置いて眠るなんてこと私がする訳ないじゃないですか」
 そうか、話が難しかったから退屈で寝たのかお前。
「全く失礼な。さも、って何ですかさも、って。ちゃんと聞いてましたよぷんぷん」
「じゃあどういう事話してた?」
 ちょっと考える仕草をした後、こちらに視線を戻した彼女は、満面の笑顔を浮かべた。
 いや。おい、それだけか宮崎果歩。
「つまりは覚えてないんじゃないか」
「いいや、覚えているともさ! 駒崎くんが私の事をどれだけ好きか、って話だったよね!」
 やけに自信満々なご高説どうも。しかし突き詰めれば、あながち間違いとも言えないので僕は反論はしない。

59 :No.15 僕らの夜 2/4 ◇p/4uMzQz/M:08/01/06 22:14:32 ID:gp3+6sJH
「私は眠たいっつーのに、話が終わり次第二回戦に突入する気だったでしょう! バレバレなんだからね、このドスケベっ!」
「そこは違ぇ。んー、まぁ、簡単に言うと。普通に眠るなら、ベッドの中こそが一番朝に近い場所なんじゃないか、って話」
 ベッドで眠って、気がついたら朝を迎える。おお、イッツ、ビューティフルモーニング。
「なんだか哲学的だね…………」
「多分概念的だろ。いや、比喩的かな?
 まぁ、夜を一番に終わらせられる場所が今寝ているここだと考えられる、ってコト」
 適当に話していた事を蒸し返すのは、何だかむず痒いなぁ。
「……ん? なんだつまり。駒崎くんは私と過ごす今この瞬間が大嫌いってことかね!
 朝よ早く来い! こんな女と一緒に寝ている時間は御免だ、ってか!!」
 アッチョンブリケ、って感じのリアクションをこっちに見せる果歩。見てて飽きないなぁ。
「違う違う。ええとね、俺はこの時間も好きだけど」
 こんな風に面白いから、俺は彼女には色々したくなっちゃう。
「俺は果歩と一緒に過ごす明日の方が好きなの。だから早く朝が来て欲しいって思う」
 真顔でこんな事言う彼氏ってどうなんだろうね。俺は知らないけど。
 でも果歩の表情を見るに、失敗した、ってことは無さそうだ。
「ばか」
 その真っ赤な顔のまま彼女が呟いた。


『子供の頃は、夜が嫌いだった。
 両親は仕事。誰も居ない部屋。自分しか居ない家。
 それはやっぱり苦痛以外の何物でも無く、でもそれだからこそ朝は希望だった。
 でも今、夜は嫌いじゃなくなっても、まだ朝の方が僕は好きでいる』

60 :No.15 僕らの夜 3/4 ◇p/4uMzQz/M:08/01/06 22:15:08 ID:gp3+6sJH

 ああ、馬鹿だ。馬鹿だ。馬鹿だ。やっぱり馬鹿だ京くんは。
 どうしてこんな事言うかな。どうしてそれで笑ってるかな。
 また眠れなくなるじゃないか全く。
「また眠った、かな?」
 赤くなった顔を隠そうと私が彼に背中を向けてから、数分後。囁くような声が耳に届いた。私は何も返さない。
「ホント可愛いなぁ、果歩は。おやすみ」
 その後、私の後ろで布団を被り直すような音がして、やがて寝息が聞こえ始めた。
 きっと彼は本当に眠たかったのだろう。今日も仕事に疲れて、明日も頑張らなくちゃいけないんだろう。
「駒崎くん、眠った?」
 小声で呟く。寝息以外に返ってくるものは無かった。
「……………………」
 それを確認して、私は再び彼の方に向き直る。
 安らかそうに眠る、彼の表情。それを眺めるのが、私の日課のようになっていた。
「本当、毎日ありがとう。本当にありがとう京くん」
 言葉にならないようなくらいの音量で、ゆっくり呟いた。
 彼のさっきの話は理解出来るが、私はこの時間も嫌いじゃなかった。昔のような苦痛じゃない、この夜も。
 京くんの寝顔を眺めながら、ゆっくり朝へと近づいていくこの時。私は何よりも幸せを噛み締めているんだろう。
「私は今日も、あなたのおかげで寂しくないよ」
 そして、この時間が終わっても朝が来る。彼と一緒に過ごす、明日が来る。

61 :No.15 僕らの夜 4/4 ◇p/4uMzQz/M:08/01/06 22:15:34 ID:gp3+6sJH

『子供の頃は、夜が嫌いだった。
 両親は不仲になり、やがて離婚。母方についた私だけど毎日家に居る間は、義父におびえて過ごした。
 手首も切った、車道にも飛び出した。無数のそれの、どれかが成功していれば、今の私は居ない。
 明るい世界を望んでいた私は、気付かないで死ぬところだった。
 今、夜だって、朝と変わらないくらいに、世界は明るいのに』


「それとさ、京くん。眠ってたとしても、あんなに頬突かれちゃ誰でも起きるよ普通」
 私は笑って囁いた。そして、やがてゆっくりと、自分の瞼が落ちて朝へと向かうのが分かった。


                                     了。



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