48 :No.12 祝福の陽 1/2 ◇TblQCYSE6A:08/01/06 22:09:22 ID:gp3+6sJH
まだ眠のさめやらぬ
恋人の甘いやさしい夢の中……。
――さあ、さあ、早く、
もう金いろの太陽がのぼる! ――
ヴェルレエヌ
少女は窓ひとつない、殺風景な部屋でぼくを待っている。糊のきいたまっさらなシーツ
の上で、寒そうにぼくを待っている。
ぼくは頑丈な樫の扉を、軽くノックする。扉の向こうからすずやかな声が返ってくる。
扉を開けると、部屋は真っ暗だった。
「どうしたの、らんぷもつけないで」
「つけてもつけなくても、おんなじだもの」
どこまでも軽やかなソプラノ。ぼくはらんぷに明かりをともした。
「さあ、今日も本を持ってきたよ」
そういうと、ぼくは数冊の本をちいさなテーブルの上に置いた。
「ありがとう。もう、この部屋の本はすべて読んでしまったから」
部屋には寝台と、ちいさなテーブル、そして壁一面の書架。
「ねえ、きみ」
「なあに」
「今夜はよい月だ。外へ散歩にいこう、ぼくの美しいヴァンパイア」
「そうね、月明かりの読書はきっとすばらしいわ」
いいながら、少女は一冊の詩集を、テーブルの上から手にとった。
*
春の夜は、ひどく心地よかった。
ぼくと少女はベンチにすわり、月を眺めた。
「月は、きれいね」
「ああ、きれいだ」
少女はひざにおいた本を開くと、すこしづつ、読みはじめた。
49 :No.12 祝福の陽 2/2 ◇TblQCYSE6A:08/01/06 22:09:38 ID:gp3+6sJH
*
「ねえ、」
「なに?」
「太陽と月、どちらがきれいかしら」
「どうだろう。ぼくは月のほうが好きだけれど」
「そう、そうなのかしら」
*
「わたし、太陽が見てみたいわ」
「何をいうの」
「太陽はきっと、熟しきったりんごのように……この詩のように金いろにかがやいて……」
「だめだよ。そんなことをしたら……」
「わたし、一度でいいの。一度でいいから、からだ一ぱいに日を浴びてみたい!」
「ああ、きみ。きみはそうして……白い灰になってしまっても、いいのかい……」
「ええ、かまわない」
*
山の稜線が仄かにしらんでくる。月はうすぼんやりと、頼りなげに浮かんでいる。
ああ! 日がのぼる、日がのぼる、日がのぼる!
「夜明け、なんて美しいのかしら!」
呪われし太陽! 死の祝福!
「すこしづつ、のぼってくるわ。なんて大きいのかしら。あれが太陽!」
忌まわしき朝! 死の黎明!
のぼらないでおくれ、のぼらないでおくれ。もう少し、夢の続きを見させておくれ!
「ああ!」
*
少女は朝日の中を、涙に暮れて歩いていく。
「ああ、わたしの愛しいヴァンパイア! 麗しき悪夢! さようなら!」
――了