【 僕のお祖父さん 】
◆wWwx.1Fjt6




40 :No.10 僕のお祖父さん 1/5 ◇wWwx.1Fjt6:08/01/06 22:04:52 ID:gp3+6sJH
 これはね、僕の父さんのお祖父さんのひい祖父さんのひいひい祖父さんの、えっと、ず
うっと昔のお祖父さんが、子供だった頃の話なんだ。この町はまだ小さな村で、信じられ
ないくらい何にもなかったんだって。駅も車もお店も学校もさ。学校なんてあっても仕方
なかったんだ。なんたって教えることもなかったんだもん。
 大人も子供も何にも知らなかったんだ。例えば僕は、四月は春で、十月は秋ってことを
知っている。一日は二十四時間で、一年は三百六十五日ってことだって知っている。でも、
その頃の村の人達はそういうことも知らなくて、村外れにあるとても大きな日時計だけが、
季節や時間を知る頼りだったんだってさ。

 ある時、僕の父さんのお祖父さんの──面倒だからお祖父さんって呼ぶね──お祖父さ
んは、お祖父さんの兄さんが朝の番をするのについていったんだ。朝の番っていうのは、
石を並べられた日時計の真ん中に立って、どこから朝日が昇るかを見る仕事。これはとっ
ても大事な仕事で、村の人達が農作業の季節を知る手掛りだった。だから、朝の番をする
のは一人前になった男って決まってた。
「五番目の石から日が昇ったら、春小麦の種蒔きだ」
「五番目、五番目。覚えたよ、兄さん」
「よし、偉いぞ。次の春にはお前にも朝の番が出来るかもしれないな」
「もう今からだって出来るさ。ねえ兄さん、今日は僕にやらせてよ」
 僕にはお祖父さんの気持ちがよくわかる。僕だって早く一人前になりたいもん。その日
より前はずっと天気が悪くて、そしてその日も曇ってた。もちろん日時計だから、太陽が
出ていないと役に立たない。兄さんは、どうせ今日も曇りだろって思ったんだろうね、こ
う言った。
「そうだな、じゃあ空が白んできたら教えてくれ。俺は少し眠る」
「任せてくれよ」
 こうしてお祖父さんは、初めての大仕事をすることになったんだ。でもね、ちょっと不
満だった。自分で叫びたかったんだ。五番目に昇ったぞーって。だから、空が白み始めて
も、兄さんを起こさなかった。
 朝がきたのは雲の白さでわかった。でもやっぱり雲は厚くて、どこから昇っているのか
はよく見えなかった。初仕事では役に立てなかったかって、がっかりしたその時、雲が割
れたんだ。日の光がサーッと差して、太陽が顔を出した。そりゃあ眩しかったんだって。

41 :No.10 僕のお祖父さん 2/5 ◇wWwx.1Fjt6:08/01/06 22:05:08 ID:gp3+6sJH
でも眩しいなんて言っていられない。どこから昇っているかを見ないと。
「一、二、三……ええと四と五の間だから」
 一番目の石が今でいう夏至の日。それはお祖父さんも知っていた。すると、四と五の間
は種蒔きの日よりも、夏に近い、よね。
「大変だ。兄さん、大変だ」
 お祖父さんは日時計のある石畳を飛びおりて兄さんを叩き起こした。
「兄さん、種蒔きの日が過ぎてる」
「なんだって」
「四と五の間なんだ。もう四に近いんだ。曇りの続いてる間に過ぎちゃったんだ」
 兄さんは太陽をチラと見て、それから村に駆け戻った。小さな村は大騒ぎになった。
「今日中だ。日暮れまでに全部蒔け」
「支度しとらん。まだまだと思っとった」
「急げ。女子供も使え。全員でかかれ」
 お祖父さんももちろん種蒔きを手伝った。この大発見をしたのは自分なんだってことが
嬉しくて、張り切って種を蒔いた。
 暗くなるまでに全部蒔ききるのは無理だった。でも多くの畑は蒔き終わって、村の騒ぎ
は収まってきた。大人達は、遅くなった種蒔きがどれだけ収穫に響くか、村オサの家に集
まって話し始めた。お祖父さんは少しつまらなくなった。それで、友達のカイにちょっと
自慢したんだ。
「今日の朝の番は僕がやったんだ」
 カイは目をひんむいた。
「ターはまだ一人前じゃないじゃないか」
 ターっていうのはお祖父さんの呼び名。お祖父さんの兄さんはムー。本当の名前は僕の
父さんも知らない。
「兄さんにやらせてもらったんだ。一人で見たんだぜ」
 カイはそれを聞くとむっつりして帰っちゃった。羨ましかったんじゃないかって父さん
は言ってた。
 ところが次の日、朝の番をしていたサナが、前の日の兄さんのように、日時計の方から
叫びながら駆けてきたんだ。
「大変だ。まだ種蒔きの日は来てないぞ」

42 :No.10 僕のお祖父さん 3/5 ◇wWwx.1Fjt6:08/01/06 22:05:24 ID:gp3+6sJH
 村はまた大騒ぎになった。
「どういうことだ、サナ」
「五と六の間なんだ。まだ五になってない」
「見間違いじゃないのか」
「ちゃんと見たさ。間違えっこない」
「日の動きが変わったのか」
「そんなことがあるものか」
「ムーを呼べっ。ムーをっ」
 兄さんが呼ばれて行くよりも、村中の人がお祖父さんの家に押しかける方が早かった。
問い詰められても、兄さんは何も言わなかった。言えなかったんだと思う。黙っていると、
あのカイが口を出した。
「昨日の朝の番をしたのはターだ。ターが言ってた。一人でやったって」
「ターがだって」
 村の人みんながお祖父さんを見た。お祖父さんは恐ろしくなって後退りした。けれど村
オサに呼ばれて、みんなの前に出るしかなかった。
「ター。昨日の朝の番をしたのはお前なのかい」
「……うん」
「何番目が種蒔きの日か、知っているかい」
「五番目」
「そうだね。ちゃんと、見たのかい」
「見たよ。ちゃんと四と五の間だったよ。ほんとだよ。信じてよ。二回も数えたんだ。一、
二、三、四、四、五」
「んんっ」
「え」
「もう一回、ゆっくり数えてごらん」
「ええと、イーチ、ニーィ、サーン、シーィ、ヨーン、ゴーォ」
 村オサは目をパチパチさせた。みんな黙りこんだ。お祖父さんは数を数えられなかった。
学校がないんだもん、仕方ないよね。静かな中、一等に喋り出したのはカイだった。
「バッカじゃないのか。シとヨンは同じ数なんだぜ」
 それからみんなも一斉に、怒鳴るように喋りだした。

43 :No.10 僕のお祖父さん 4/5 ◇wWwx.1Fjt6:08/01/06 22:05:40 ID:gp3+6sJH
「誰だ。ターに数え方を教えたのは」
「ムー、あんたなんだってこんな子供に朝の番をやらせたのさ」
「やっぱり種蒔きの日はまだだったのか」
「だからまだ早いって言ったのさ」
「春小麦はどうなるんだ」
「ムーを追放しろ」
「追放だ」
 追放、追放、と騒ぐ村の人達を制したのは、やっぱり村オサだった。
「静かに。まずは春小麦をどうするのかが先だ。サナ。五番目にはまだ遠いか」
「いいえ。もうじきと思います。六よりは五に近いです」
「そうか。では」
 村オサは、種を蒔いてしまった春小麦はそのまま大事に育てること、手間がかかるかも
しれないので人手不足にならないようムー兄さんを村に残すこと、但し朝の番からは外す
こと、蒔いていない分は本当の種蒔きの日に蒔くこと、なんかを言い残して、帰っていっ
た。村の人達も、兄さんに文句を言ったり唾を掛けたりしながら散っていった。

 その年、早く蒔いた春小麦は、日時計が刈入れの日を指すのを待たないで収穫された。
春小麦は不作だった。お祖父さんと兄さんのせいだけじゃなかったと思うよ。でもやっぱ
り、せっかく出た芽が霜にやられたりしたのは早く蒔きすぎたからだったし、みんなは、
不作なのは全部兄さんのせいだって噂しあった。お祖父さんは、兄さんが黒くなった畑を
ジッと見つめているのを見ている。それを最後に、兄さんは村からいなくなった。
 ところが、さ。その何日か後。ちゃんと種蒔きの日に蒔かれた春小麦が、刈入れの日を
迎える少し前。突然、大嵐が村を襲ったんだ。それはもう家が全部壊れちゃうんじゃない
かって激しさだった。本当に吹き飛ばされた家もあったって。続いて大水。村の人達はも
う必死で春小麦を守った。冬を越せるかどうかの瀬戸際だからね。
 結果、刈入れされていない春小麦は守りきれなかった。全滅に近かった。刈入れられて
いた春小麦も、随分被害を受けた。それでもなんとか、長い冬をなんとか越せるだけは残
されたんだ。
「ターのお陰だ」
 無事だった春小麦を囲む人達中から声があがった。

44 :No.10 僕のお祖父さん 5/5 ◇wWwx.1Fjt6:08/01/06 22:06:00 ID:gp3+6sJH
「我等は全てを失うところだった。ターは神の子だ。村を飢えから守ったのだ」
 逆の意見も出た。
「とんでもない。ターがこの度の厄を運んできたのだ。ムーが出ていっただけでは足りん。
ターも追い出せ」
 神の子だの、厄を運ぶだの、僕は全然信じない。そして村オサも、ひどく現実的な人だ
った。
「待ちなさい。ターは人の子だ。全ては偶然の産物に過ぎない。厄などと言ってはならん。
冬を越せることに感謝の念を持て。ムーとターは過ちをおかした。しかし我等はそれで救
われた。偶然とはいえ恩を忘れるな。ムーとターを赦そうではないか」
 村オサの言葉は絶対だ。反対派も黙って頭を下げた。お祖父さんを神の子と言い出した
人が口を開いた。
「ター、お前、次の春から朝の番をやってみないか」
 隅っこで成り行きを見ていたお祖父さんは、深呼吸してからこう答えた。
「僕、次の春にはここにいるかわからない。兄さんを探しに行くんだ」
「ムーをか」
「無茶な」
「もう遠くに行っているだろうよ」
「これから雪に覆われるぞ」
 さっきまで厳しいことを言っていた人も、さすがに無理だと思ったのか、引き留める側
に回っていた。それでもお祖父さんは続けた。
「山をいくつも越えると、雪の積もらない村があるって兄さんは言ってた。たぶんそこに
いる。兄さんは赦されたんでしょう、教えなくちゃ。それに一番悪いのは僕なんだ。みな
さん、迷惑をかけたこと、騒ぎを起こしたこと、本当にごめんなさい」
 お祖父さんは思いきり頭を下げた。それから家に走って帰り、ただ一着の防寒具を掴ん
で、本当に、一人で、兄さんを探しに、村を出た。

 お祖父さんがどんな旅をしたのか、僕は知らない。父さんも知らない。でも、僕も僕の
父さんもこの町で生まれてて、この話もずっと伝えられてきたってことは──。

終わり



BACK−All right, this world◆EQP3Ercj1w  |  INDEXへ  |  NEXT−三角のカタチ◆/YI2FnXeqA