【 死の夜明け 】
◆CoNgr1T30M




21 :No.05 死の夜明け1/4 ◇CoNgr1T30M:08/01/06 17:12:48 ID:CdIEAEgc
 俺は十年前、悪魔に会った事がある。けれど性質的にはむしろ死神と言った方が良いかもしれない。無論、誰も信じちゃくれない。
 そいつは二メートルに届きそうな背丈を真っ黒なフードで身を覆っていた。
 出会い、対峙し、しばらくの生暖かい沈黙がその場を支配した。そしてそいつは口を開き、自身の声色を晒す。
「オ前は十年後、朝にナッたら死ヌ」
 片言の日本語で俺を指差しそう言ったのだ。
 俺はそいつに何かしただろうか? いや、何もしていない。何もしていないんだ。ただ出会っただけ。出会っただけだ。
「はは、そんな冗談」
 俺が動揺しながらもやっとの事で声を絞り出した時にはもう、そいつの姿は見えなくなっていた。

 そして、十年という月日が流れる。俺はそんな事忘れていたのだが、ある事を受けてその日の事が思い出される。
 それが今の状態。内から開かなくなった部屋に閉じ込められた俺。そして不運にもこの部屋にはもう一人いる。
 それは、時限爆弾。タイマーはちょうど朝日が登り切る辺りにセットしてある。この部屋唯一の同居人が爆弾さんとは、泣けてくる。
 成長した俺は作家になっていた。まぁ結構売れまして、本だけじゃなく恨みも買っていた訳で。
 そしてこれが怨恨からの犯行。犯人には大体目星が付くがナントカメッセージをしても爆弾が漏れなく吹っ飛ばしてくれる。
 内からも開かない様にしてあるし、犯人は爆発するその時まで恐怖でもしてろ。そういう意味なんだろう。

22 :No.05 死の夜明け 2/4 ◇CoNgr1T30M:08/01/06 17:13:13 ID:CdIEAEgc
 いざ、死ぬとなると逆に落ち着いてくる。勿論、怖いには怖いのだが、今一番怖いの実家のPCと十年前のアンチクショー。いい年してそんな物集めなければ心底後悔。
 いやまぁあの十年前の悪魔だか死神なんだか。あいつは俺の死を予知した。後六時間あまり、恐怖を隠すために思考し続けないといけない。
 それより暇でしょうがない。犯人は俺の思った以上に悪趣味なのかもしれない。脱出ごっこでもするか? いやあれは最初の一時間で飽きてしまった。正確には諦めた。
 いっそ、爆弾さんに付いてる赤線やら青線やらを適当に切って死の時間を早めようか。
 こんな生地獄、御免だ。むしろ恐怖で精神が壊れる前に爆風で肉体を壊した方が楽だし、なんとなくあの悪魔にざまみろと言えそうだ。
 俺は爆弾に近付き、カバーを外す。工具は何故か引きだしの中にあった。
 まぁもしこれで解体して生き残ったら本を出して印税をもらっちゃる、とあまり笑えない冗談を頭の中で言ってみる。
 コードはごちゃごちゃと何十本もあり、その中の青を選択し鋏を近付ける。
 手が止まる。俺は死にたいはずなのに、なぜ躊躇する? 何だ俺は生きたいのか? それとも死にたいのか? 自分で自分が何をしたいか分からない。
 三十分程、膠着状態。さっきから冷や汗が体を支配する。どうせ死ぬんだ。なら行けっ逝けっ俺よ逝けっ。
 切断。ぱちり、とコードが切られる。だが何も起こらず時限爆弾に付いた時計のカチカチという音だけがやけに大きく聞こえた。
 一本目、成功。完璧な予想外だった。

23 :No.05 死の夜明け 3/4 ◇CoNgr1T30M:08/01/06 17:13:46 ID:CdIEAEgc
 俺は一回死んだ気分だった。やっと切った死のコードは生き残りのコードだったのだ。もう俺にコード切る勇気はない。
 部屋の隅で膝を抱え、寒さに耐える様にただ震えていた。
 最初の余裕はもうない。空回りは時間切れで今はすっかり正気だ。それ故に酷く怖い。一秒毎に迫る死、ずりずりと足を引きずり近付いてくる死神。
 人はどうしようもなく生に執着する生物だ。死という未体験が恐ろしくて恐ろしくて仕方がない。
 十年前の予知がさらに恐怖を助長する。あの怪しい人物は誰だったんだろう。あの時は怪しいと思っただけだったそいつを今ではとてつもない異端、人類の未知とまで捉えていた。
 ふう、落ち着け。妄想、全部妄想じゃないか。待て妄想? まず十年前本当に悪魔に会ったのか? いや違う。あれは妄想じゃないか。そうだ、あれは妄想なんだ。ならすぐに消えるはずだ。
 時間は間もなく朝、ようやく、だ。右手首は鋏によって傷付けられ血まみれ。幾度となく自殺を試みた。
 まさに極限状態。いまなら死さえ喜んで迎えられる。
 そのまま俺は犯人の意に反し、幸せに吹き飛ばされた。

24 :No.05 死の夜明け 4/4 ◇CoNgr1T30M:08/01/06 17:14:06 ID:CdIEAEgc
 白い。始めはそんな印象。ゆらゆらとした靄がかかっている。そこに俺は浮いていて、そいつもそこにいた。

「貴方は?」
 そこには十年前と変わらない格好した死神の姿があった。
「ここは?」
 死の国、と悪魔は答える。
「ここで何を成す?」
 何も、ただ漂うのみ、と死神は答える。
「天国は?」
 それは人の生み出した幻想、と悪魔は答える。
「なぜ予知をした?」
 ただの気紛れ、と死神は答える。
 ふと下を見下ろすと、下界では自分が迎える事が出来なかった朝が迎えられていた。
 そして、死を越えた俺は怖い物がなくなった。



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