【 憂鬱な朝 】
◆wb/kX83B4




12 :No.03 憂鬱な朝 1/5 ◇wb/kX83B4.:08/01/06 11:34:12 ID:6CpjZkZf
寝苦しい夜だった。特にイヤなこともないのだが、なんだか悶々として眠れなかった。
中間試験で及第点をとれたかどうかわからないもどかしさが浮かんでは自分を苛んで眠れない。
インスタントコーヒーが切れかかっていたのでたくさん飲んだのも良くなかったのかもしれない。
しばらくウトウトしたかと思うと、すぐに目が覚める。
なぜか滑り台を滑る夢を見て、下まで降りてきたところで目が覚めるのだ。
どうしても眠れないとわかったので、コンビニへ切らしていたインスタントコーヒーを買いに行くことにした。
いつもは高くて買わないのだが、なぜかすぐにでも買いに行かなくてはならない気がした。
エレベータを下りて、外へ。コンビニの青い看板へと歩く。遠くから犬の吠えるような声が聞こえる。
コンビニの中にはいると、ぽっかりと大きな階段が口を開けていた。入ってすぐにあるレジの人にインスタントコーヒーを探している旨を言う。
「インスタントコーヒーを買いたいのですが、どこにありますか?それから雑誌は?」
店員は答えた。
「次の買い出しの列車が五分後に出ますので、それに乗ってください。お代は無料です。」
 そう言われたので、とりあえず階段を下りると、蛍光灯が数本あるだけの妙に暗いプラットホームがあった。
列車が入ってきたが、窓が無いへんちくりんな車両だった。ドアが開くと光が漏れる。このホームよりずっと明るい。
中に入ろうとすると、横から歩いてきた青と白の細かい縦縞の制服を着た男が着替えろ、と迫ってきた。
つべこべ言うと乗せないと言う言い方は乱暴だが、その制服がかっこよかったので、その場に服を脱ぎ捨てて着替えた。
脱いだ服は後で取りに来ればいいだろう。どうせ安いTシャツと五分たけズボンだ。
男と一緒に列車に乗ると、すぐに扉が閉まった。
「7号車にいけ」
とだけ男は言うとそのまま去ってしまった。男と反対側に歩くと6号車だったので、そのまま歩くと、8号車に着いた。
そこにいる青いズボンをはいた上半身裸の男に7号車の位置を聞くと黙って上を指さした。
近くにあったはしごを登ると、そこに7号車の印が付いていた。はしごを登り切って周りを見回していると、後ろから怒鳴り声が聞こえた。
「貴様が新しい機関員だな。」
後ろを振り返るとそり残しが青々とした自分と同じ服装の男がいた。まごついて身構えると、
「貴様の持ち場はここだ。良く励め!」
とさらに怒鳴りつけ、そのまま6号車の方へ行こうとする。さすがに訳がわからないので、
「ここで何をするんですか?私はインスタントコーヒーを買うために乗っただけなんですよ」
と聞いてみた。すると、少し長いため息を男はついた。そして言うことには、
「ものは行き先に着いたらやるから今はそこで機関員の仕事をしていればいい。」

13 :No.03 憂鬱な朝 2/5 ◇wb/kX83B4.:08/01/06 11:34:31 ID:6CpjZkZf
先ほどは怒鳴り声と言ったが、どうもこのばかでかい声が地声らしい。低い声なのであまりキンキン響かないのが不幸中の幸いだ。
「機関員って何をするんです?全く経験がありません。」
「機関員はこの車両にある石炭機関を動かす役割だ。今は電池でこの列車は動いているが戦闘が始まると石炭機関を動かす必要がある。
動かし方はそこにある端末に出てくる。簡単だから心配はない。おれは「機関長」だから言うことは黙って聞け。」
 そう言って、はしごを下りてゆく。「戦闘」などという物騒な単語が出てきたこともあり、追いかけてさらに詳しい事情を聞こうとすると、
下にいた上半身裸の男が立ちふさがって言った。
「先生、自動給炭器が詰まっちまったんで、修理するために伝票をいただけませんかね。」
 先生なんて呼ばれるのは初めてだったのでまごついてしまった。しかし、にやにや笑うその男は妙にたくましい体をしていたので、
ここでなめられるとやばいと思い。やや鷹揚に答えた。
「ああ、いいよ。」
だいたいわかるだろうと思いながら、端末を操作して、「伝票発行」、「自動給炭機」、とディスプレイ上に表示されるボタンを押すとレシートのような紙が出てきた。
あの複雑な携帯電話を使っている御利益だろうか。それを彼に渡すと、
「ありがとうございやす。作業が終わったらこちらから伝票を渡すんで、それまでは石炭機関は起動できませんぜ。」
 と言われた。
「それまでに「戦闘」とやらが始まったらどうするんですか?」
「5分保ったら御の字ですね。五分じゃ機関が動かないんでおしまいです。」
そう言うと、彼はそのまま作業に向かってしまった。彼のことはとりあえず「火夫」と呼ぶことにしよう。
何をするでもなく、端末の中を覗いていると、いつの間にか火夫が戻ってきて、作業完了を確認して欲しい旨を伝えてきた。
歩く認め印よろしくそれを認めると、彼が話しかけてきた。
「どうしてこの列車に乗ったんですかい?ほかにいくらでもいい列車はあるでしょうに。」
「インスタントコーヒーを買うためにさ。」
何を聞いていたのだと思いながらそう答える。するとやや憮然とした表情を浮かべて火夫は
「バカにしないでくださいな。そいつは聞いてました。あっしが聞きたいのは買い物に行くのにどうしてこの列車かと言うことですよ。」
やや首を傾げながら私は答えた。
「ほかに列車があるのか?」
火夫はあきれたようにかぶりを振った。その時、電話の着信音のような音が鳴って、例の野太い声が聞こえてきた。車内放送らしい。
「機関員、機関を始動しろ。ディスプレイの軌道シーケンスに従えばいい。「戦闘」が近いかもしれんから覚悟しとけ。火夫はいつもの通りだ。良く励め!」
火夫は先ほど修理のために消えた方向にあっという間に移動して視界から消えた。一瞬ぼおっとしていると、
「早く始動操作をしてください!」

14 :No.03 憂鬱な朝 3/5 ◇wb/kX83B4.:08/01/06 11:34:48 ID:6CpjZkZf
とややヒステリックな火夫の声が聞こえたので、あわててディスプレイをのぞき込み、「機関始動」のボタンを押す。
表示されるままに計器の値を変数に入力し、わからないときには、火夫からその値を教えてもらう。
10分ほどで「始動」は完了し、石炭ミルとガソリンエンジンのような規則正しい音が響きだした。
火夫が「初めての始動に成功しましたね。」
と励ましてくれた。人間心理をよく知ったやつだ。と皮肉なことを考えていると、機関長の放送が入り
「出力上げ、1000PS」
という声が聞こえた。
「出力上げ、1000 アイ」
と答えてから、火夫にそれを伝えると、いろいろ指示されたので、その通りにしていると、現出力の表示が元の値から980PS上がっていた。それを機関長に報告する。
「出力1000上げ、完了」
「出力1000上げ、完了、確認」
機関長の声が帰ってきた。その数十秒後、サイレンが鳴り響く。石炭ミルや機関の音が聞こえなくなるほどの大音声。
驚いて何事かと、火夫に聞いたが、口の動きが相手に見えただけらしい。それでも、何を聞きたいかはわかるらしく、火夫はこちらに向かって口をぱくぱくさせていた。
一瞬して、声が聞こえないことを悟ったらしく、ディスプレイを見るように仕草で促す。
ディスプレイには「第一戦闘配備」という日常にあり得ない単語が画面の一番上に表示されていた。
一瞬呆然としていると、機関長が通信を使って怒鳴り声をあげた。
「機関員聞け!貴様がいる機関室は一番安全だ。だから、怖がらんでいい。怖がって必要なことをやらずに、運転室の誰かが死んだら貴様を殺してやる。」
「了解しました。」
努めてしっかりした声を出した。
「復唱しろ!びびって小便漏らしたら、機関長に殺されますって!」
うっかり雰囲気に飲まれて復唱してしまう。
「びびって小便漏らしたら、機関長に殺されます。」
「よし、いいぞ。良く励め!火夫、機関員をよく支えてやれ。出力1000下げ!」
「出力1000下げ、アイ」
先ほどと逆に燃料供給を低くして、火夫のアドバイスの下、各部を調整する。
「まだか?」
機関長が怒鳴る。すぐです、と言って引き延ばす。火夫に入力すべき値を尋ねるが、
「値が不安定です。もう少し燃料供給を下げてください。」
と帰ってきた。その通りにして、数十秒後、ようやく値を得ることが出来た。そして、そのほかの処理を、機関長の怒鳴り声をやり過ごしながら完了した。

15 :No.03 憂鬱な朝 4/4 ◇wb/kX83B4.:08/01/06 11:35:29 ID:6CpjZkZf
「出力1000下げ、完了」
「出力1000下げ、完了、確認。減速する。」
すると、急に車両が減速を始めた。ディスプレイの横に張り出した手すりにつかまり難を逃れる。火夫に安全を確かめると、
「大丈夫です。なれてます。」と返してくれた。その瞬間、
「総員対ショック体勢!」
という機関長とは違う声と共に衝撃音が車内に走り、車体が揺れた。手すりにつかまったままだったのが幸いし、私はけがをせずに済んだ。
火夫の無事を確かめようと声をかける。
すると、うめき声が聞こえて、彼は顔を血まみれにして私の前に現れた。私が彼に駆け寄ると、
「戦闘配備解除、負傷者を報告せよ」
という放送が聞こえた。火夫の負傷を早速報告すると、人手を回すという返答が来た。
 火夫の傷は工具が飛んできて少し切っただけらしく、血を拭くとたいしたことは無かった。
彼の手当をしている女性に先ほどの戦闘の概要を聞くと、すれ違いざまに攻撃し合うという「良くあるパターン」だったらしい。
手当が終わると、安全な区間に入ったから部屋で休んで良いと私と火夫に伝えてから、去っていった。「部屋」とは何だろう。
そのことを火夫に聞いてみると、いろいろ教えてくれた。「機関員」の仕事中気になったことについて話していると、「部屋」についた。
それは私の個人部屋らしかったが、彼を引き留めて、話の続きをした。
そのうち、部屋のドアがノックされた。出てみると、先ほどとは違う若い女性が事務的な表情をして立っていた。
何の用かと聞いてみると、酒保品の配給だという。彼女は私にインスタントコーヒーを押しつけると、さっさとどこかへ行こうとした。
インスタントコーヒーの瓶には何もラベルが付いておらず、どこの製品化わからなかったので、呼び止めて問うた。
すると、「さあ」と冷たく言い放って、どこかへ行ってしまった。首をすくめて、振り返って部屋に戻ろうとすると、足下が抜けた。滑り台をすうっと滑る感触がした。

気がつけば、寝床の中。時計をみると、6時。目覚まし時計が鳴る10分前だった。無理矢理体を起こして、カーテン開け、朝日を拝む。
夕べの寝床で感じたもどかしさが戻ってきた。
目を覚ますために、何のラベルも付いていない新品のインスタントコーヒーの瓶を開けて砂糖と牛乳をたくさん入れたコーヒーを飲んだ。
何となく、もどかしさが強くなったような気がする。朝というのは憂鬱なものらしい。





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