【 夜が来ない朝はない 】
◆zsc5U.7zok




7 :No.02 夜が来ない朝はない1/5 ◇zsc5U.7zok:08/01/06 11:30:26 ID:6CpjZkZf
 原因ははっきりしている。
俺は自他共に認める女好きだ。
良い女と聞けばそれが誰であっても、モノにしたい衝動が強く沸く。
現に、今までありとあらゆる女に手を出してきた。
 だから、俺がこのいかんともし難い状況に嵌るのは当然と言える。

 三日ほど前だ。
行き着けの酒場で一人飲んでいると、妙な噂が耳に入った。
『雪の王女』
いわく、絶世の美女。
いわく、魔性の美貌。
 雪のように白い肌、銀色に輝く髪、ヒスイのように透き通った青い瞳。
俺の故郷の遥か北、白に覆われた冬の世界『雪の国』。
手に入れようと出向いた男は数知れず、だが例外なく彼女の魅力に取り付かれ帰って来た者は無いという。
そんなことを聞けば、いてもたってもいられなくなる。
元々、長く生きてきたせいで大体の女は味わってきた。
最近では、単なる欲望を満たす為の手段となってきていた自分にとって、この噂は退屈していた人生への良い刺激……その程度に考えていた。
 
「寒い」
 雪の国にある険しい山に囲まれた小屋の中、一人呟く。
外には出られない。
今は朝だ。
外に出れば五歩進む間に灰と化すだろう。
吸血鬼である俺にとって、この国は地獄だった。

8 :No.02 夜が来ない朝はない 2/5 ◇zsc5U.7zok:08/01/06 11:31:01 ID:6CpjZkZf
 白夜。
知ってはいたが、自分が味わうことになるとは思わなかった。
吸血鬼の最も忌むべき時期。
俺がこの国にやってきた日、それが最後の夜だったらしい。
 久々に好奇心を沸き立たせる獲物に出会えるかもしれないという興奮で、冷静さを欠いてしまったことを恨めしく思う。
この国に来てからすでに二週間が過ぎたが、未だ太陽が沈む気配は無い。
 唯一救いだったのは、この小屋には日の光が入り込む隙間は小さな窓が一つだけで、しかもそこには薄い布がかけてあり、取り敢えず死ぬ心配は無いということだった。
だが、正直うんざりだ。
 今自分に出来るのは、こうやって壁に日数を刻み、長き朝が終わるのを待つことのみである。
夜が来たらひとまず帰ろう。
そんなことを考えていた時だった。

トントン
不意に小屋の扉が叩かれる。
「勘弁してくれ……」
まさか、こんな山奥にある小屋に人がやってくるとは思わなかった。
いや、ここが小屋である以上、人が来るのはある意味当然ではあるのだが、今扉を開けるわけにはいかない。
「悪いが、今この扉を開くわけにはいかない。何者かは知らないがこのまま帰ってもらえないか?」
すると、扉越しに小鳥の歌うような美しい声が返ってきた。
「わかっているわ、吸血鬼さん」
俺は耳を疑った。

9 :No.02 夜が来ない朝はない 3/5 ◇zsc5U.7zok:08/01/06 11:31:18 ID:6CpjZkZf
――何故俺のことを知っている?
 当然の疑問だ。
俺はこの国に来て、誰にも姿を見せてはいないのだから。
すると、俺の心を見透かしたかのように、来訪者は続けた。
 「随分驚いているようだけれど、ここは霜に覆われた山の中 こんな所へ来られるのは空を飛べる吸血鬼さん……貴方のような方だけ」
 なるほどと納得する。
確かにここは人の足で来られるようなところではなかった。
……いや、ちょっと待ってくれ。
「確かにここは人の訪れやすいところじゃない。だが、そう言いながらもこの扉を叩く君は何者だ?」
俺は、ある予感を感じながらも扉の外に問いかけた。
「あら、貴方は私に会いに来たのでしょう?」
そう答える彼女の声は、やはり美しかった。
 
 「質問があるんだが」
扉を背に座り込む。
「この忌々しい太陽はいつ沈むんだ?」
「そうねぇ、あと二週間といったところよ」
俺は頭を抱えていた。
扉の外に絶世の美女がいることが分かっているのに、後二週間は手も足も出せないのだから。
一年やそこいら食事をしないくらいで吸血鬼は死ぬことは無い。
 だが、それでも欲求は人並みにあるのだ。
「全くもって不愉快だ」
窓から漏れる薄明かりに悪態をつく。
「なぁ、俺みたいな奴が沢山来るってのは本当なのか?」
 「うん、本当よ。ただ、貴方のような、こんな時期にやって来て勝手に閉じ込められる吸血鬼なんて初めてだけど」
 コロコロと笑う。
 余計なお世話だと思いつつも、半笑いで答える俺。

10 :No.02 夜が来ない朝はない 4/5 ◇zsc5U.7zok:08/01/06 11:31:36 ID:6CpjZkZf
 「ねぇ吸血鬼さん、貴方も私を自分のモノにしにきたのかしら? 私の首筋に牙を突き立て私の血を啜りたいの?」
 彼女の問いに黙り込む。
ここで下手に答えようものなら、彼女はあっさりこの扉を開け俺を灰にするだろう。
「いや、君のことは諦めるよ。今君の機嫌を損なうのは得策では無さそうだ」
俺は少し考えて答えた。
「本当に? 良かった! 私貴方みたいにちょっとマヌケな人って憎めないのよね」
もちろん、あきらめるつもりなどない。
彼女が俺を信じたかどうかは分からないが、夜にさえなればこちらのものだ。
一度その血を吸ってしまえば、彼女は俺の虜となるのだから。
 「代わりといってはなんだが、時々ここに話し相手になりに来てくれるかい?」
「ええ、わかったわ」
それまでは出来るだけ媚を売っておこう。
明るい声音で答える彼女を扉越しに感じ、俺はほくそ笑んだ。

それから俺は、白夜が終わるまでの二週間を退屈することなく過ごした。
彼女は割合機知に富んでおり、話をするのは純粋に楽しかった。
何よりも、その美しい声は俺に彼女の美しい姿を妄想させる。
 眠りに就くと、欲求不満からか、決まって彼女の喉笛に優しく口付ける夢を見た。 
その赤く甘美な液体を嚥下すると、えもいわれぬ喉越しと後味に目を覚ます。
それを何度も繰り返した。

「吸血鬼さん、貴方が待ちに待った夜が来たわよ」
ああ、何て魅力的な声なのだろう。
俺は自分の我慢が限界に来ていることを感じていた。
 「そのようだな。やっとこの小屋の外に出られるというわけだ」
 窓から差し込んでいた不快な光も、今は無い。
そして、この扉の外には夢にまで見た『雪の王女』がいるのだ。
 「念のために聞くが、嘘は吐いていないよな? 君は冗談で済むかもしれないが、俺はあっという間に消し炭になっちまうんだが」
 「そんなことしないわ。安心して出ていらっしゃいな」

11 :No.02 夜が来ない朝はない 5/5 ◇zsc5U.7zok:08/01/06 11:31:59 ID:6CpjZkZf
 胸が高鳴るような、不思議な高揚感。
とうの昔に止まったはずの俺の心臓が再び動き出すような――
 「今君を見たら、約束を破ってしまうかもしれないな」
「それはやめておいたほうがいいわ」
 俺は扉を開けた。

 そこに立っていたのは、俺の期待にそぐわない、いや裏切るほどの美しい女性。
 漆黒の闇の中、それを照らして余りあるほどの美しさ。
 俺はその肩に力いっぱい手を掛ける。
掴んでしまえばこっちのもの。
予定通り、彼女を抱きしめその白い喉笛に牙を……
「あれ?」
 彼女を抱きしめた俺の腕が崩れていく。
「だから言ったのに」
 彼女の声は彼女の後ろから冷たく響く。
そこで初めて自分が抱きしめていた物が何であるかに気付いた。
 「ああ……そうか」
 灰となって崩れ落ちていく俺の前に突き立った、透き通る氷の十字架。 
 普段なら忌まわしいそれは、その向こうに立つ彼女のお陰で、不快感は無かった。
 「安心しなさい。貴方の体はこの地に降る雪に溶け、この国の一部となるのだから」
 「間の抜けた話だね……」
 
 その言葉を最後に、後にはうず高く積もった灰があるばかり。
それは次第に、俺の意思とは関係無しに、風に吹かれ雪の中に消えていくのだろう。





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