【 神の下へ。少女の下へ 】
◆VXDElOORQI




76 名前:No.20 神の下へ。少女の下へ 1/4 ◇VXDElOORQI 投稿日:07/12/30 23:47:05 ID:Sc9eEBrb
 ここで空を見ることは出来ない。
 本来、空が存在する場所は薄汚れた天井で覆われ、そのすぐ下を有毒スモッグと青白く光る浮遊霊
が漂っている。
 薄汚れた天井には一定間隔で穴が開いており、そこからは上層階から廃棄された様々なものが落ち
てくる。家庭から出される生ゴミからホームレスや死体、魂。上層で不必要と判断されたものは、全
て、最下層に位置するこのスラム街へ無造作に捨てられていた。


 スラム街唯一の教会。この場所に男は住んでいる。そこで人々の悩み、懺悔の言葉を聞き、その人
たちのために祈り、暮らしている。みなは男を神父と呼ぶ。だが彼は正式な聖職者ではない。ある日、
突然現れ、この無人の教会に住み着いた。言ってみればホームレスなのだ。
 神父は祝福も聖別も出来ない。正しい祈りのやり方も知らない。神父がなにをやってもパンとぶど
う酒は神の血と肉にはならない。
 だが神父の信仰心は、他の聖職者たちより圧倒的に勝っていた。その信仰心によって、その身は尋
常ならざる硬度を誇り、彼が痛みを忘れて久しい。
 神父はその信仰心のもとでこの街に溢れる迷える魂を神の元へと送ることを、使命の一つと考えて
いた。
 最近は懺悔より悪霊関係の相談が増えてしまい、神父は嘆くのだった。
 迷える魂が溢れるこの世に嘆き、そして、どうすることもできない自分に、また嘆くのだった。
 祭壇の前で跪き、神父は手を組み祈る。
 神父の体を淡い白の光が包み込む。信仰心が知覚できるほどに極度に高まったのだ。そして頬に涙
が伝う。神父がなにを聞き、見たのか誰にもわからない
「神よ赦したまえ」
 そのとき、教会の扉が開き、一人の女が教会に足を踏み入れた。
 神父は立ち上がり、訪問者に微笑む。
 訪問者は神父の巨体に、そしてその巨体が涙を流していることに驚く。
「えっと、ここで相談に乗ってくるって聞いたんですけど……」
「はい。お入りになってください」
 神父は再び微笑む。

77 名前:No.20 神の下へ。少女の下へ 2/4 ◇VXDElOORQI 投稿日:07/12/30 23:47:17 ID:Sc9eEBrb
 訪問者は、家に少女の霊が居つき困っている。と言う。
 少女はなにか悪さをするわけでもなく、ただじっと訪問者のことを見つめ続けるのだと。
 そしてときおり苦しそうな表情で、なにかを言おうとするのだと。
 なんと言おうとしているのか。そう神父が尋ねて、訪問者は首を横を振るだけだった。
 他にも色々な話を聞く。なにが役に立つかわからないからだ。それに話せば楽になることもある。
 訪問者、ミラと名乗った女は、最近、この地区に帰ってきた。少女が現れる家は元々祖母が住んで
いた。その祖母は少し前に亡くなった。
 神父は話を聞き終わるとすぐに立ち上がった。
 迷える魂を救うのだ。
 神父はミラの案内で、彼女の家へと向かった。巨大な十字架を担いで。

 彼女、ミラの家はスラム街の一角にあった。
 ミラが扉を開けると、すぐにその少女の霊は姿を現した。ミラの帰宅を待っていたかのように、玄
関を入ってすぐ、その少女は立っていた。
 ミラはその少女と視線を合さないように家に入る。神父もそれに続き、十字架が引っかからないよ
うに気を使いながら家に入る。少女は神父のことを見ようともしない。
 神父は少し拍子抜けをした。悪霊の類ならば、神父が入ってくれば、姿を隠したり、なんらかのア
クションを起こすのだが、この少女は、ただじっとミラを見つめているだけだった。
「いつもこうなんです」
 ミラはため息混じりに言った。
 神父はミラと少女の間に割り込み、少女の視界へと強引に侵入する。
 そこで初めて神父と少女の視線が交わる。少女に苦悶の表情が浮かぶ、口を動かす。
 神父には少女がなにを言っているのかわからない。
『コロスゾ』なのか。
 神父は一メートルを軽く超える十字架を構える。十字架に先ほど神父を包み込んだ淡い光が宿る。
 それとも『タスケテ』なのか。
 少女の背中に黒い影が突如現れ、少女の霊を一飲みにする。
 その様子を気にすることなく、神父は十字架を振り下ろす。
 その瞬間、黒い塊と化した少女は笑った。『ゲラゲラゲラ』と大きな声で笑った。
 少女は神父の一撃を紙一重のところで避けた。

78 名前:No.20 神の下へ。少女の下へ 3/4 ◇VXDElOORQI 投稿日:07/12/30 23:47:31 ID:Sc9eEBrb
「霊に取り憑く霊か」
 小さな声で神父はそう言った。
 人に取り憑く霊がいるように、霊に取り憑く霊もいる。その霊は取り憑いた霊を最終的に食いつく
し、また違う霊に取り憑く。そうして成長していくのだ。
 神父は再び十字架を構える。だが、少女はばんと床を蹴り、飛び上がった。天井を破り高く高く飛
び上がる。
 それを見た神父も同じように飛び上がった。飛び上がった衝撃で、どん、と空気が震えた。

 漠然とした黒い煙のような物体――もう少女とは呼べない――が、スラム街の一角にある家の屋根
をぶち破り、外に飛び出した。
 少女に取り付いた霊は『ゲラゲラゲラ』という笑い声を辺りに響かせる。
 それを追うように、神父が先ほどの家から、同じように屋根をぶち破り、外に飛び出す。
 神父は一メートルを軽く超える巨大な十字架を背負っている。神父は十字架の重さを感じさせない
速度で霊に肉薄し、十字架を振り下ろす。
 霊は『ゲラゲラゲラ』と笑いながらそれを避ける。神父は二度三度と十字架を振り下ろす。三度目
で、霊に十字架は直撃し、そのまま地面へと落下し、叩きつけられた。
 霊に少し遅れて、神父も地面に叩きつけられた。空中で着地体勢を整えられなかったのだ。
 地面にめり込んでいる霊よりも早く、神父が、巨体を起こす。すぐに十字架を担ぎなおし、霊に悠
然と近づいていく。まだ成長しきっていないこの霊では、信仰心を極大までに高めた神父の敵ではな
かった。
 霊は男が自分を見下ろす位置まで来ると、猛然と飛び掛り、その体に纏わりついた。
『ゲラゲラゲラ』と、一際大きな声で笑い、霊はその身をぶるりと震わせ、収縮する。
 そして、ボンと音を立てて霊は自爆した。
 圧縮された力が一気に開放され、辺りに衝撃を撒き散らす。周辺の家を爆風が襲い、土煙が辺りを
包み込む。
 しばらくして土煙が晴れると、そこには傷どころか服によごれすらついていない神父が立っていた。
その体は淡い光で包まれている。そして、その手には十字架と、神父と同じように淡い光に包まれた
少女の姿があった。

 少女は、ミラにはもう会えないと言った。

79 名前:No.20 神の下へ。少女の下へ 4/4 ◇VXDElOORQI 投稿日:07/12/30 23:47:43 ID:Sc9eEBrb
 私はダメなおばあちゃんだから、と。守ってあげるために来たのに逆に危ない目にあわせてしまっ
た。そう涙ながらに言った。
 神父は十字架を振り上げる。
 最後に少女は、ミラの祖母の霊は言った。今度ははっきりと神父に聞こえた。
『ありがとう』
 そして神父は、十字架を振り下ろした。

 数日して、ミラが再び教会へやってきた。
「先日のお礼を持ってきました」
 そう言って教会に入ってきたミラの背中には優しそうな老婆の姿があった。
「どうぞ。お入りになってください」
 神父は微笑んだ。





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