【 特攻! 水神非力河童 】
◆/7C0zzoEsE




71 名前:No.19 特攻! 水神非力河童 1/5 ◇/7C0zzoEsE 投稿日:07/12/30 23:45:34 ID:Sc9eEBrb
「尻小玉の納期はとっくに過ぎてるのに……」
 ひたすら私は落ち込んでいた。また竜神様から叱られるのは勘弁だった。
これ以上尻小玉を納めるのが遅れるとどれ程の罰を受けるか分からなかった。
 ただでさえ先々月も猿の尻小玉で誤魔化して小言を言われたというのにだ。

 どうすれば良いのだろうか。
そこら中にたむろしている人間を一匹水中に連れ込んで、羽交い絞めにすれば良いのだろうが、
生憎私は百年に一度生まれるかどうかという程の非力であった。

「よぅ、河太郎。お前先月のノルマも達成してないんだってな!」
 同僚の河田中が肩を叩いてきた。
こいつは成績は良いが嫌味なところが気に食わない。
「やばいんじゃねえの? 俺は来月の分まで済んでるぜ」
精々頑張れよぉ、と彼は高笑いしながら去っていった。



 私は川岸に座りこんで、ため息をついた。
「元々、俺にこんな力仕事は向いてないんだよ……田舎帰ろうかな:
 足を水につけてチャプチャプさせ落ち込んでいる。
ふわあ、と大きな欠伸と伸びをして、そのまま背中から倒れこんだ。
 その時偶然にも、とても美しく輝く魂が視界に入った。

 子供だ。

 小さな、穢れを持たない高貴な子供がいた。しゃがんで、何か探しているようだった。
さすがにあんなに小さな子供には負けないだろう。
宝物を見つけた。誰にも奪われないように、壊されないように捕まえてやろう。

72 名前:No.19 特攻! 水神非力河童 2/5 ◇/7C0zzoEsE 投稿日:07/12/30 23:45:49 ID:Sc9eEBrb
 まるで仔馬に近寄る狩人のように……
 ようやく私にも運が向いてきた、と一気にその子に襲い掛かった。
「いただきます!」
 背中から覆いかぶさるような形で捕まえようとした。
その小さな体をすり抜けて―――、否、腕を掴まれた。
 そして少年は体を反転させて、その勢いのまま私を引っ張り、足を引っ掛けて。
地面に思い切り叩きつけた。
 クペッ、と情けない声を上げてしまった。

「やっと、捕まえたぞこの河童め! 陸なら僕でも負けないぞ!」
「キューイ、キューイ。勘弁してくだせぇ。もうしませんから、どうか許してください」
 小さな人間の子供に詫びる河童なんて前代未聞だろうか。
仔馬は仔馬でもとんでもないじゃじゃ馬だったようだ。

「お前、ここ最近ずっと悪さをしている河童だろう? 里に引っ立ててやる!」
「ちゃいます、ちゃいます。私、何もしとりませんよ。できませんねん」
 泣きながら謝ったら、少年は眉をしかめて。
「……まぁそれなら、こんなに弱っちいはず無いか。お前、相当下っ端だろ?」
「ええ、ええ。一番、下の下の下っ端ですわ。どうか後慈悲を」
「ほんなら、今度ばっかりは許したるけど。お前らの親分にこれ以上悪さしたら承知せんと伝えいな」
 私は目を輝かした。必ず殺されると思っていたからだ。
この少年が仏様の使いの様に見えた。
「おおきに! ほんに、おおきに! もう決して人襲ったりせんがな」


 少年の手を強く握り締めた。ジメッと湿っていたからか、明らかに嫌そうな顔をしていた。

「したら、もうええか? お前と遊んでいる暇はないからさ」
 少年はまた忙しそうに、木の根元を手で探って何か探しているようだった。

73 名前:No.19 特攻! 水神非力河童 3/5 ◇/7C0zzoEsE 投稿日:07/12/30 23:46:02 ID:Sc9eEBrb
「聞くのも何やけど。何してるん? ボク」
「お父ちゃんの病に効く薬草探してるんや。もうあっちいけ」
シッシ、と手で私を払いのけた。
 私はもう一度だけ、軽くお辞儀をして。河の奥底に帰っていった。
「もう、この仕事はやめよう。田舎でキュウリ栽培して生きるんや」
 その方が、きっとお袋も喜ぶだろう。

 それから、受けた恩義は返さないと河童の名に恥じる。
私は、どんな病にも効く万能薬の精製法を書き残した岩を見に行くことにした。
なんとかあの少年が帰宅する前に教えてやりたかった。

「なるほどな、そういやこの草と草をあわせるんやったわ」
一人で納得して、頭の中で反芻した。これをあの慈悲深い少年に教えてやらないと。
私はキューイと鳴いてさっきの川岸に向かって猛ダッシュで泳いだ。

 しかし行く途中、河田中に呼び止められた。
「何や、私は今急いでいるんやで?」
「まぁ待てよ。これ見てみろ」
 河田中はうっとりした目で、自分の右手の尻小玉を見つめている。
「さっき取ってきたんだ……綺麗だろう? 竜神様に渡すのも勿体無いぜ」

 見間違える筈も無い。その尻小玉の色は――あの光り輝く魂と一緒で――――

「……返せ」
「あぁ、何言ってるんや? これは俺のじゃ。渡してたまるかい」

 グワッと目を見開いて、腹が潰れるほど大きな声で叫んだ。
喉が枯れるほど、川の水が逆流する勢いで、
「返せええええええええ!!」

74 名前:No.19 特攻! 水神非力河童 4/5 ◇/7C0zzoEsE 投稿日:07/12/30 23:46:16 ID:Sc9eEBrb
 ヒュッと、右手を伸ばして河田中の首根っこを掴んだ。
そのまま自分の胸元まで引っ張ってきて、左手で手首も思い切り握る。
痛みに耐え切れなくなって河田中が右手の尻小玉を離すと、
そのまま力の限り、右腕を振り切って川底に叩きつけた。

「そんな、河太郎の奴にこんな力がある筈が……これじゃまるで」

 土ぼこりを巻き上がる。奴が体勢を整える前に、懐に潜り込んで、
えぐり込むようにみぞおちを殴りつけた。
グペッと、鳴き声があがる。
「てめぇ、次あの子に手ぇ出したら、その頭の皿ぶち割るからな」
 鋭く睨みつけると、彼は怯えたように、震えていた。
「竜神様に報告しないと……水神の生まれ変わりだ……」


 フンッと踵を返して、尻小玉を手にし川岸に向かって泳いでいった。


             ◆◆◆

 気がついたら辺りはもう真っ暗になっていた。
薬草を探していたと途中から、ふっと記憶が無い。疲れすぎているのか。
「帰ろう……お父ちゃんが心配しとるといけん……」
 重たい体と、何故か尻をヒョコヒョコさせながら帰路についた。


 家の前につくと、案の定お父ちゃんが体を無理に起こして、家の前に立っていた。
「あほ! お前はこんな心配かけおって! 河童に襲われたらどうするねん」
「おとうちゃんこそ、立ち歩いたらいけん言うたじゃろ!」
「ん……。なんか、分からんが体が楽なんじゃ」

75 名前:No.19 特攻! 水神非力河童 5/5 ◇/7C0zzoEsE 投稿日:07/12/30 23:46:27 ID:Sc9eEBrb
 お父ちゃんは枕元にクスリの残りがあったと不思議そうに言う。
あと、クスリと一緒に魚が何匹も置いてあったらしい。
「きっと、あの河童のお礼じゃあ……」

「ん? どうした?」
「うんにゃ、何でもないよお父ちゃん。早く寝よう」

 お父ちゃんを先に家の中に入れて、
僕は後ろを振り向いて、川のあった方角を眺める。

「ありがとうよ、非力な水神様ぁ」


 どこかからキューイと河童の鳴く声が聞こえたような気がした。
 


                  
                    了



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