【 いかれぽんちくだらねひらめき 】
◆/sLDCv4rTY




48 名前:No.14 いかれぽんちくだらねひらめき 1/4 ◇/sLDCv4rTY 投稿日:07/12/30 23:22:11 ID:Sc9eEBrb
 夜、アパートの一室。しんとしたなか時計の音があらわれ消える。足を組み椅子に座るひとりのオッサン。オッサンは片足のもも引きをヒザまでまくりあげ、背を丸めながら熱心に熱心にスネ毛をいじっている。
 スネ毛をいじっている途中、急にオッサン、はっ、と思いついたようにスネ毛を、四、五本、ブチブチ抜き、それから顕微鏡みたいな機械をどこかから持ち出してきて、その機械に付いた丸い台にスネ毛を、四、五本、バラバラ、と、置いた。
 バラバラ、と、置いて、顕微鏡みたいな機械覗きこみ両目細く絞り、腕をまくり唇をなめもう一度目を細め、オッサンはスネ毛の一本に「ありがとう」と細い針で文字を書いた。
 細い針。その針でたとえ紙を貫いても、できた穴はミジンコさえ通れない、そんな細さ。
針は透き通り、ガラス細工のようなやんわりとした赤色を帯びている。尖端にはその透明な赤を白いインクが濁らせている。

49 名前:No.14 いかれぽんちくだらねひらめき 2/4 ◇/sLDCv4rTY 投稿日:07/12/30 23:22:28 ID:Sc9eEBrb
 針で白く「ありがとう」とかかれたスネ毛。そのスネ毛をふくむ「毛」というものは例えばヒトの卵子と同じくらいの幅しかない。
 その、狭いスネ毛の表面に、オッサンは感謝の文字を書いた。右手人差し指の指紋の、中心から十四本めの溝で針を固定し、手を「うごかす」のではなく、手の「震え」によって、ありがとう、と、文字を。
 書き終えて、そしてオッサン、それを十秒、じっと見、急に叫んだ!
 「これだっ!!」
 そうしてバン!!!!!! と腕が壊れるほど勢いよくドアを開け針とインクとむしったスネ毛を手に握りオッサンは家を飛び出した! 飛び出し、走って、走って、走って、すぐさま、息切れ。疲れたので、途中からは速めの歩き、はやあるきになった。
 足は商店街に向かっている。夜道に足音が、た、た、た、た、た。
 見上げると夜空はまっくろけ。深夜の道にはオッサンひとり。右手の指に食い込むスネ毛。規則的に並ぶ蛍光灯のあかり。自販機の唸りがたまに聞こえる。
 彼は毎日文字を書いて暮らしている。字、といっても出版社に勤めているわけでもなく、ましてや小説家などではない。彼はダニほどの小さい字を時計や指輪に刻んだりして金を稼いでいる。
ぼったくって月八〜九万ほどの稼ぎだが、独り身ということと、近所の、特に商店街にいる友人たち(ババアとオッサン)が色んなものをくれたりするので特に不自由はしていなかった。
 オッサンは彼らにお礼がしたかった。が、器用な指先もオッサンの頭では機械を修理することもできず、出来ることといえば字を書くことしかなかった。

50 名前:No.14 いかれぽんちくだらねひらめき 3/4 ◇/sLDCv4rTY 投稿日:07/12/30 23:23:49 ID:Sc9eEBrb
 あるきつづけオッサン、自分が股引きいっちょうだと気づいたがそんなことはどうでもよく、
それよりも遠くにみえる、高、低、交互に並び、今までの規則を乱す商店街のあかりに気をとられていた。
 シャッターはすべて降りていて、商店街は薄くあかりがついていた。
 その薄明かりに向かってオッサンはさらに足を速めた。さっき思いついたお礼をはやく実行したくて。
 そして商店街に着くと一番近くのシャッターの前にかがんだ。そしてスネ毛(をオッサンはとても重宝していて
 それはいつも小さい物に文字をかいているので書くものが大きすぎると調子が狂い例えばチラシの裏なんかに字を書いた時には無限に広がる宇宙を感じてしまうので彼はスネ毛をメモ帳の替わりにつかっていて今回もまたスネ毛)をむしり、
胸元から針とインクとコンパクトな顕微鏡のようなものを取り出して、試し書きをしてみた。
 そして、好調な針の滑りを感じると、にやつきながら一度ふかく息をすい、はき、目の前のシャッターの取っ手の隅に、小さく「ありがとう」と書いた。

51 名前:No.14 いかれぽんちくだらねひらめき 4/4 ◇/sLDCv4rTY 投稿日:07/12/30 23:24:03 ID:Sc9eEBrb
 ありがとう。その字は触れてしまえばすぐ消えてしまうようなものだった。
 しかし、それでもよかった。大きくて消えにくいと迷惑だし、というより、見られなくてもいいから、一人づつ感謝を込めて書きたかった。
 それはたとえば酒屋のオバチャンが、「ねえ……。私って、誰かに必要とされて生きているの?」と悩んだとき(いや、オバチャンはたとえだよたとえ)、必要とされている「事実」としての、ありがとう、をかいておきたかった。
だって、そんなふうに悩んで、結局誰にも必要にされていなかったなら、とても哀しい。
 そういう思いで一軒、また一軒と「ありがとう」と次々に書いていく股引きのいっちょのおっさんは、まくったままの片足に生えるスネ毛をいじいじいじりながら極限まで集中していた。
その姿はまさに職人であり。そして不審者だった。
実際に、その姿を見た酒屋のオバチャン(タバコを買いに出てきた)は「いつかあいつなにかやらかすとおもってたのよ!」すぐさま警察に通報した。
 そして朝。太陽が登ったころ、オッサンはニヤニヤしていた。自分のとくいな分野で最大の力でもってお礼ができたとおもったから。
 そしてやたらとニヤニヤするのを警官に注意され、しあわせな気分でうへへとお辞儀した。商店街はまだ開いてなくて、その字はずっと朝日の影に隠れていた。



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