【 薄暮 】
◆wWwx.1Fjt6




28 名前:No.09 薄暮 1/2 ◇wWwx.1Fjt6 投稿日:07/12/30 23:01:43 ID:Sc9eEBrb
 俺んち近所に、有難やバアサンってやつが住んでる。何を有難がってんだか、いつも、
有難や有難やって、手を摺ってる。気持ち悪い。幾つだか知らないけど結構な年のはずだ。
腰なんか、つの字に曲がっちゃってさ。いつも汚いチェックの買い物カートを押して歩い
てて、めっちゃ鈍臭い。
 いつだったかは自転車に牽かれかけてた。バアサンもトロいけど、自転車のオッサンも
悪かったんだ。突然飛び出したからね。オッサンは、気を付けろ、かなんか言って行っち
まった。普通牽かれそうになったら怒ったりするじゃん、でもバアサンさ、手を摺って有
難がってやんの。有難や有難や今日もまた有難や、だとさ。おいおい、何言っちゃってん
だって。な、気持ち悪いだろ。

 こないだ、俺は達也と一緒にゲーセンで遊んでた。達也はストラックアウトの名人で、
パーフェクトを二回出した。俺だって指くわえて見てたわけじゃない。達也が突然、有難
やーなんて言って笑わせたりしなきゃ、パーフェクト出せたんだぜ。四時を過ぎると中学
生が増えてきて遊びにくくなった。金も無くなったし川原で水切りしようぜって話になっ
て、ゲーセンを出た。
 川原におりる下り坂んとこあるじゃん。あるんだよ。そこにいたんだ。有難やバアサン
が、買い物カート押してさ。バアサンも川原におりようとしてた。バアサン、ただでさえ
トロいのに、石にカートが引っ掛かってなかなか進まないんだ。マジで邪魔でさ、ちょっ
と押したんだ。ほんと、ちょっとだよ。そしたらバアサン、コケてやんの。達也は、あっ
て言って、同時に俺が、わりぃって言った。そんでバアサンは、有難やって言った。もう
ね、アホかと。馬鹿かと。

29 名前:No.09 薄暮 2/2 ◇wWwx.1Fjt6 投稿日:07/12/30 23:01:56 ID:Sc9eEBrb
 倒れたカートを立ててやった。バアサンはまた、有難や今日も守られてなんとかだとか
モゴモゴ言いながら、俺に顔を向けた。俺を見たんじゃない、顔を向けただけなんだ。バ
アサンは何も見ちゃいなかった。行こうって達也に言われて、バアサンを置いて川原にお
りた。ていうか、駆けおりた。いや、ほんとは、逃げた。
 水切りを始めたけど、俺も達也も調子が悪かった。バアサンが向けてきたぼうっとした
目がなんかこびりついてて、気分が悪かった。やけくそで石を投げた。ちっとも跳ねない
でみんな川に沈んじまった。いい石を探そうと思って振り向いた。いた。バアサンがまだ
いた。カートを押して、やっと川原におりてきたとこみたいだった。俺は達也を呼んで、
バアサンを指差した。達也は、あのカート、ストラックアウトの的みたいだって言った。
 どっちが先に投げ出したかはわかんねえ。俺っちはバアサンのカートを的に、石を投げ
始めた。バアサンは立ち止まって手を摺った。また有難やかって、俺は何だかムカついた。
ストラックアウトなんてどうでもよくなった。ムカつくから石を投げた。
 ボスッて鈍い音がした。頭に当たったらしかった。達也が何か言ったけど、聞いちゃい
られなかった。それよりバアサンが手を摺るのをやめさせなくちゃいけない。的はカート
じゃなくてバアサンになってた。何が有難やなんだよ。だいたい誰に言ってんだよ。気持
ちわりぃんだよ。俺は叫びながら投げた。叫んでから気付いた。気持ち悪いのは有難がっ
てるからじゃないんだって。礼ってのは、有難うって言うんだろ。有難やじゃ伝わんねえ
んだよ。伝える気ねえだろ。畜生。畜生。俺に言えよ。どこ見てんだよ。俺ここにいるだ
ろうがよ。
 もう何を叫んでいるのかわからなくなってた。とにかく俺は、いつの間にか達也のいな
くなった暗い川原で、ぼんやり手を摺るバアサンに、石を投げ続けた。

終わり



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