【 王の杖 】
◆zsc5U.7zok




16 名前:No.05 王の杖 1/5 ◇zsc5U.7zok 投稿日:07/12/29 23:50:52 ID:ZGRKFOJO
 昔、限りない欲望を抱えた男がいました。
その男の周りには誰もおらず、また男もそれでいいと思っていました。
金、女、名声、そのどれもを欲しがり、人を蹴落とすことだけを考えていたのです。
 いつしか男は、優れた能力、卑劣な手段を用いて、どんどん強大な存在へ変わっていきます。
自らの欲望を叶えるためならば、自分の命以外どんな犠牲も払い、
世界中のありとあらゆる幸せを奪いつくしました。
 ついに彼は、欲望だけの肥大した暴君へと変わり果てたのです。
しかし、それでも彼は求めることを止めようとはしませんでした。

 王は言います
「いくら望みを叶えても、我が心は満たされることは無い… どうすれば我が心は満たされるのか…」
 彼は考えた末に、永遠の命を望むようになりました。
「世界中の富という富を手に入れた我には、これ以上は望むこともないやもしれんが、
永久の命があれば、さらに多くのものを手に入れられるだろう」
と。
 
 
 早速、世界中の優秀な魔法使い、薬師、学者の全てが、王の城に集められます。
王に恐怖を抱きつつも集まった者達の前で、王は問いかけました。
「最早、我が望みは永遠の生命を得ることのみ そのためにはどうすればよい?」
 そこに集まった者達はみな恐怖しました。
世界中で最も恐ろしい存在が永遠に生きるなど、考えたくはなかったのですから当然でしょう。

17 名前:No.05 王の杖 2/5 ◇zsc5U.7zok 投稿日:07/12/29 23:51:11 ID:ZGRKFOJO
 しかし、そんな中で最も若い魔法使いの少年だけが、王の前に進み出ました。
「偉大なる王よ 貴方様の望みを叶える方法は唯一つ 『願いを叶える杖』以外に有りますまい」
 それを聞いた王はさらに問います。
「ほう… して、その杖は何処にあるのだ?」
その言葉を待っていたように、少年は懐から一本の杖を取り出しました。
「王よ、これにございます ありとあらゆる願いを叶える杖 ここに献上いたしましょう」
 あまりにもあっさりと手に入ったことを訝しがりながらも、王はその杖を手に取りました。
「これが…願いを叶える杖だと申すか…」
 それは、樫に天使の彫刻が彫ってあるだけの酷く質素な杖でした。
とてもあらゆる願いを叶える杖には見えません。

 疑いの目を向ける王に、少年は流れるような口調で続けます。
「王よ その杖は一度振れば海を割ることさえ、天を裂くことさえ出来るでしょう 
ですが、人の生き死にには一切干渉出来ませぬ」
 これを聞いた王は、怒りを顕にします。
「では、我が願いも叶わぬではないか! 我を愚弄するか! 我が望みは永遠の命なのだぞ!」
城中に王の怒号が響き渡ります。
 しかし、そこにいる全ての者が恐怖に震えるなか、少年はしれっとしています。
「王よ、焦りなさるな 説明には続きがあるのです」

 少年の言うことには、この杖はあらゆる願いを叶える事を可能にする代わり、幾つかの条件があったのです。

一、自らの願いを叶えると生きる時間が十年延びる
二、他者の願いを叶えると生きる時間が一日縮む
三、唯一、人の生命には干渉出来ない

 王は説明を最後まで聞くと、大変満足しました。
「我は自らの願いしか叶えぬのだから、命が縮む心配は無い」

18 名前:No.05 王の杖 3/5 ◇zsc5U.7zok 投稿日:07/12/29 23:51:44 ID:ZGRKFOJO
 それからというもの、王はありとあらゆる願いを叶え続けました。
景観が気に入らないと山を砕き、音が五月蝿いと滝を堰き止め、敵対する国の食料を消し、戦争では自らの体を鋼鉄と化して戦場を暴れまわりました。
最早無限に近い命を得た王は、自らが神になった気になっていたのです。
 しかし、神は王のそんな傲慢を許しはしませんでした。

 それは、唐突にやってきました。
「願いが…尽きた…」
 そう。
ありとあらゆる望みを叶え続けた結果、王は自らの欲望が消えていることに気付いてしまったのです。
 望むことが無い生…。
欲望のみで生きてきた王にとって、これは地獄でした。
「死にたい…」
いつしか王は、自らの滅びを望むようになっていました。
王は杖に願います。
 「我が存在を滅ぼしてくれ! 我を殺してくれ!」
 しかし杖は答えません。
人の生き死にには干渉出来ない――
今になって、あの少年の言葉が王に重く圧し掛かります。
 自殺も試みましたが、激しい苦痛を味わうだけで死ぬことが出来ません。
願い事によって増えた時間は、いくら体を傷付けても失うことは出来なかったのです。
 結局、王が死ぬには、自らの無限に近い生の時間が尽き果てるのを待つしかありませんでした。

19 名前:No.05 王の杖 4/5 ◇zsc5U.7zok 投稿日:07/12/29 23:52:03 ID:ZGRKFOJO
 それから、王は自分を殺す為に、他者の願い事を叶え始めました。
王にとって、それは自らが死ぬ為の作業に過ぎませんでした。
世界中の病を癒し、飢えに苦しむ子供に食料を与え、井戸を掘り、山を拓き…。
 いつしか、世界には笑い声が溢れるようになりました。
王が救った子供が大人になり、その子供が子を育てて世界を作る。
国は栄え、新たな国が生まれ、そして人は笑顔で死んでいく。
そんな世界を王は願いを叶え続けながら見続けたのです。
 自らが叶えた願いの七の七の七倍の願いを叶えた頃、恐ろしい王を知っている者は世界には一人もいなくなっていました。
 それでも王は死ぬことも出来ず、ただひたすらに他者の願いを叶え続けました。
しばらくして、あの少年が王の前に現れます。
 「偉大なる王よ 貴方の傲慢の罪を贖いきる日がまもなくやってくるだろう」
彼は、神の使いでした。
 「おお… やっと我は死ぬことが出来るのか… だが、その前に出来る限り多くの人の願いを叶えてやらなければ…」
 他者の願いを叶え続けた王の心には、いつしか他者を慈しむ心が生まれていたのです。

20 名前:No.05 王の杖 5/5 ◇zsc5U.7zok 投稿日:07/12/29 23:52:21 ID:ZGRKFOJO
 その後、王は幾つかの願いを叶えた所で膝を付き、二度と立ち上がることは有りませんでした。
 彼の望んでいた、自らの死がやってきたのです。
 人々はこの日、偉大な王の死を悲しみ、涙を流しました。
世界中の人間は彼をただ偉大なる王としてのみ記憶し、墓標を作りました。
その墓標には一言、世界中の人間が等しく願った言葉が刻み込まれます。

 世界を愛し 世界に愛された王 ここに眠る

       “ありがとう”


  おわり



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