【 緑を知った雪兎 】
◆0CH8r0HG.A




11 名前:No.04 緑を知った雪兎 1/5 ◇0CH8r0HG.A 投稿日:07/12/29 23:48:06 ID:ZGRKFOJO
 冬。
凍てつく風が吹き荒れ、その冷たさは身も心も凍りつかせる。
そんな真冬の雪の夜に、僕は再びこの世界にやってきた。
 何度生まれ落ちても、見るものは大して変わらない。
雪に覆われた町、暖かい家の光、手を繋いで歩く人々。
それらは、いつでも僕の心に言いようのない寂しさを与える。
 何処に生まれ落ちるかは運次第だ。
運が悪ければ、濡れたアスファルトの上で、落ち着く間も無く消えてしまうだろう。
だが、運良く静かな家の庭に生まれ落ちれば、傷一つない真っ白な絨毯の上に仲間と共に横たわることになる。
 そして翌朝、僕らを照らす太陽は、その絨毯を周りの風景ごと輝かせるのだ。
起き出して来た子供たちは、僕達の上に少しずつ足跡を付ける。
ただ、そのどれもがすでに新鮮味を失いつつあるのだが…。
僕は雪の結晶、今はとある庭に降った雪のたった一粒だ。

12 名前:No.04 緑を知った雪兎 2/5 ◇0CH8r0HG.A 投稿日:07/12/29 23:48:28 ID:ZGRKFOJO
 「お母さん! 雪だよ! 雪が積もってる」
可愛らしい声が響く。
そして、次に二階の窓から小さな女の子が顔を出した。
 僕は多少気分が高揚するのを感じていた。
男の子よりも女の子の方が、僕らを大事にしてくれるのが常だからだ。
昔、とある男の子がいる家に生まれた時などは…いや、やめておこう。
僕達は基本的に、自らの運命にはそれほど拘りは無い。
雪合戦の弾と消えようが、屋根の上で融け落ちるのを待つことになろうが、道路の端に積み上げられ凍りつこうが、
それらは全て冬の風物詩として僕らの存在を際立たせる。
とどのつまり、アスファルトの露と消えても、次の冬にはまたやってくることが出来るのだから。
 だが、それでも好みはある。
例えば、ゆきだるまなどは最高だ。
人の形をなすあの姿は、雪の結晶達の華。
泥塗れの雪だるまなど作る人は少ないのだから、自然と僕らは美しく保たれる。
カマクラも良い。
今では、僕らの中でお餅を焼く姿などは見かけなくなってしまった。
だが、それでも僕らにとって、雪で暖を取る人の姿というのはとても興味深いものであるからだ。
 そんなことを考えていると、また新たな声が聞こえる。
 「まぁ…本当に お父さんに頼んで、雪かきをしてもらわなくてはね」
今度は、妙齢の女性の声だ。
 「お母さん! お庭で遊んでもいい?」
女の子は窓から今にも飛び出して来そうである。
 「みいちゃん! 暖かい格好をしていかなきゃだめよ?」
 さぁ、今年は一体どんな運命が僕を待っているのだろうか…?

13 名前:No.04 緑を知った雪兎 3/5 ◇0CH8r0HG.A 投稿日:07/12/29 23:48:49 ID:ZGRKFOJO
 日が少し高くなり始め、周りでは雪かきが始まった。
隣の家では、既に大きな雪だるまが庭の真ん中に誇らしげに立っている。
 と、手袋に包まれた小さな手が真っ白な僕達を掬い上げた。
どうやら、僕の今年の運命が決まる時が来たらしい。
僕を持つ女の子(みいちゃん)の足元から、踏みしだかれた仲間達が僕を少し恨めしそうに見上げている。
さて、どうなるのだろう?
 みいちゃんは、掬い上げた僕らをなにやらお椀のような物に移し始めた。
もしかして、おままごとのご飯だろうか?
何度も冬を繰り返し、何人もの子供と接してきた結果、浮かび上がる推論。
だが、今年は幸運なことにそれは裏切られた。
先が分からないからこそ面白い。
 僕らはお盆の上にあけられ、奇妙な形を付けられていく。
柊の葉を二枚、実を二つ。
生まれて(と言う表現は正しくないが)初めて、雪兎なるものになったのだ。

14 名前:No.04 緑を知った雪兎 4/5 ◇0CH8r0HG.A 投稿日:07/12/29 23:49:12 ID:ZGRKFOJO
 みいちゃんは僕らに雪兎だから「うーちゃん」と名前を付けて、しきりに話かけてきた。
僕らはそれに答えることは叶わなかったが、それでもみいちゃんは満足そうだった。
 「うーちゃんさみいね!ちめたいよ〜!」
そりゃ、雪だからね。
「うーちゃんはなにたべる? イチゴのシロップとかすき?」
カキ氷じゃないんで勘弁して下さい。
「うーちゃんはかわいいね〜」
光栄の至り。

 夜は、彼女の家の冷凍庫の中で眠った。
これも初めての経験だった。
仄かに漂ってくる甘い香はアイスクリームだろうか?
僕は、同じく冷たいのに、方や夏を活動の主戦場とする同胞に思いを馳せる。
 カラフルな彼らの体は、人によって味と色を付けられたものだ。
 夏かぁ…。
僕らは冬しか知らない。
夏を知る彼らのことを少しうらやましく思った。

 「ねーうーちゃん そろそろゆきがみんなとけちゃったよ」
そうだね、みーちゃん。僕の友達はみんな空に帰っていったみたいだ。
「うーちゃんはおそらにかえりたい?」
どうだろうね? もし叶うなら、僕はみいちゃんと夏というのを見てみたいなぁ…。
「うーちゃんがいなくなったらいやだなぁ…」
僕もみいちゃんともっとおしゃべりしたいなぁ…。

15 名前:No.04 緑を知った雪兎 5/5 ◇0CH8r0HG.A 投稿日:07/12/29 23:49:33 ID:ZGRKFOJO
 日が過ぎるごとに、仲間達が消えていく。
隣の家の雪だるまも、今では元の三分の一といったところだ。
僕の体も、解けては固まることを繰り返し、少しづつ意識がなくなってきていた。
みいちゃんも僕に飽きてしまったようで、冷凍庫にいる時間も増えてきた。
 僕は薄れ行く意識の中で、みいちゃんと遊ぶ夢を見た。
半袖のみいちゃんが、僕と一緒に緑の芝生を跳ね回る夢だった。
 
 どれ位眠ったろう…もう自分が雪だったことすら忘れてしまいそうになっていた。
唐突に、外に出されることに気付く。
見慣れた笑顔…みいちゃんだ。
 だが、何か変だ。
そとではジージーと変な音が聞こえるし、とにかく熱い。
自分がどんどん溶けていくのを感じる。
 「ひさしぶり うーちゃん!」
みいちゃんは、僕を乗せたお盆を片手に外に出た。
そこには見たことも無い、緑色の世界が広がっている。
 僕は唐突に理解した。
ああ、これが夏なのか…。
みいちゃんは僕を夏に連れてきてくれたのか…。
ありがとうみいちゃん…。

 初めて尽くしの一生をひとまず終えた雪兎は、空へと帰っていきました。
それはただ、ずぼらな女の子が冷凍庫のスミにしまって忘れていた氷の塊を外に出した…それだけのことかもしれません。
 でもうーちゃんにはそれで十分でした。
緑の庭を小さな女の子と跳ね回る夢を見ながら、次の冬へ…。
 彼はまた、空からやってくるでしょう。
ただ、夏の暑さを知った彼は、最早今までの彼ではなく…。

おわり



BACK−また来よう ◆cfUt.QSG/2  |  INDEXへ  |  NEXT−王の杖 ◆zsc5U.7zok