【 ユカちゃんのクレヨン 】
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5 名前:No.02 ユカちゃんのクレヨン 1/4 ◇wWwx.1Fjt6 投稿日:07/12/29 12:46:25 ID:oh7PJKcM
「ユカちゃん、お礼を言うことはとっても大事なんですよ」
 ママが怖い顔をしています。今日ユカちゃんは三回、お礼を言うのを忘れました。

・お隣のカワムラのおばあさんからキンセンカのお花をもらったのに、黙っていました。
・お店の人から可愛いねって言われたのに、そっぽを向いて黙っていました。
・ママに新しいらくがき帳を買ってもらったのに、やっぱり黙っていました。

「ユカちゃん、聞いてるの。ママのお顔を見てちょうだい。お話を聞くときは、相手のお
顔を見なくちゃいけませんよ」
 ママのお小言が続きます。ユカちゃんは、早く新しいらくがき帳を使ってみたくって仕
方ありません。お鼻を大きく膨らませて、お口をとんがらかせました。
「ユカッ」
 ママがとうとう鬼ママになったちょうどその時、玄関のチャイムが鳴りました。ママは、
んもう、と言ってドアを開けに行きました。お向かいのイケダさんの声がしました。イケ
ダさんが来ると、いつもママはずうっとお話をしています。

 ユカちゃんはらくがき帳を開きました。真っ白な紙たちが、早く書いて、と呼んでいま
した。引き出しからクレヨンを持ってきて、大好きな桃色のを出しました。
「まある。まある」
 ちょっと遠慮して、小さい丸を二つ書きました。それからちょっと嬉しくなって、少し
大きい丸で二つを囲みました。
「ブタさんのお鼻みたい」
 お目々を書いて、お口を書いて、それからぐるっと囲みます。

6 名前:No.02 ユカちゃんのクレヨン 2/4 ◇wWwx.1Fjt6 投稿日:07/12/29 12:46:39 ID:oh7PJKcM
「お洋服も着せてあげる。それから、ネックレスも」
 ママが大事にしているネックレスをブタさんに書いてあげました。すると突然、ブタさ
んが言いました。
「これこそまさに、ブタに真珠」
 ユカちゃんはびっくりして、大きなお目々をぱちくりさせました。それからおずおずと
聞きました。
「ブタにシンズってなあに」
「シンズじゃない、真珠さ。無駄だってこと。僕はネックレスなんかには興味ないんだ。
ユカにキンセンカ、とも言うがね」
「まあ」
 ユカちゃんはちっともわからなかったけれど、なんだか嫌な気持ちになって言いました。
「もういいもん。ユカ、お姫様書くんだ」
 そうしてらくがき帳を一枚めくりました。

「ユカ、お姫様書くのとっても上手よ」
 ユカちゃんはひとり言を言いながら、熱心にお姫様を書きました。ドレスはもちろん桃
色で、リボンをいっぱいつけました。髪の毛はもっとくるくるしているほうが可愛いかし
ら、と、いっしょうけんめい書きました。
「できあがり。とっても可愛い」
「当たり前よ」
 いままで澄ましていたお姫様が、ツンとして言いました。
「わたしはお姫様ですもの。でも髪がくしゃくしゃで嫌だわ。直しなさい」

7 名前:No.02 ユカちゃんのクレヨン 3/4 ◇wWwx.1Fjt6 投稿日:07/12/29 12:46:56 ID:oh7PJKcM
「ユカ、可愛いと思って書いたのに」
「あなたがどう思おうと知ったことではないわ。わたしは嫌いなの」
 ユカちゃんはしょんぼりしてしまいました。それでもなんとかお姫様の気に入るように
しようと、黄色かった髪の毛を黒いクレヨンで真っ直ぐに書き直しました。
「ああ、何をするの。黒い髪なんて嫌よ、わたし」
「もう、ユカ知らない」
 ユカちゃんは怒ってらくがき帳をもう一枚めくりました。めくって白い紙を見ていたら、
ひどく悲しくなってしまいました。

「ママはね、プレゼントをすると、ありがとうって言って笑うよ」
「ママにね、綺麗よって言うと、ありがとうって言って笑うよ」
「ママのね、髪の毛をすいてあげると、ありがとうって言って笑うよ」

 ユカちゃんは、ママの絵を書きました。クレヨンのママはさっきの怖い顔はしてなくて、
いつもの優しい顔をしていました。
「ママ大好き」
「ママもユカちゃん大好きよ」
 クレヨンのママがにっこりして言いました。ユカちゃんは嬉しくなって、ママのお手々
にいくつかお花を持たせました。
「ありがとう、ユカちゃん」
「ママ」
「なあに」
「ありがとうって言ってくれて、ありがとう」

8 名前:No.02 ユカちゃんのクレヨン 4/4 ◇wWwx.1Fjt6 投稿日:07/12/29 12:47:10 ID:oh7PJKcM
 ママはもっとにっこり顔になりました。ユカちゃんはもっと嬉しくなって、ママにもっ
と沢山お花を持たせました。
「こんなに沢山、本当にどうもありがとう」
「どういたしまして。ママ」
「池田さんにはいつもよくして頂いちゃって」
 ユカちゃんはびっくりしてお目々をまん丸くしました。
「ちがうよ。ユカだよ。イケダさんじゃないよ」
「こちらから池田さんに差し上げるようなものもなくて」
「ちがうってば」
 ユカちゃんはママのお手々を引っ張ろうとしました。けれどもママのお手々はいつの間
にか、クレヨンのユカちゃんのお手々を、しっかり、握っていました。そうしてただの絵
に戻ったクレヨンのママは、クレヨンのユカちゃんと一緒に並んで、嬉しそうに笑ってい
ました。ユカちゃんはちょっと寂しくなりました。でも、次にはちょっとおかしくなって、
クスクス笑いました。

「ユカ、ユカちゃん、いらっしゃい」
 本物のママが呼んでいるのが聞こえました。ユカちゃんはとっても嬉しくなって、おお
いそぎで玄関に行きました。
「池田さんがね、ユカちゃんにって沢山ご本を下さったわよ」
 ユカちゃんはにっこり笑って言ったんです。
「イケダさん、ありがとう」
 ママのびっくりした顔ったら。

終わり



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