【 スノー・マンデーの雪うさぎ 】
◆NA574TSAGA




2 名前:No.01 スノー・マンデーの雪うさぎ 1/3 ◇NA574TSAGA 投稿日:07/12/29 12:42:41 ID:oh7PJKcM
 本来ならば日曜日で冬休みが終わり、今日からまた学校が始まるはずだった私は今、期待に胸を膨らませていた。
「はい、分かりました。久しぶりですねぇ、ここまでひどい雪も。では……」
 そう言って受話器を置くと、お母さんはすぐに連絡網を次の家へと回しはじめた。
 目玉焼きの黄身をご飯に乗せながら、窓の外を眺めやる。普段ならばそこにあるはずの庭の木々。
出しっ放しの自転車。大きく頑丈な白銀色の物置。それらは全て、冬の嵐に飲み込まれて見えなくなっていた。
 目が覚めてからというもの、テレビのローカルニュースは同じ内容の繰り返しばかりだった。
“日本海側では多いところで一〇〇センチ。太平洋側でも所によっては八〇センチの大雪となる見込み――”
 冬休み前の理科の授業で自分の住む地域が「太平洋側」に属し、雪の少ない地域にあたることを
習っていた。もしそうでなかったとしても、窓を半分埋めるほどの雪が普通でないことくらいは、
十歳になったばかりの私のちっぽけな経験則でも十分理解できたはずだ。
「里香。やっぱり今日は学校休みだって。良かったわね」母は嫌な笑みを浮かべながら言った。
 私は「そう」とだけ興味なさげに言って、表に出そうになる喜びを隠そうとする。
 それは言うなれば「恵みの雪」だった。臨時休校――。小学生の自分にとって、冬休みが一日延びる
ことほど嬉しいことは無いと言ってもいいくらいだ。
 もちろん学校が嫌いなわけではない。学校へ行っていればそれはそれで、友人たちと休み中の思い
出話などに花を咲かせていたはずだ。自由研究の見せ合いっこなどもしていたに違いない。好きな先
生の顔も久々に見ることができる。
 それでも不意に舞い込んだ休みはやっぱり嬉しかった。日本中で自分たちだけが学校に行かなくて
もいい。風邪で休んだ時に感じるのと同じ、ちょっとした優越感がそこにはあった。きっと友人たちも
同じ気持ちに違いないと、そう心から思った。
 あとで雪かき手伝いなさいよね――。お母さんがため息混じりにそう告げるの聞いて、「はぁい」と
生返事を返してやる。そして茶碗に残っていたご飯を、口の中へ一気にかき込んだ。
「おーともないせーかいからー、帰ってきた父さんだよー……ただいまぁ」
 朝食を食べ終わった頃、お父さんが替え歌を口ずさみながら全身を雪まみれにして帰ってきた。
 電車は運休。出版社からも、打ち合わせを延期にすると連絡があったんで帰ってきたよ――そう疲れ
切った様子で話すお父さんの背中に、「おかえりなさい」と私は何となく飛びついてしまった。

 雪かきはお父さんと二人ですることになった。
 いつもならば私は学校に行っている頃で、お父さんは徹夜で小説の原稿を仕上げて眠っている
頃だ。それを考えると、平日のこの時間に二人一緒に居られるというのは少し不思議な感覚だった。

3 名前:No.01 スノー・マンデーの雪うさぎ 2/3 ◇NA574TSAGA 投稿日:07/12/29 12:43:19 ID:oh7PJKcM
「家境の長いトンネルを抜けると、そこは隣の家の庭だった……って、おいおい何をするんだいたたたた」
「おとーさんっ。遊んでないでちゃんと働いて!」
 今しがた雪山に完成したばかりのトンネルをスコップで崩して、私はお父さんの頬をつねってやった。
 お父さんは唇をとがらせながら反論する。
「何だよー……。せっかく里香のために作ってやったのに。かまくら」
「あれかまくらだったの!? かまくらは隣の家に開通なんてしないよ!」
 それ以降お父さんは拗ねてしまったのか、ほとんど言葉を発しなくなった。たまに――五分に一回
くらい、「寒いなぁ、里香」などとつぶやく程度だ。私もあまりの寒さで口が凍り付いてしまったかの
ように、ただ黙々と作業を続ける。
 それでも私は何故だか楽しかったし、嬉しかった。この特別な時間がいつまでも続けばいいのにと、
思わず願ってしまうほどに――。
 車を掘り出して家の前の歩道を歩ける程度に広げたところで、玄関先からお母さんの声がかかる。
「お茶を入れたから、いったん中に入ってらっしゃい」
 雪を払って玄関で靴を脱ぐと、室内の熱気が伝わってきた。外とのギャップに思わず私は文句を口にする。
「おかーさん、ストーブ暑すぎぃ」
 設定温度を下げようとするが、お父さんが我先にとストーブの前にすべり込むのを見て、諦めてしまう。
 お母さんはお盆に湯飲みを三つ乗せて台所から出てきた。普段の私なら、お茶は冷たい麦茶しか飲まない。
けれど今日は特別だった。湯飲みに注がれた煎れたての緑茶を、息で冷ましながらゆっくりと口に含む。
「……やっぱり熱いっ」
 そう言って舌を出す私を見て、お父さんもお母さんもくすくすと笑う。それにつられて私も笑い出してしまった。

 正午のニュースになっても予報は悪くなる一方だった。「爆弾低気圧」とかいう漫画みたいな名前
の雲が、この地域に居座り続けているらしかった。外は風が一段と強くなってきて、今や吹雪という
よりも竜巻か何かに近い状態へと変わっている。
「明日も学校、休みかもね」
 そうお母さんが言うのを聞いて私はため息をつき、形だけは残念そうにしておく。
 『休みを喜ぶのを悟られてはいけない』――風邪で休んだときに、何となく身につけた癖だった。
 昼食に砂糖醤油を付けた餅を食べて、私は二階へと上がっていった。お父さんだけが雪かきのため、
再び外へと向かう。強さを増すばかりの雪に、私は自宅待機を命じられていた。
 自室に戻った私は扉を閉め、ベッドへと飛び込んでうつぶせになった。

4 名前:No.01 スノー・マンデーの雪うさぎ 3/3 ◇NA574TSAGA 投稿日:07/12/29 12:43:36 ID:oh7PJKcM
 机の横にはランドセルと、自由研究の工作が置かれているのが見える。粘土で作った雪うさぎの貯金箱。
 お父さんには「猫だろ」とからかわれたけれど、自分では自信作のつもりだった。
「早くみんなに見せたいなあ……」
 学校に行けないことを今更ながら少し、フリではなく残念に思った。
 テレビを付けてもこの時間、どのチャンネルもニュースしかやっていない。家に閉じ込められるこ
とにようやく退屈を覚えはじめる。
 なんとか時間を有効活用しよう。そう考えた私は本棚からまだ読んでなかった小説を取り出して、
ベッドへと腰をおろした。
 外は相変わらず真っ白な景色に包まれている。窓から下を眺めると、防寒着姿のお父さんがかすかに
見てとれた。頑張ってと手を振るが、こちらに気付く様子はない。
 ふと、お父さんがスコップを手にしていないことに気が付いた。
 どういうわけかお父さんは雪かきを止めて、雪玉を転がしはじめていた。やがてある程度の大きさに
なったところで動きを止め、近くに置いてあったもう一つの雪玉へと重ねる。
 そこで初めて、その巨体が雪だるまのつもりなのだと気付き、私は吹き出してしまう。どう見ても
頭の方が胴体よりも大きくて、まるで逆立ちをしているようだったからだ。
「……おとーさんだって、人の作品笑えないじゃない。へたっぴ」
 そうつぶやいて、けれどすぐに笑うのは止めて、窓から顔を離してやる。
 見ていない。私は何も見ていない。
 お父さんはたぶん私を驚かせるつもりで、こっそりあれを作っているのだろう。だから私は何も見な
かったことにして、お父さんの期待に応えなければいけない。
 ちゃんと驚く心の準備をしておかないとなあ。そんなことを考える自分自身に、私は思わず苦笑した。

 明日は学校に行けるのか、それともまた休みになるのか。全ては空の機嫌次第だ。
 どっちになっても、明日の天気には感謝しよう。私はそう心に誓った。学校にせよ、休みにせよ、
楽しみなことには変わりないのだから。
 いつもならば昼休みの終わる時間。私は空から舞い降りた休日を無駄にしないためにも、手に取った
本のページをめくりはじめた。
「――ありがとう」
 そう窓の外に向かってつぶやいた。降り積もる雪からも、お父さんからも、そして作りかけの雪だるま
からも、当然返事は返ってこない。それを少し寂しく思いつつ、私はしばし本の世界に没頭するのだった。  <了>



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