【 六年越しくらいのプレゼント 】
◆tGCLvTU/yA




134 名前:時間外No.2 六年越しくらいのプレゼント1/5 ◇tGCLvTU/yA 投稿日:07/12/24 00:59:10 ID:jcC3BfA4
 気がついたのはいつの日だろうか。
 サンタが母にキスをした時からか、それともサンタの格好をした父が私の部屋に忍び込んだ時。
 もしくは、学校で誰かがその存在を否定した時からかもしれない。とにかくきっかけはずっと昔だったのだ。
 いつの間にか、クリスマスは特別な日から親にプレゼントをもらう日へと変わって、いつしかただの365分の1になる。
 気がついた時にはもう、サンタクロースは私の前から姿を消していた。

 クリスマスがたった今終わった。それなりに友達と遊んだりもしたし、美味しいものも食べた。世に言うところのクリスマスを、充分に堪能した。
 ただ、今年はプレゼントがなかった。父曰く、中学生になった私にはもうクリスマスプレゼントは必要ないのだそうだ。顔を真っ赤にして、そう言っていた。
 プレゼントのないクリスマスなど、私のような子供にとっては具のないおでんにすぎない。もう少ししたら、そうでもないのかもしれないけど。
「……さむ」
 ベッドの中で体を縮こまらせる。ぶるっと体が震えた。
 寒い。全くもって寒い。ストーブをつければそれで全て解決するのだが、今の私はベッドから這い出るのも億劫だった。
 なにが聖夜だ、こんなのただの寒いだけの夜ではないか。いや、聖夜はもう終わってるのか。まあ、一時間も寒かったしよしとしよう。
 それに、寒いのはこのありえない室温だけのせいではないのだから。
「楽しみにしてたんだけどなー。中学生だってまだ子供だ……父さん」
 下の階では、まだ騒いでいるであろう両親に聞こえないのだろう。けれど呟く。楽しみにしていたプレゼントがないというのは、正直かなり辛い。
 欲しいものはいっぱいあったけれど、別に中身にこだわるつもりはなかった。ただ、プレゼントという形で何かが欲しかったのだ。
「ま、辞書や小難しい本だと流石に持て余すけどね……」
 呟いた直後に、下の階からどっと笑いが漏れる。全く、父さんめ。会社の友達を呼んで私を追い出すなんて娘をなんだと思っているのか。
 ダメだ。起きているば起きているだけ寂しくなってくる。さっさと寝てしまおう。そう思って目を瞑ろうと――
「ちょ、窓に鍵かかってる! ただでさえ遅刻してるってのにどっから入ればいいんだよー!」
 ――窓の向こうから何か聞こえた。父さんか、もしくはその友達の人が外でふざけてるのだろうか。いや、きっとそうだ。夜も更けているのにもう
少し近所迷惑というものを考えるべきだ、父さんたちは。
 こほん、と咳をひとつして仕切りなおす。
「よし。今度こそ寝――」
「ちっ、仕方ないわね。こうなったら体当たりで窓をぶち破るしか」
 たまらずベッドから飛び上がって、窓を猛スピードで開けた。
 あと数秒遅れたら、きっと窓は大きな音を立てて粉々になっていただろうと、眼前に迫っているブーツの靴底を見て思った。
「あ、開いた! よかった、割らずにすんで。……あれ?」
 ようやく目が合う。真っ赤なスカート。真っ赤な上着。それに大きな袋を片手に持ったきれいなお姉さんだった。

135 名前:時間外No.2 六年越しくらいのプレゼント2/5 ◇tGCLvTU/yA 投稿日:07/12/24 00:59:27 ID:jcC3BfA4
「いや、まさか起きてるとは思わなかったよ。あ、お茶ごちそうさま」
 インパクトの塊のような登場の仕方がすっかりなかったように、お姉さんがけらけらと笑う。どうして私はこの人を家の中に入れてしまったんだろう。
「はあ」
 曖昧な返事で濁しつつ、携帯電話を探す。悪い人には全く見えないけど。大声を出せる準備といつでも通報できるようにしておかねば。
「あ、そうだ。私、サンタクロースっていうんだけど」
「え」
 聞き間違えだろうか、この人は今サンタクロースと名乗った。サンタクロースといえば、ふっくらとしたお腹に、ふさふさのひげ。優しそうなおじいちゃん
というのが私のイメージなのだが。
「ええっと……どこやったかな」
 すらりとした体に、さらさらの月みたいに綺麗な髪。優しそうなおねえさん。私のサンタクロース像とは地球と月くらいかけ離れている。
「あ。あった」
 そういえば一度、こんなサンタクロースを見た覚えがある。父さんの部屋にあった本だ。
 ただ、このお姉さんよりもずっと寒そうな格好をしていて、なぜだろうと母さんに尋ねたら母さんはその本を持って、
「はいっ、どうぞ」
 お姉さんが、私の思考を遮って何かを差し出した。突然だったので私も思わず受け取る。包装紙に包まれているので何かわからないけど、四角かった。
「あの、これは?」
「何言ってるのさ、私はサンタクロースだよ。サンタクロースが渡す物といったらひとつに決まってるじゃない?」
 寒さも吹っ飛ばすような太陽にも似た笑顔だった。けれど、何もかもがおかしくてこの状況ではその笑顔に寒気すら感じる。
 私は部屋の時計を見る。0時どころか2時を回ろうとしていた。
 ありえないけど、仮にこの人が本物のサンタクロースだったとしよう。それでも、この人はとんでもない失敗をしている。
「あの、言いづらいんですけど」
「え、なに? あ、お礼ならいいんだよ。むしろお茶までいただいてもうしわけないくらいで。いやーしかしこのお菓子美味しいね」
「クリスマス、もう終わってます」
 お姉さんのお菓子を取ろうとしていた手がぴたっと止まった。
「……うぇ?」
 まるで残業帰りで、顔を真っ赤にしたときのような父さんの反応だった。そういう時は水をひっかけてやればいいと母さんは言ってたけど、生憎今、水
は手元になかった。私は息を吐いて続ける。
「えっと、ですから終わりました。クリスマス、ついさっき」
「……おぉ」

136 名前:時間外No.2 六年越しくらいのプレゼント3/5 ◇tGCLvTU/yA 投稿日:07/12/24 00:59:43 ID:jcC3BfA4
 この反応は、例えようがなかった。強いて言うなら私が髪を染めた時にみせたおじいちゃんのような反応を――
「ごめん、本当ごめん!」
 即座にお菓子を手放し、お姉さんはびしっと正座をする。びっくりするほど綺麗な姿勢だった。
「え、あの」
「ごめんね! せっかくのクリスマスだったのに、私のせいだ。本当ごめん!」
 これでもか、というくらいに頭を床にこすりつける。確かこれはお父さんがお母さんに誠意を見せる時にやってる体勢だ、いわゆる土下座というやつ
だろうか。
「あ、あの。わかりましたから、とりあえず大声をやめてください。下の階に普通に両親いますから」
 こんなところを見られたら、どう説明したらいいのか。むしろ私が説明して欲しいくらいなのに。
「い、いいの? こんな生きる価値なんてミジンコほどもない駄ンタクロースを許してくれるの?」
「だ、ダンタクロースって……と、とにかく許しますから、頭を上げてください。あとできたら帰って――」
 くださいと言い切る前に、お姉さんは太陽のような目を輝かせて、
「そうだ、いいこと思いついた!」
 と、やめてくださいと言った大声を上げて立ち上がった。もうダメだ、多分私にこの人は止められそうにない。
「お嬢さん、今ちょっと時間あるかな。私とデートしない?」
 もうわけがわからなかった。私は鸚鵡返しをすることしかできない。
「で、でーと」
「そう、これでね」
 窓を勢いよく開ける、冷たい空気が部屋に入り込んできた。上着を探す私に謝る仕草をして、お姉さんが笛のようなものを吹いた。
 すると、上から降りてきたのは、
「……トナカイ、ですか?」
 なんとか上着を見つけて、私は尋ねる。ようやくこの寒さにも状況にも慣れてきた。
「そ。ソリもあるよ。さ、乗った乗った」
 軽やかな身のこなしで、お姉さんがさっと窓からソリへと飛び移る。もしかしたら、と思い始める。いや、きっとそうだ。この人は本物なのだ。
「さ、おいで」
 お姉さんが私へと手を伸ばす。まだOKと返事すらしてないのにと苦笑する。だけど、断るつもりはもとからない。その手を掴むが、
「あ、ちょっと待ってください」
 一度その手を離して、机の中から手袋を探す。お気に入りの黒い手袋と真っ白な手袋。しっかり手にはめると改めて私はその手を掴んだ。
 どうしよう、なんだか胸が信じられないくらいどきどきしている。一日遅れで、最高のプレゼントがやってきたのかもしれない。
 もう一度深呼吸をして、私はお姉さんに抱きつくようにソリへと飛び移った。

137 名前:時間外No.2 六年越しくらいのプレゼント4/5 ◇tGCLvTU/yA 投稿日:07/12/24 01:00:09 ID:jcC3BfA4
 外は寒いどころかむしろ暖かかった。私は不思議そうにお姉さんを見る。するとお姉さんはけらけらと笑って、
「ふふん、まあ、あれだよね。こうして空を飛べる魔法があるんだから、ソリの中だけでも暖かくする魔法があってもいいと思わない?」
 お姉さんの言葉に私は笑って頷く。多分今なら、どんな魔法があるといっても信じるだろう、なんだって空飛ぶソリに乗っているのだ。
 静かな間が出来る。綺麗な景色が流れいく。もう夜中だと言うのに大半の建物の灯は消えていなかった。
「さて、ちょっとばかし飛ばすね。と言ってもまあ、景色がちょっと味気なくなるだけだけど」
 そう言うと、お姉さんは持っていたムチでトナカイのお尻を思い切り叩く。心なしかトナカイが嬉しそうな悲鳴を上げたあと、周りの景色が
ぐにゃりと曲がりだす。
「ひっ……」
 思わず悲鳴を上げそうになったのを、すんでのところで踏みとどまった。予想以上に私が戸惑っていたのか、お姉さんは笑顔で私を抱き寄せて、
「大丈夫、トンネルみたいなもんだから。すぐ終わる」
 お姉さんの言ったとおり、うねうねと曲がる景色は次第に落ち着きだす。ゆっくりと、ゆっくりとうねりが小さくなってくると、
「おー、なかなかきれいだね。朝日にはあんまり縁がないけど、こういうのも悪くないね」
 景色が、完全に変わっていた。
 思わず、目を細めてしまうくらいの眩しい朝日。真っ黒だった空が今はもう琥珀色になっていて、建物だらけだった街並みは一面の青。海だけとなっていた。
 お姉さんは冗談めかして言うが、こんな景色は一生に一度見れるかどうかくらいの絶景だった。カメラでも持ってくればよかったと思う。
「さて、この辺でいいかな。はい、改めてどうぞ」
 目の前にあるこの太陽にも負けないくらいの明るい笑顔で、お姉さんは今度こそという風にプレゼントを差し出す。私にはよく分からなかったけど、
とにかく受け取ることにした。
「うん、ありがとう。ここならまだクリスマスだからね。ちょっと日付変更線を飛び越えてやればこっちのものだよ」
 もしかして、さっき景色がうねうねとしたのはワープみたいなものをしたからなのかとその時思った。
 それにしても最近のサンタクロースはなんてパワフルなんだろう。イメージ像よりも、ずっと格好いいじゃないか。
 さて、今度は私の番だ。
「あの、これを」
「え?」
 そう言って私は、真っ白な手袋をお姉さんに差し出す。ずっと前、まだ私がサンタクロースを信じてた頃にサンタクロースへのお礼品として編んだ一品だ。
「サンタさんだって、たまにはプレゼントもらうのもいいんじゃないですか」
 お姉さんは真っ赤な顔をしているであろう私を見て、しばらくポカンとしていたけど、やがて飛びっきりの笑顔で、
「そうか。そうだね。ありがとう、大切にするよ」
 そう言ってくれた。上手く笑えたかどうかわからなかったけど、私もお姉さんと同じような笑顔で「はい」と返事をした。
 おやすみ、と呟いてお姉さんが頭をなでる。すると、今までの目の冴えが嘘のように、眠気は突如としてやってきた。そこからのことは、よく覚えてない。

138 名前:時間外No.2 六年越しくらいのプレゼント5/5 ◇tGCLvTU/yA 投稿日:07/12/24 01:00:25 ID:jcC3BfA4
 ぱちり、と目が覚めた。プレゼントも何もない憂鬱なクリスマスもいざ終わってしまえばこんなものだ。
 まだ重たいまぶたをこすりながらベッドから起き上がる。いくら冬休みとはいえあまり寝坊もしていられない。
「……あれ?」
 まくらの横に、何か四角い箱が置いてある。手にとって見ると、メッセージカードがついていた。
 ――ごめん、クリスマスだったけど買うの忘れてた。昨日までは必要ないなんてごまかしてたけど、今日買ってきたから許して欲しい。 父より
 思わず笑ってしまった。どうやら、うちはサンタクロースが一日遅くうちにやってきたらしい。
 せっせと包装紙を上手く剥ぎ取って折りたたむ。これは今度何かに使おう。さて念願のプレゼントは何が入っているのか――
「……デジカメ?」
 銀色の、それも随分と軽いデジタルカメラ。四角かったのでゲーム機か何かかと思ったのだが、まさかデジタルカメラだったとは。
 コンコンと、扉をノックする音が聞こえる。
「あのー、ゆかり。起きてるか?」
 父さんだった。どこか申し訳なさそうな声色に私は首を傾げる。
「父さん? どうしたの?」
「あー……起きてるか。その、ごめんな? 父さんちょっとあの日酔っ払っててさ」
「ううん。いいよ別に。私は全然……」
 気にしてないから、と続けようとした瞬間だった。琥珀の空と、一面の海がぱっと頭に浮かんで、
「なんでクリスマスを忘れちゃうのかな。信じられない。父さんのばか」
 わけが分からないうちにそんなことを言っていた。父さんが泣きながら走り去る音を聞きながら、言いようのない悔しさを、私は不思議と感じていた。



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