【 きずなキャッチャー 】
◆NA574TSAGA




129 名前:時間外No.1 きずなキャッチャー 1/5 ◇NA574TSAGA 投稿日:07/12/24 00:53:52 ID:jcC3BfA4
 平日の正午にもかかわらず、多目的ビル二階のゲームセンターは、周辺に住む大学生などで混雑していた。
 そんな学生のうちの一人。三時限目の講義を自主休講にしてこの場にやって来た霧島正悟は、目的のUFO
キャッチャーを前にして思わず身を硬直させてしまった。
 見つめる先には中学生くらいの少女が一人と、その姿を隠しそうなほどに高く積まれたぬいぐるみの山。それが彼女によって
築かれたものであることを、正悟は店員の一人から聞かされた。こんなことは初めてだよ、と店員は顔を引きつらせていた。
 長い黒髪を揺らしながら無感情にクレーンを動かし続ける少女。一回プレイするごとにアームは確実に動物たちを
捕らえていき、そしてそれを少女の元へと次々に運んでくる。
 彼女の少し後ろには、スーツ姿の女性が荷物を持って立っていた。そしてそのさらに後ろ。通路にはいつの間にやら
人だかりが出来つつあった。他のゲームに熱中していた客も手を止めて、広い店内のその一点へと集まっていく。
 格闘ゲームではなく、UFOキャッチャーでもギャラリーを生成しうることを、正悟はこの日初めて知った。
 少女は今まさに残った最後の一匹、ひと際大きな白くま人形を取ろうとしていた。白くまのほぼ真上で動きを
止め、クレーンはゆっくりと降下していく。アームが開き、捕獲。いとも簡単に出口へと運ばれていき、
落下する。そうして捕獲した白くまを手に取ると、少女はそれを山の頂へと無造作に放り投げた。
 ギャラリーから拍手と歓声が沸き起こる。が、それでも彼女は表情一つ変えない。そして山からウサギの
ぬいぐるみを一つ手に取ると、後ろに立つスーツの女性へと投げ渡す。
「……今日もお疲れ様。紗希」そう言って女性は持っていた包みを少女に手渡した。
 紗希と呼ばれた少女がそれを無言で受け取ると、「じゃあ、会社に戻るね」と女性は足早にその場を去っていった。
 さて、残ったぬいぐるみの山をどうするつもりなのか――周囲の人間はしばし様子をうかがっていたが、しかし紗希は
何の執着も見せることなく、店員にそれらを全て返却。対応に困る店員を尻目に、人ごみを抜けて立ち去ろうとする。
 その背中に、正悟はあわてて声をかけた。「待ってくれ!」
 声に気づいた紗希が振り向き、正悟の元へと歩み寄る。その顔を見上げる形で「何か用?」と、それまでの
沈黙を破ってようやく口を開いた。正悟はぬいぐるみ山のななめ向かいにあるクレーン機を指差して言った。
「その技術を見込んで頼みがある。あそこにある馬鹿でかいクマのぬいぐるみ。素人の俺があれを取るにはどうしたら
いいのか、教授してくれないか?」
 紗希は腕組みをして何やら考える素振りを見せる。そしてぬいぐるみ山の前へと戻り、先ほど獲得した
白クマを持って戻ってきた。――そして正悟の顔面へと、有無を言わさず思い切り叩きつけた。
「が! な、なな……なにしやが」 「こいつで我慢しなさい。あなたみたいなド素人があれを取ろうなんて、百億光年早いわ」
 白クマを正悟の脇に置いて、再び出口へと向かう紗希。正悟は怯むことなくその右手をつかまえてやった。
 ――とりあえず、『億光年』には突っ込まないでおく。
「まだ何か? 私これからお弁当なんだけど」紗希は先ほど受け取った左手の包みを示しながら言う。

130 名前:時間外No.1 きずなキャッチャー 2/5 ◇NA574TSAGA 投稿日:07/12/24 00:55:28 ID:jcC3BfA4
「頼む。今の俺にはあれが必要なんだ。それに自力で取らなきゃ意味がねえ」
 その瞳には言い知れぬ力があった。紗希はそれをしばし見つめ、やがて観念したかのように肩をすくめた。
「ワンレッスンにつき、缶ジュース十本ね。私のことは『師匠』か『紗希様』と呼びなさい」
 意外と乗り気な様子だった。

 午後三時を回って、学校帰りの高校生や大学生が集いはじめた頃。UFOキャッチャーの前には奇妙な二人
組が何時間も居座っていた。一人は近くの私大に通う大学生・霧島正悟。クレーン機に百円硬貨を投入して
は、思うように動かないアームに一喜一憂し続けている。
 苛立ちの理由はそれだけではなかった。彼の後方に腰を下ろす小さな人影。名は堂島紗希。彼女は先ほど
から正悟に向かって『アドバイス』という名の罵声を浴びせ続けていた。
 正悟の挑戦が休憩を挟んで三十四回目の失敗を遂げたとき、紗希は頬杖をつきながら言った。
「はあ、わかった。あなたやっぱりゴミでしょ? ゴミはクレーンで吊るされる側なんだから、廃棄場に帰るといいわ」
「……いい加減キレてもいいかな? 俺」
 苛立ちを通り越して不敵な笑みまで浮かべはじめた正悟に、紗希は質問する。
「ところで、その人形をとって誰に渡すつもり? 彼女に、というわけでもないんでしょ?」
「何で俺に彼女がいないって分かるんだよ……」
「その潰れた丸鼻を見れば分かる」
「人格否定の次は顔面否定か!? てかこれはさっき白クマで殴られたせいだろ!」
 赤くなった鼻を押さえながら正悟が反論する。が、紗希は聞く耳を持たない。「教え疲れて小腹が減った」と、
昼食で食べ残したおにぎりを取り出して食べ始める。『店内飲食禁止』の注意書きも、彼女の目には留まらないようだった。
 あきらめて正悟が質問に答える。「……妹にあげるためだよ。誕生日が近いんでな」
 今度は紗希の反応も速かった。「ふうん。つまりシス――」
「コンとか言ったらそのおにぎりを没収する。兄妹なんだから別に普通だろ……って、あああ!」
 正悟はあわててクレーンのボタンAから指を離す。しかし時すでに遅し。
「奥に行き過ぎた! ああっ……」 「気を逸らすからよ。少しはやる気を見せたらどうなの、まったく」
 そう言ってあくびをする暴君を「お前が言うな」と張り倒したくなる気持ちを何とか抑えて、正悟は再び財布から百円玉を取り出した。

 結局計五千円をつぎ込んでもクマは数センチ動いただけで、財布に残った最後の千円までもがジュース代
として持っていかれた正悟は、燃え尽きたろうそくのような形相で帰路についたのだった。
 自宅に戻り、階段を上ろうとして。リビングでくつろぐ妹に念のため質問してみる。

131 名前:時間外No.1 きずなキャッチャー 3/5 ◇NA574TSAGA 投稿日:07/12/24 00:55:43 ID:jcC3BfA4
「あのさ、一つ訊きたいんだが……お前の学校に『堂島紗希』って奴、いたりしないか?」
「え、うん。いるよ。家がすっごいお金持ちの子。隣のクラスだから話したことないけど……それがどうかしたの?」
「ああいや、何でもない。気にしないでくれ」
 適当にごまかして正悟は自室へと戻った。ベッドにダイブして、枕に顔を埋めながらつぶやく。
「やっぱ金持ちのぼんぼんか。でなきゃあんなにつぎ込めない……じゃなくて」
 大人びてはいるが、どこか幼さの残る言動。やっぱ中学生だったのか、と顔を上げて窓の外を見る。外は夕焼けと
夜の色が混ざりつつある。そんな中彼女は一人で、正悟とは反対の方向へと歩いていった。「途中まで送っていこうか」と
声をかけたが、「明日も昼からね」とだけ告げて行ってしまった。
「『明日も』ねえ……。やる気があるんだか無いんだか」
 とりあえず明日行ったら真っ先に「学校サボるな」と言ってやろう。そう誓って正悟は夕食までの時間、少し仮眠をとることにした。

 翌日の午後。正悟の忠告を聞いた紗希は、数分前に受け取ったサンドイッチを食べながら冷静に言った。
「その言葉、そっくりあなたにお返しするわ。サボり三流大学生さん」
「う……。けど三流は余計だ」けれどそれ以上返す言葉もなく、正悟はその場に崩れ落ちた。敗北。
 そういえばもう一週間はまともに講義に出てなかったなと思い返す。そうだ、サボりは良くない、けしからんと自戒する。
 そして正悟は、昨日から気になっていたもう一つのことを口にした。
「あのさ……『志穂さん』だっけか? あの女の人」
 この場に来たとき、二人はちょうど弁当とぬいぐるみの『取引』を終えて別れるところだった。紗希は彼女を「志穂さん」と呼んでいた。
 紗希が顔を上げる。サンドイッチを取りこぼしそうになる彼女の反応に、正悟は「何かあるな」と感じた。
「どういう関係なんだ……? 年だいぶ離れてるみたいだったが、親戚か何かか? それとも――」
「実の姉、かな。一応。一言で表すならただの人形マニア」
 「かな。」という言い方に正悟は違和感を覚えた。姉を『さん』付けで呼ぶ意味も、弁当とぬいぐるみの『取引』
の意味も理解できない。何から聞くべきか迷っているうちに、「百円貸して」と紗希が手を差し出してきた。その
表情には先ほどまでは無かった陰りが見られ、何も言えずに正悟は百円を手渡してしまう。
 紗希は硬貨をクレーン機に投入しながら言った。「私は、誰かのために人形を取るようなことはしない」
 ガラスの檻の中、クマは全部で三体。クレーンが右に移動する。そして中央のクマの前でそれは止まった。
「人形を取って、取って……捕って。そして志穂さんに渡すことで食事と引き換える。そう、全ては自分のため」
 クレーンが奥に進んで、止まる。それはクマの重心を正確に捉え、そしてゆっくりと引き上げる。
「だから失敗しない。生きるために捕るんだから。人間、自分のためなら何だって出来る」
 取り出し口からクマを引っ張り出したところで、紗希はようやく言葉を切った。

132 名前:時間外No.1 きずなキャッチャー 4/5 ◇NA574TSAGA 投稿日:07/12/24 00:58:23 ID:jcC3BfA4
「……よく分からねえ」
「やっぱりね。だから今のあなたじゃこの人形は捕れない。意志の強さが違うもの」
 そう言って紗希は口元だけで笑った。見下すような冷笑。それを見て正悟は、理解できないなと改めて思った。

 三千円をクレーン機に奉納したのちに、正悟は夕方からのバイトのためゲームセンターをあとにした。
 そして深夜。バイト終了後に再び立ち寄り、もう千円だけプレイしていくことにする。紗希の言葉が、どうしても頭から離れなかった。
 例のクレーン機の前までやってくる。そこで正悟は意外な人物と遭遇した。
「あら、奇遇ですね。バイトか何かの帰りですか?」
 そこにいたのは志穂だった。奥のほうにあるクレーン機でプレイしている最中だった。こちらも仕事帰りといった様子である。
 お世辞にも可愛いとはいえない八頭身ネコのぬいぐるみを取り逃して悔しそうにしたあと、志穂は近くの椅子へと腰を下ろした。
「ごめんなさいね。紗希がいろいろと迷惑をかけてるみたいで」
「いえ、そんな。とてもいい子……いい子……いい子?」
 「いい子ですよ」の一言を正悟がなかなか紡げずにいると、志穂はくすくすと笑った。
「別に無理しなくてもいいですよ。大変でしょう? あの子、『あまのじゃく』ですから」
「はは……。あまのじゃく、ですか」
 天邪鬼。素直ジャナイ。悪く言えば意地っ張り。そんな言葉が彼女を形容するにはあまりにも適切すぎて、正悟は思わず苦笑してしまう。
 正悟は少し悩んだのちに、今日あった出来事を話してみることにした。志穂はそれを聞いて、再び笑いながら言った。
「簡単なことです。要するに今の紗希は、私のことが嫌いなんだと思います」
 瞬間。くすくす笑いが、どこか空虚なものへと変わったことを正悟は聞き逃さなかった。
「うちの両親って昔から仕事熱心で、家に戻ることなんてほとんど無かったんです。だから私があの子の
親代わり、だったのかな……うん。だったんです」
「……ええと、その」
「当然のようにあの子は両親を嫌っていて。いつも私のそばから離れなくて。このままずっとそばにいてって。
だから私が就職を機に家を離れようとしたとき、あの子、すごく怒ったんです」
「……ってください」
「そして家にはあの子一人が残されました。両親は毎日食事代にと五千円をテーブルに置いていくそうです。
けれどあの子は意地でもそれを食事代に使おうとはしません。私のところに来ればいくらでも
食べさせてあげれるのに、彼女はそれを望まない。そして結局――」 「待ってください!」
 正悟の叫び声が、志保の言葉を断ち切った。その言葉の続きは、正悟にも大方見当がついていた。
 彼女は――紗希は『契約』したのだ。両親に『食べさせてもらう』のも、実の姉に『恵んでもらう』のも拒絶して。

133 名前:時間外No.1 きずなキャッチャー 5/5 ◇NA574TSAGA 投稿日:07/12/24 00:58:37 ID:jcC3BfA4
 得意のUFOキャッチャーで取ったぬいぐるみと、志穂の作った弁当を物々交換する『契約』を、紗希は結んだのである。
「天邪鬼、ってレベルじゃねえぞ……」
 正悟は小さな声でつぶやいた。そして志穂に向かって言った。「志穂さん。たぶん彼女は、あなたのことを嫌ってなんかいませんよ」
 それは一見、何の根拠も無い慰めの言葉のように志穂には響いた。しかし正悟は確信を持って言うことができた。
「志穂さんって、ぬいぐるみとかが好きなんですよね?」
「えっ? ええ。自分でもたまにこうして取りに来るんですけど、やっぱりあの子のように上手くは……。だからたいてい店で買って済ませる――」
「彼女、言ってました。あなたのことを『人形マニア』だって。――彼女は、あなたが人形好きなのを理解しつつ、このような取引をしているんですよ」
 それはある種、都合のいい解釈かもしれなかった。しかし正悟は何とかして、二人の間にある誤解を解きたかった。
 正悟は考える。紗希はぬいぐるみを「生きるため」に捕ると言っていた。そんなのは屁理屈だと。ぬいぐるみ一つ取る
ことに、そこまで深い意味などあるはずがないと。それが紗希の言動に感じた違和感の原因なのだと気付く。
 姉妹なんだから、プレゼントの一つや二つは普通のこと。――それで十分じゃないのか?
「……ありがとね」しばらく経ってから、志穂はつぶやいて立ち去った。その言葉が正悟に向けられたものなのか、
紗希に向けられたものなのかは、正悟には分からない。ただ、彼女の瞳はかすかに潤んでいた。
 「閉店三十分前」というアナウンスを聞いて、両替機に千円を入れる。勝負は十回。正悟はクレーン機に、最初の百円を投入した。

 翌日。UFOキャッチャーの前を基点として、店内に喜びの声が響き渡った。
「ふふん。『兄妹の絆が生んだ奇跡』ってところかな? 一度コツをつかめば楽勝だったわ」
「気色悪い言い回しはやめて。けど、本当にどうして……?」
 クレーン機の中に残った最後の一体。あのクマのぬいぐるみを、正悟は見事手にしていた。もちろん自力で、である。
 そして正悟は取ったばかりのぬいぐるみを、紗希に手渡した。当然紗希にとっては意味が分からず、訝しげな表情をする。
「……何のつもり?」 「実は昨日のうちに同じのを一体、もう手に入れてあるんだ。今日までの礼だと思って受け取ってくれ」
「……要らないといったら?」 「煮るなり焼くなり、好きにすればいいさ。けど――別に悪い気分じゃないだろ? こういうのも」
 そして正悟はバイトがあるからと言って立ち去った。それと入れ違うようにして志穂が、普段よりも大きな弁当を持ってやってきた。
 そのぬいぐるみ良いなあ、欲しいなあ――そう珍しくねだる志穂に、紗希は珍しくあわてた様子で言う。
「だ、駄目。別に要らないんだけど、これは私のもの。……私が貰った人形だから、その」
 自分でも何を言っているのか、紗希は分からなくなる。一方の志穂も、こんなにもうろたえる妹の姿を久しぶりに見た。
 そして紗希は、勢いに任せる形で見えない『壁』を一つ、越えてしまった。
「そのかわり! ……その代わり、今日は “お姉ちゃん” の好きな人形を取ってあげるから」

 その日の夕方。街を行く人々の多くは、ぬいぐるみを山ほど抱えて、仲睦まじそうに歩く二人の姉妹と遭遇した。 〈了〉



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