【 小さな胸には牛乳を。兄にはなにを? 】
◆VXDElOORQI




120 名前:No.31 小さな胸には牛乳を。兄にはなにを? 1/4 ◇VXDElOORQI 投稿日:07/12/24 00:05:59 ID:jcC3BfA4
「あ、お兄ちゃんおかえりー」
「ただいま」
 お兄ちゃんはそう言うとすぐに自分の部屋に行ってしまった。
 最近、お兄ちゃんの様子がおかしい。
 クリスマスが近づいてきて、彼女のいないお兄ちゃんは、寂しさと空しさに頭をやられてしまった
のだろうか。いつもならもっと無駄に私にかまってくるのに。帰ってくるなり『ただいまー! 愛し
の妹よー!』とか言って私に抱きついてきたり、『ああ、お前も大きくなったな。一部を除いて』と
か抱きついたまま言って、私に殴られたりするのに。
 お兄ちゃんもやっと妹離れをしたんだろうか。もう友達に『お兄さんと仲いいんだね』って生暖か
い視線と共に言われることもなくなるのかな。
 なんかちょっと寂しい気もするけど、今の私にはやることがあるから、お兄ちゃんに邪魔されない
のはちょうどいい。

「ふあ」
 私はあくびを一つしてパンをかじる。
 結局、昨日も寝るのが遅くなってしまった。授業中に寝て、怒られないようにしないと。
 ゆっくりとパンを食べていると、お兄ちゃんが入ってきた。
「お兄ちゃん、お……はよう」
 お兄ちゃんの目の下には大きな隈が出来ていた。お兄ちゃんも寝不足みたい。私は少しは寝たから
いいけど、この様子だとお兄ちゃんはどう考えても徹夜している。
 お兄ちゃんは、私の朝の挨拶が聞こえなかったのか、ふらふらとおぼつかない足取りで、食パンを
袋から取り出すと、それをそのまま口に咥えて、出て行ってしまった。
 すぐに玄関のほうから、バタンと扉が閉じる音が聞こえてきた。
 お兄ちゃんはもう学校に行ったらしい。きっとパンを咥えたまま。転校生とぶつかってお知り合い
にでもなるつもりなのかな。あ、でもこの時間だと遅刻じゃないからなあ。
 そんなことを考えながら、私は一日のノルマである三杯目の牛乳を飲み干した。

 私が学校から帰ってきて、玄関で靴を脱いでいると、ちょうどお兄ちゃんが帰ってきた。
 おぼつかない足取りっぷりは朝以上にひどくなり、今にも倒れそう。私は授業中に寝たから大丈夫
だけど。

121 名前:No.31 小さな胸には牛乳を。兄にはなにを? 2/4 ◇VXDElOORQI 投稿日:07/12/24 00:06:17 ID:jcC3BfA4
「大丈夫?」
「大丈夫じゃ、ない、かも」
 お兄ちゃんはかすれた声でそう言うと、倒れこむように私に抱きついてきた。
「きゃっ!」
 ちょっと前まではしょっちゅう抱きつかれていたとはいえ、久しぶりにやられるとやっぱり驚く。
 それに、なんか、恥ずかしい。
「お、お兄ちゃん?」
 お兄ちゃんは黙って私をギューと抱きしめている。
 えっと、どうしたらいいんだろ。前まではどうやってたかな。えっとえっと。
「よ、よしよし」
 私はなぜかお兄ちゃんの頭をよしよしと撫でていた。
 そういえばお兄ちゃんも、私が元気がないときとか、落ち込んでるときとか、よく頭を撫でてくれ
る。撫でてもらうと不思議と元気が出てきたなあ。
 しばらく撫でていると、お兄ちゃんは満足したのか、私を解放し、立ち上がった。
 あ、もうおしまいか。もうちょっと……。
 私は自分で自分が考えていることに驚き、その考えをふるい落とすようにふるふると頭を振る。
「お兄ちゃん、元気出た?」
 私の言葉に、お兄ちゃんは大きな隈の出来た顔でニカッと笑う。久しぶりに見るお兄ちゃんの笑顔。
「ああ、すげー元気出た」
 そう言って、お兄ちゃんは私の頭を撫でた。


「出来た!」
 クリスマスイブの夜。ぎりぎりになってお兄ちゃんへのプレゼント。手編みのマフラーが完成した。
 毎日夜遅くまで頑張ってよかった。なんとか間に合った。
 少し、ほんの少しだけ編み目が揃ってなかったりするけど、こういうのは気持ちがこもっているの
が一番だから、きっとお兄ちゃん喜んでくれるよね。
 私は出来立てほやほやのマフラーを丁寧に畳み、日ごろの感謝の言葉を綴った手紙と一緒に、可愛
いハートマークの袋に入れる。
 えっと、確か引き出しにリボンがあったから、それを結んでっと。

122 名前:No.31 小さな胸には牛乳を。兄にはなにを? 3/4 ◇VXDElOORQI 投稿日:07/12/24 00:06:44 ID:jcC3BfA4
 これでよし。なんかリボンの結び方がちょっとおかしい気がするけど、斜めになってる気もするけ
ど、こういうのは気持ちが一番だから大丈夫。……多分。

 お兄ちゃんが寝静まるのを待って、そっとお兄ちゃんの部屋に入る。
 今日の今日まで目の下に隈を作り続けていたから、寝ないかも知れないと心配してたけど、今日は
ちゃんと眠っているみたい。
 私も今日は久しぶりにぐっすり寝れそう。でも、その前に。
 お兄ちゃんを起こさないように、ゆっくりと枕元にハートマークの袋を置く。中身は当然、私が作
った手編みのマフラー。
 これでよしっと。
 なんとか起こさずに枕元に置くことに成功した。これで今日は私もぐっすり眠れる。


「おおおおぉぉぉぉぉぉ!」
「ふえ! なに? 地震? 雷? 火事? 親父?」
 次の日の朝。つまりクリスマスの朝。突然、家に響いた大きな音で飛び起きる。
 バンとお兄ちゃんが力一杯扉を開けて、私の部屋に入ってきた。そしてそのまま私に抱きつく。。
「メリィィィィクリスマァァァァス! マフラー! ありがとう! これ手編みだよな! マジ嬉し
い! ありがとー! 一生大事にするから! 家宝にするから!」
「う、うん」
 あまりの喜びっぷりに思わず圧倒されてしまう。き、気持ち入れすぎたかな。
「あ、これ! 俺からのクリスマスプレゼント!」
 お兄ちゃんは私から離れると、今度は強引に袋を手渡してきた。
 その袋は私がお兄ちゃんにあげたマフラーが入った袋よりも、二回りほど大きな袋。
「えっと見ていい?」
「もちろん!」
 なにが入ってるんだろう。
 ドキドキしながら袋を開けると、中にはセーターとマフラーと手袋が入っていた。
 一つ一つとても可愛らしく、凝ったデザインだ。
「あ、かわいー。ありがとうお兄ちゃん」

123 名前:No.31 小さな胸には牛乳を。兄にはなにを? 4/4 ◇VXDElOORQI 投稿日:07/12/24 00:07:00 ID:jcC3BfA4
「うんうん。喜んでもらえて嬉しいよ。わざわざ編んだかいがあったってもんだ」
 え。編んだ?
「こ、これお兄ちゃんの手編み? 全部?」
「もちろん。いやーはじめてだから苦戦しちゃったよー。何日も徹夜してさ。お前にも心配かけちゃ
ったな。ごめんな」
 手編み。はじめて。私、何回か編んだことあるのに。それなのに、それなのに……。
「ん? どうかしたのか?」
「なんで私より上手なのよ! お兄ちゃんのバカー!」

おしまい



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