【 特別 】
◆M0e2269Ahs




112 名前:No.28 特別 1/5 ◇M0e2269Ahs 投稿日:07/12/23 23:17:53 ID:hy1aglLm
 真琴は、好きだ。
 僕は、前田とは喋らないし、大野とはカラオケに行かない。
 だけど学校で一番喋る相手は西山で、カラオケには浅井と行く。
 高橋さんや江藤さんと、大差はない。
 そういう意味で真琴は特別じゃない。
 二人だけで遊んだこともないから、二人だけの思い出もない。
 普通、そんな関係、恋人とは言えない。
 きっと、僕と真琴の間にある特別は、グループの中でしか存在できないものだったのだ。
 西山がふざけて、僕が突っ込むと、真琴が笑う。高橋さんが怒ると、僕が叩かれて、真琴が笑う。
 西山がふざけないと、僕は突っ込まない。高橋さんが怒らないと、僕は叩かれない。真琴は笑わない。
 真琴が笑わないのは、悲しい。でも、真琴が笑うと、もっと悲しい。
 それは、間違いなかった。グループの中の特別。僕が見つけた特別。
 だっておかしいじゃないか。
 真琴は笑っているのに、泣きそうな顔をする。垂れ目がちな瞳を潤ませる。
 だから僕は気になって。でも、真琴は壁を作って。
 リビングから、電話の鳴る音が聞こえてきた。つまり八時だ。ごめん、真琴。
 くぐもった母さんの声。ノック。
「博樹、電話ー」
 ドアを開けて、母さんから子機を受け取った。笑顔の交換。ドアを閉めた。
 子機のボタンが緑色に光っている。真琴と繋がっている証。きっと、悲しそうな顔をしている。
 結局、何にもできなかった。
 違う。しようとしなかった。踏み込むだけの勇気なんて持ってなかったのだ。
「もしもし」
「もう。また出てくれなかった」
 開口一番の決まり文句。金曜八時の電話。
「ごめん。次は」
 次は。
「次は……ないんだよね」
 笑っている。きっと、泣きそうな顔をして。
「ごめん」

113 名前:No.28 特別 2/5 ◇M0e2269Ahs 投稿日:07/12/23 23:18:09 ID:hy1aglLm
「嫌いに、なった?」
 駄目だ。拍車をかけて、悲しい。だから少し声を荒げる。
「なってない」
 沈黙。違う。探っている。選んでいる。
「嫌われてないなら、いいよ」
 ほら。もう切り替えた。
「最低だ、って。罵っていいのに」
「さいてー」
 遠い。それは初めから。
「拠り所にして」
「え?」
「忘れた?」
 まさか。忘れもしない。
「変な告白、だったよね」
「自分で言ったくせに」
 二人には、とっくに過去だ。でも、僕と真琴は何も変わっていない。
「それで、どんなお別れの言葉が頂けるのでしょう」
 そういうことか。
「じゃあ、次、予約していい?」
 静寂後、笑い声。真琴らしくない笑い声。
「何それ。ほんと、博樹くんってどうしてそうなの?」
 こっちが聞きたい。わかってたら、こうならなかった。
「あ、そうだ」
「ん? 何?」
「誕生日、だね。もうすぐ」
 心臓が跳ねた。
「うん」
「だから、別れるんでしょ? ずるいなぁ」
「ごめん」
 でも、ずるいのはお互い様だ。

114 名前:No.28 特別 3/5 ◇M0e2269Ahs 投稿日:07/12/23 23:18:58 ID:hy1aglLm
「もう、切るね」
 かすかに、ため息が漏れたような気がした。
「うん。じゃあね」
 あっさりと切れた。子機を椅子に置いて、ベッドに倒れこんだ。スプリングがきしむ。
 こんな気持ちのまま、祝ってもらう気にはなれなかった。このまま終わったら怒られる。未来の僕に。
 でも、どうすればいいのかわからない。どうすれば、真琴は本音を言ってくれるのだろう。さらけ出してくれるのだろう。


 朝からおかしかった。
 いつもの待ち合わせ場所に西山の影がなく、合流してくるはずの江藤さんや高橋さんも現れなかった。無論、真琴も。
 確かに風邪は流行っているけど、全員欠席とは考えにくい。となると、やはり。
 教室に入ってみると、すでにいつもの面子が勢ぞろいしていた。おまけに僕が入ってくるなり、
示し合わせたかのように――実際、そうなのだろうけど――よそよそしくなった。
「どういうことだろう?」
 真琴に話しかけた。西山の体がぴくりと動いた。話し込んでいた江藤さんと高橋さんが黙った。
「アイドントノウ」
 目に見えて、西山の緊張が解けた。西山は気づいていない。江藤さんと高橋さんも、口には出せないだろう。
 白を切る気はない。そして、これなら拒否できない。それが答えだ。本当に真琴はずるい。
「そう」
 今の僕には、浅井しかいなくなった。だけど、彼の恋人はウォークマンだ。
 昼休みも放課後も、浅井と過ごした。これじゃあまるで、予行演習みたいだと思った。
 露骨な疎外に、きっと意味なんてない。あるとすれば、ほんの少しの真琴の嫌がらせ。
 だから僕は拒否できない。それはそれでいい。どうであれ、真琴の発案なのには違いないから。
 ただ、何も学校でやらなくてもいいのに、とは思う。やはり、嫌がらせだ。
 二日続いた。
 嫌がらせにもカラオケにも、飽きた頃合い。
 放課後、言付けを受けた。媒体は、ガラガラ声の浅井だった。
「なんだかわからんけど、西山が体育館裏に来いって」
 体育館裏。定番のようで、定番ではない。
「あと、すっげー怒ってたわ」

115 名前:No.28 特別 4/5 ◇M0e2269Ahs 投稿日:07/12/23 23:19:15 ID:hy1aglLm
 わざと遅れて行った。
 先生に見つかって、おじゃんになっていたら、おもしろいなと思った。
 思ったとおり西山は、体育館裏から出て、不安そうに辺りを見回していた。目が合った。固まった。もう遅い。
「ごめん。先生に掃除付き合わされて」
「おぉ、そっか大変だったな……じゃなくて、てめぇ博樹! こっち来いや」
 もう、いいんじゃないか。西山に腕を引っ張られて、体育館裏に連れて行かれた。
 そこは、閑散としていた。が、柱の影から何か見えている。ピンク色の、似つかわしくない何か。なんだろう。
「てめぇ最近調子乗ってるからよ。叩きのめしてやろうと思ってな。ちょっと、目ぇ閉じて、歯ぁ食い縛れや!」
 凄む西山は、迫真だった。言われたとおりに目を閉じて、歯を食い縛った。
「俺の拳は、えげつないからよ。覚悟しろよな。いくぞ!」
 いくら待っても拳が来ない、はずだった。火花が散った。足の力が抜けた。重力に逆らえない。確かにえげつない。背中を打った。
「ちょっとあんた何やってんのよ!」
 この声は、高橋さんだ。涙が溢れてきた。
「いや、寸止めのつもりが止まらなくて!」
「目を閉じさせてるんだから、寸止めも何もないでしょこのバカ! ちょっと博樹、大丈夫?」
 霞む視界に、高橋さんと思わしき人影が映った。顔全体がじんじんしている。
「なになになになに、どうしたのー?」
 江藤さん、か? 声が少しこもっているようだ。
「博樹! このとおりだ。殴るつもりなんてなかった。本当に悪かった」
 西山が土下座をしているようだ。徐々に視界が治ってきた。腕に力を入れて、上半身を起こした。
「ね、ねぇ! 出られないんだけど!」
 柱の影から、ピンク色の何かが出てきた。わかった。箱だ。そして、おそらく。箱が傾いた。
ベリッと蓋が開いて、中からリボンにぐるぐる巻きにされた江藤さんが飛び出した。バランスを失っている。あえなく顔面強打。
 見なかったことにした。 

「というわけで、すまんかった」
 代表して、西山が謝った。当然、発端は西山にある。何より、江藤さんの一世一代のギャグを台無しにしたのは大きい。
 彼の処遇は、二人に任せるにしても。
「真琴は?」
 発案者であるはずの、真琴の姿が見えなかった。三人はにやりと笑い、後ろを指差した。この揃いよう。練習したな。

116 名前:No.28 特別 5/5 ◇M0e2269Ahs 投稿日:07/12/23 23:19:45 ID:hy1aglLm
 体育館裏を抜けたところの校庭で、真琴が待っていた。御座に座っている時点で目を引く。最たるは頭の大きなリボン。隣に座った。
「顔、真っ赤だよ」
「そう? ハプニングで」
「サプライズで?」
「ハプニングで。いいやアクシデント?」
「わかんないよ」
「うん」
 静寂。嫌いじゃない。少し寒い。真琴が立ち上がった。
「予約の品です」
「早いね」
 座った。
「除け者にされなくても、わかってるのに」
「あれは、西山くん。演出だって」
 どおりで。だけど、身に沁みた。
「何のための?」
「この場のための」
「御座も演出?」
「それは違う」
 真琴が顔を伏せた。すぐに上げた。
「少し早いけど、誕生日おめでとう」
「うん。ありがとう」
 また立ち上がった。
「プレゼントは、わ――」
「聞きたいことがあるんだけど」
 腕を掴んで座らせる。
「じゃあ、私も」
「先、いいよ」
「博樹くんって、どうして悲しそうな顔をして笑うの?」
 天啓に思えた。なんだ。納得がいった。それなら僕と真琴は初めから。
「それは、真琴が悲しそうな顔をして笑うからだよ」                                 おわり



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