【 俺の頭蓋骨、サンルーフ 】
◆kP2iJ1lvqM




93 名前:No.22 俺の頭蓋骨、サンルーフ 1/1 ◇kP2iJ1lvqM 投稿日:07/12/23 21:12:27 ID:c+C5rfnh
 何をやっても上手くいかないので、俺は人生にハンドルを取り付けた。
 オートバックスで専用の器具を買い、やっとこさで背中に穴を開ける。ハンドルの
軸の先端を差し込むとかちっと音がして、それからは押しても引いても外れなくなった。
鏡を見て似合うかどうか確かめると、背中からハンドルが羽みたいに生えていた。
日本製だ。イタリア製のも売っていたが、俺のエンジンはじゃじゃ馬な高性能でなく
安定性が売りなのでこれでちょうどいい。
ぴかぴかの新入生になった様で気分が良かった。これからは、今まで俺を馬鹿にして
いた会社の連中を見返してやるのだ。
 だがひとつ問題に気づいた。自分ではハンドルに手が届かない。運転手が必要だ。
俺は近所に住む幼馴染と結婚した。頭が良い癖に昔からお人よしが抜けない、
別に美人とも言えない女だった。
彼女の運転技術は確かなもので、見事に人生をコントロールしてくれた。曲がり角に
さしかかると微妙な加減でハンドルを動かして切り抜け、すぐに俺を立ち直らせる。
岐路では間違いのない方を選んでくれるので、道に迷う事がなくなった。
彼女はメンテナンスも忘れない。それまで外食ばかりだった食事が暖かな家庭料理に
変わり、俺のエンジンはすこぶる好調。ばりばり働き、瞬く間に昇進する事ができた。
いつしか煙草の消費と酒を飲む機会は減り、貯金通帳を見てにやにやするのが趣味に
なっていた。
しかし人生は好事魔多し、調子に乗ればポカをやらかす。スケジュールを過密にしす
ぎて俺の頭は熱暴走を起こし、取引先との約束を二つ同時に入れてしまった。当然、
商談は衝突事故を起こす。どちらも大きな取引相手で、俺でなければ勝手が分からない。
断りをいれた方の相手は激怒し、もう二度と取引はしないと言ってきた。
それから上司にこってり絞られ、今度やったら免停も覚悟しろという意味の宣告を
された。
俺は悟った。人生で重要なのはブレーキなのだと。
 会社の帰り道で俺は花束を買った。そして夜、妻と食卓を挟んだ時にこう言った。
「なあ、そろそろ子供が欲しくないか?」
 赤いバラの向こうで妻が微笑む。するとなぜか幸せな気分になれた。
 どういう仕組みでそんな気持ちになるのか俺は知らない。だから一度、妻に頭の中を
調べて貰おうと思う。(了)



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