【 アソビセクス 】
◆PaLVwfLMJI




83 名前:No.19 アソビセクス 1/5 ◇PaLVwfLMJI 投稿日:07/12/23 18:56:03 ID:GVoliDZ5
 期末テストの最終日を無事に終え、私たちはファミレスで打ち上げをしていた。恭子と梓といういつも通りのメンバー。ドリンクバ
ーだけで何時間も喋っている、店員からすれば迷惑極まりない客だ。けれど、平日の日中というガラガラの時間帯なので、コスプレじ
みた制服の店員が文句を言ってくることもない。
 向かいの席に着いた恭子がグラスを置いた。コーラのメロンソーダ割りという怪しげな飲み物が揺れて泡立った。テーブルに両手を
つき身を乗り出した彼女が、私と梓をじっと見つめる。
「ねぇ、賭けしない?」内緒話をするみたいに声をひそめ、さらに私たちに顔を寄せる恭子。
 隣の梓を見ると、ブリーチで傷んだ髪を指に巻き付け満面の笑顔を浮かべていた。既に乗り気らしい。さすが、なにか面白いことな
いかなーが口癖だけのことはある。せめて、賭けの内容くらい聞いてから食い付けよ。
「賭けって?」あまりに接近し、唇を重ねそうな恭子を押しのけ私は訊いた。
「ウチらの中で、カレシいんのってアタシだけじゃん? もうクリスマスだってのにさ」
「はいはい、ダンナ自慢ご苦労さん」梓がイヌかネコでも追い払うみたいに手を振る。
「いや、だから賭けをしようって言ってんの」ソファーに座り直した恭子が続ける。「適当にクラスから男子を一人選んでさ、ウチら
の中で誰が最初にヤレるか勝負しない?」
「どうせヤるなら童貞だね」
 梓が口角を上げにやりと笑った。底意地の悪そうな笑い方だ。彼女はそんなこと思ってもいないのだろう。彼女は何かとイヤらしい
笑みを浮かべ、それはほとんどクセといってもよかった。悪いクセだ。
 放っておくと話が脱線しかねない。賭けとやらには全くもって気が乗らなかったけど、話を進めるため私は「その男子はどうやって
選ぶの」と適当に質問した。
 そうだねぇ、と恭子はグラスに口を付け思案した。顔をしかめているのは考え込んでいるせいだろう。間違ってもコーラのメロンソ
ーダ割りがマズイからではない。たぶん。
「オタは勘弁だね、マジで」梓が後頭部をなでる。
「まぁね。あと彼女持ちは色々メンドいから外すとしてー、そうなると地味男グループかぁ」
「吉井なんてよくない? なんか暗いけど顔は悪くないよ」
 梓の言葉に、私は思わずのストローから口を離した。口内に溜まったカルピスを飲み込む。ゴクリ。はっきりと音が鳴った。カルピ
スが精子みたく喉の奥に絡みつき気持ち悪い。
 吉井悟。彼は私の幼馴染だった。家が近所で小学校の頃は、お互いを名前で呼び合いしょっちゅう家を行き来していた。けれど、中
学に上がると彼は私のことを「成江」と苗字で呼ぶようになり、だんだん疎遠になっていった。今ではたまにCDを借りに行くくらい。
「吉井って童貞なの、ルミ」梓が私に訊ねた。
「私の知るかぎりじゃ、付き合ったこともないみたいだよ」
「んじゃ、吉井悟の童貞を誰が最初に奪えるかでいいね」

84 名前:No.19 アソビセクス 2/5 ◇PaLVwfLMJI 投稿日:07/12/23 18:56:29 ID:GVoliDZ5
 恭子はそう言ったけど、全然良くない。
 何しろ悟は、小学校のころからずっと私のことが好きなのだ。はっきりと告白された訳じゃないけど、長年付き合っていればそのく
らい分かる。好意をはねのけるつもりはない。けれど、私は悟を幼馴染としか見ていない。悟とセックスなど想像したこともなかった。
「さーて、いくらにする?」
 悩む私をよそに、恭子は携帯を取り出した。賭け金をメモするためらしい。
 恭子が「アタシは三千円ね」と金額を告げると、梓が「しょぼいね。それじゃあワタシは五千円」と返した。親指で携帯のボタンを
叩きながら恭子が「ルミは?」と問う。
 ふと、思う。二人のどちらかとセックスするくらいであれば、私とするほうが悟にとっては良いんじゃないか、と。好きな人とのセ
ックス。私を抱けるのだ。これ以上最高のプレゼントなんてないだろう。そう、私はクリスマスプレゼントだ!
「七千円!」心を決め私はその値段を口にした。
「オッケー。期限は年内で、最初にヤレた奴が賭け金総取りということでヨロ」
「ヤレたら証拠の写メ忘れるなよ」梓がイヤらしく笑った。
 こうして悟の童貞争奪戦が開かれることになった。けれど、私は行動を起こせずにいた。セックス自体には何の抵抗はない。ただ、
悟は本当に喜ぶのかというわずかな迷いが、私を縛り付けていた。そうして私が踏ん切りを付けられずにいる間にも、二人は悟にアプ
ローチを仕掛けていた。いきなり逆レイプでもかますんじゃないかと危惧していたけれど、一応それなりのプロセスを踏んでいるらし
かった。一週間が過ぎても悟からは芳しい反応がなく、恭子は飽きて彼氏の元へと戻っていった。悟のつれない反応に、梓は「ぜって
ー包茎チンコ拝んでやる」と意味不明の闘志を燃やしていた。

「吉井、これから暇?」
 そう西川梓から声をかけられたのは終業式の日だった。帰宅部の僕は、ホームルームの終了と同時に席を立ちそのまま教室から退出
しようとしたが、梓に呼び止められたのだ。せっかくコタツと蜜柑という冬の風物詩に思いを馳せていたというのに。
「よかったらワタシとカラオケ行かない」
 このところ、梓と話す機会が増えていた。懇意にする由など微塵もないはずだが、休み時間や放課後に暇を持て余していると梓はや
たらと干渉してくる。僕とて男の末席を汚す一人だ。女子に声を掛けられれば嬉しいに決まっている。それに、目の瞠る美人ではない
が人好きのする梓の容貌は、僕の嗜好に合致している。クリスマスが差し迫る時期ともなれば、期待に胸を膨らませない方がおかしい。
 密室に二人きりというシチュエーションが煩悩を焚き付け、僕は「暇だし行こう」と快諾していた。
 僕たちは微妙な距離を保ちカラオケボックスへと向かった。寒空の下、冬期休暇及び正月の予定を語り合った。
 受付を済ませ個室に入ると、梓は早速リモコンを手に空で曲番を入力し転送した。マイクを持った梓が「吉井も適当に入れちゃいな」
と言った。そのタイミングを見計らったかのように軽快なイントロが流れ始める。

85 名前:No.19 アソビセクス 3/5 ◇PaLVwfLMJI 投稿日:07/12/23 18:57:00 ID:GVoliDZ5
 甘い愛には罠があるのよ、と歌う甘い声を聞きながら歌本を捲って曲を探す。気を衒うという訳ではないが、僕は自身の持つイメー
ジから逸脱した選曲をし、梓の反応を覗おうべくストロークスを入れた。しかし、僕の目論見は無残にも砕け散った。梓は無反応だっ
たのだ。カタカナ英語で「ラスナイー、シーセィ」と歌っている最中も終始リアクションはなく、彼女は携帯を触っていた。
 それから、時間終了のコールがあるまで交替で歌い続けた。殆ど会話さえなく、本当にカラオケに同行しただけだった。喉に幾許か
の疲労が蓄積し、貴重な紙幣が泡と消えただけ。
「はー、すっきりしたー」梓は、駐車場で伸びをし「お腹すいたからメシ行こう」と隣のファミレスを指差した。
 振り回されてるだけじゃないか、と己の能動性のなさを省みた僕は異論を唱えたかった。だが、生憎と熱唱したせいで疲弊しきり空
腹だった。三大欲求の一つに抗えるはずもなく、僕は梓の背中を追った。
 六分といった客入りのファミレスで、食後のコーヒーを啜っていると梓が冷笑的な笑みを浮かべ言った。ねぇ吉田、金欲しくない、と。
 金銭はあって困るものではない。僕はコーヒーから視線を上げ勢い頷いた。
「あのさ、ワタシら賭けしてんだよね」
「賭け?」そう問う僕に、梓が目を見据え返した。「そう賭け」
「その賭けに勝てば金が入るわけ。簡単だろ」
「まぁ、理屈は分かったけどさ。なんで僕に?」
「吉井の童貞を、誰が奪えるのかってのを賭けてるから」お判りと人差し指をタクトよろしく振る。
 一瞬その台詞が意味するところが飲み込めなかった。数回梓の言葉を反芻してどうにか内容を理解したが、混乱を完全に鎮圧するこ
とは叶わなかった。
「金は山分けってことで。最初は吉井をその気にさせようかと思ってたんだけど、もう面倒になったんだよね。ほら、セックス出来て
儲かるんだから吉井にとっても悪い話じゃないでしょ。ってか、カンペキいい話だよコレ」
 奸計をめぐらすことなく手の内を全て披歴した梓は、口角を持ち上げ下卑た笑みを浮かべた。
 その表情を見た途端、僕の心は激昂にも近いどす黒い怒りで塗り潰された。
 怒鳴り散らしたくなるのを堪え、財布を取り出し自分の食事代をテーブルに乗せた。
「今時高校生で童貞なんてアレだよ」梓が、醜く。笑う。哂う。嗤う。
 僕は、立ち上がり梓の頬を叩いていた。ラウンジミューッジクを掻き消し乾いた音が響き渡った。首と共に揺れた梓の髪から、麝香
のように整髪料が香った。妙に鼻につく。
 周囲の客から好奇心と非難が綯い交ぜになった目を向けられる。頬に手を当て呆然とした梓を睨みつけ「ふざけんな! 人をなんだ
と思ってんだよ」と吐き捨てた。
 荷物を手に取りファミレスを発った僕は、痺れの残る右手をポケットに突っ込みクリスマスカラーに彩られた街を歩いて帰宅した。
家に着くころには冷静になっていた。
 自室のベッドに倒れこみ自問した。何故憤慨したのかと。童貞だと指摘されたからか。賭けの対象にされたからか。あるいは、あの

86 名前:No.19 アソビセクス 4/5 ◇PaLVwfLMJI 投稿日:07/12/23 18:57:20 ID:GVoliDZ5
心を抉るような厭らしい笑みのせいか。
 空中にたゆたう思考の糸を手繰ろうと、天井に翳した手を握ってみたが、靄じみた何かが逃げて行った。考えが纏まらない。

 悟とヤルと決めたのに、何も出来ずにクリスマスイブを迎えた。幸いなのか何なのか、梓と恭子もまだらしい。たぶん私は悟とセッ
クスしたいとかじゃなく、あの二人に悟が抱かれるのがイヤなのだ。それを阻止するためにセックスするしかない。
 イブほどセックスをするのに相応しい日もない。性の六時間なんていうくらいだ。ムードも手伝って絶対にヤレるから大丈夫だ。そ
う自分に言い聞かせ、私は昼食後悟の家を訪れた。
 インターホンを押すと、しばらくしてオバさんがドアを開いた。
「あら、ルミちゃん久しぶりね。悟なら部屋にいるから」
 ほらほら、と屋内に引き込まれ無理やり上げられる始末。あの甲斐性無しがクリスマスに予定を入れているわけもないと思っていた
けど、本当に部屋に篭っているらしい。
 框でオバさんに「お邪魔します」と頭を下げ、階段を上り二階へと。
 悟の部屋前。ドア越しにシューゲイザーが聞こえた。たしか、日本人女性がボーカルをしているアメリカのバンドだ。いつか悟が自
慢げに話していた。
 ノックをして「悟、入るよー」と声を掛ける。おう、と気のない声が返ってきた。
 ドアを開く。エアコンから吐き出された暖気と共にカラフルな音色が飛び出した。
 悟の部屋は相変わらずCDで溢れかえっていた。棚を埋め尽くす音源。楽器やDTMをやっていないのが不思議なくらいに音楽で満
たされている。
 中学時代に処女を捧げたバスケ部の先輩がバカみたいに繰り返し言っていた。
 ――女ってのはなまともに音楽なんか聴けねーんだよ。女が音楽を聴き始めたり、趣味が変わったりしたら、そこには男の影がある
とみて間違いない。絶対に。
 彼と別れた原因の一つは、その言い草にあった。けれど、あながち間違いじゃないかもとも考えている。私の趣味は、悟の影響を強
く受けているから。
 また増えたねと呟きながら棚を物色していると曲が止んだ。
「お、終わったか。好きなの選んでかけていいよ」ベッドで胡坐をかいていた悟が音楽雑誌から顔を上げて告げた。
 コンポのCDを入れ替える。私が選んだのはkeaneの『Hopes and Fears』だった。
「また、そんな中途半端に古いもんを」ピアノのイントロが始まり、悟が苦笑した。
「このアルバム冬っぽいじゃん」
 幻想的に広がるボーカルを真似て、鼻から声を半分逃がすように口ずさみ私は悟の隣に腰を下ろした。

87 名前:No.19 アソビセクス 5/5 ◇PaLVwfLMJI 投稿日:07/12/23 18:57:43 ID:GVoliDZ5
「ねぇ」タイミングを見計らったはずなのに、私の声はキスをねだるみたいに甘ったるかった。いつも男にこんな声を向けているのか
と軽い自己嫌悪に陥った。
 次いで出た「セックスしたい?」という言葉が、さらに私をへこませる。
「そりゃしたいよ」雑誌を置いて、もぞもぞと座りなおす悟。
 これは、もしかしたらイケるのだろうか。私は調子に乗って「じゃあさ」と着ていたレザージャケットを脱ぎ、ベビードールワンピ
に手をかけた。
 隣から延びてきた悟の手が、私の手首を掴む。「やめろ」キツイ口調で悟が言った。しかも睨まれた。
「西川といい、ル……成江といい何で僕の気持を無視するんだよ!」
「……でも、セックスしたいって」喜ばれると思っていたのに……。
「僕だって男だからさ……その、出来るならやりたいさ。でもな――」悟が目を伏せ言いよどんだ。
 ――everybody’s changing and I don’t feel the same.
 包み込むような優しい声が歌っている。変わったのは誰? 変わったのは、そう私だ。
「でもな、セックスなんてどうでもいいんだよ。僕は……僕は好きだって言って欲しいんだ。抱きしめて欲しいんだ。手を繋ぎたいん
だ。じゃれ合いたいんだ。……セックスなんかよりずっと、ずっと」何故か泣きそうな声で。
「好きだよ」悟の純粋さを踏みにじる言葉だって分かっているのに。バカだ私は。
「そうじゃないんだ! 分かるだろ、そんな言葉吐かないでくれ。お願いだから」
「でも、そんなんじゃずっと童貞だよ」だからなんだって言うんだ。悟にはそんなこと関係ないんだって知っている。なのに私は。
「いいんだよ、僕はそれで。性交渉なんて重要じゃないんだ。強がりだと思うなら勝手に思ってくれてもいいよ」
「バカだよアンタ」私は声を立てて笑い出したくなった。涙を涸らし泣きたくなった。けど、笑い声も涙も出ない。
 ――everybody’s changing and I don’t feel the same.
「バカなことしてゴメン」やっと出た謝罪の言葉を残し、私はジャケットを引っかけ悟の部屋を後にした。
 階段を降りたところでオバさんに出くわしたけど、挨拶もせずにブーツを履いて玄関を飛び出す。
 何やってんだろう。バカだよ悟は。そして、私はもっとバカだ。何が私はクリスマスプレゼントだ。
 全てから目を逸らすみたいに、逃げるみたいに家に戻った私は携帯を取り出し電話をした。捕まらないから次、次、次。電話帳を駆
使してかけまくる。五人目でやっと電話に出た。私はそのまま約束を取り付けセフレの元ヘと向かった。


  <了>



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