【 「MISSION」 】
◆tOPTGOuTpU




78 名前:No.18 「MISSION」 1/5 ◇tOPTGOuTpU 投稿日:07/12/23 16:53:07 ID:GVoliDZ5
男に使令が下った。
面会謝絶となっている入院中の娘に、プレゼントを渡したいというその母の強引かつ熱烈な願いによるものである。

「娘の部屋の開いた窓にプレゼントを投げ入れろ」

豪快過ぎる命令に、男は辟易してしまった。
何が楽しくて、クリスマス・イヴにそのようなことをしなければならないのか。
しかし、直属の上司――それも、日本の誇る大企業の女社長直々の命令とあっては、断りようが無かった。
男は遠投の技術を持っていたために抜擢された。理由はただそれだけである。
窓の位置や投げる場所の角度を考えて、娘のベッドの真ん中に落ちるようシミュレートされた。
女社長――川上優子は入院中の娘に、十二月の半ば頃にこのような手紙を送っていた。
「ちゃんと寒くても換気はしなさいよ。それに、日付の変わる頃にちゃんと窓を開けておきなさい」
優子の真意を知ってか知らずか、この手紙が届いたその日から、
娘はきちんと夜の十二時に窓を開ける習慣を身に付けた。
娘のその行いを確認し、少しばかり、娘の生真面目さに感動を覚えつつ、女社長はとうとう実行に踏み切ったのである。

十二月二十四日、クリスマス・イヴの昼下がりの頃にて。
使令の下った男は奔放していた。この命令のために、特別な休暇を丸一日貰えたのだが、やることがなかった。
かといって、クリスマス・イヴの大半を自分の家で過ごすのも嫌であり、繁華街をブラブラしていたのである。
社長の娘に贈るプレゼントを脇に抱え、マクドナルドから出て来た男は溜息をついた。
「(……病院まで車で飛ばせば十分も掛からんし、どんだけ暇なんだよおれ……)」
男は往来の人々を見回した。やはり、クリスマス・イヴというだけあってカップルばかりが歩いていた。
「(くそぉ……おれだって、彼女欲しいぞ……)」
そう考えながら、男はまたもフラフラとあてもなく彷徨い続けた。

79 名前:No.18 「MISSION」 2/5 ◇tOPTGOuTpU 投稿日:07/12/23 16:53:28 ID:GVoliDZ5
「(大体なァ、これじゃ娘さんがカワイソーだろうがよ)」
男は心の中で上司を糾弾し始めた。
「(今までさんざ娘をほっぽっといて、病気になって入院しても使いの者に見舞い行かせて……ばかじゃねぇの?
  それでこんな計画? モノで釣ろうってか? このやろう、親なら愛情にパシリ使うんじゃねーよ)」
川上優子が多忙なのは男も当然承知していたが、それでも言いたいことはあった。
男から見れば、川上優子の行動はどっちつかずで、歯切れが悪くてイライラさせるものだった。
「(プレゼントも、電子辞書と日本文学の詰め合わせ……なんというか、ほんっとカワイソーだよ)」
男は脇に抱えた、包装紙に包まれたそれを見下ろした。
正方形の箱の輪郭が、どうしようもなく殺風景に映り、忍びない気持ちになってしまう。
「(おれからのプレゼントもあげてやりたいな)」
そう考えた男は、デパートの中に入り、密かに渡すプレゼントを選んだ。

男が選んだプレゼントはブランド物のクマのぬいぐるみだった。
この命令の前金として五万程貰ったため、多少の奮発なら可能であり、有名ブランドを選んだ。
「(これは社長に黙っとこう)」
店員に頼んで特大サイズの紙袋を貰った男は、その中にぬいぐるみと、元々のプレゼントを入れて
ホックを止めてからデパートを出た。

繁華街をまたも歩き出した。
荷物が嵩張ってきた割には、全く時間の有効的な使い方を考えていなかった。
もうクリスマスとか関係ない、漫画喫茶辺りで暇を潰そうか、など男はボンヤリ考えた。
そうしている内に、男の目の前に原色のライトを強く使用された、派手な看板が現れた。
風俗の看板だった。

80 名前:No.18 「MISSION」 3/5 ◇tOPTGOuTpU 投稿日:07/12/23 16:53:51 ID:GVoliDZ5
ふと、今日がクリスマスということを考えた。
ふと、今日だけで何度も何度も幸せそうなカップルを眺めた自分を思い出した。
心の寒さだけはどうしようもないことを、男はこの看板を見続けているうちに悟った。
「…………」
咄嗟に男は財布を弄った。
まだ前金は約半分ばかり残っていた。
次に看板をマジマジと目を凝らした。

・オーソドックスコース……二万ポッキリ。90分。

「………ッ」
男の決意は固かった。
顔を綻ばせながら、風俗「アフォックス」に入店を果たしたのだった。

・・ ・・・
「……えがった、えがった……」
男は気味の悪い一人言を呟きながら、風俗店を後にした。
行為が終わって会計を済ませたというのに、未だ"ユウカちゃん"のテクニックが尾を引いていた。
残金は残り僅かとなったが、まるで悔いはなかった。
しかし、ただ一つあるとすれば、それは社長の娘への、理由もない罪悪感だった。
実際に娘に対して何かをしたわけではないにせよ、蟠りが残ってしょうがなかった。
男は紙袋を見て確認した。ちゃんとホックは閉じていて、若干軽くなったような気はしたが異常はない。
風俗店のロッカーは乱雑していたため、危うく忘れそうなったのを思い出して、男は身震いした。

81 名前:No.18 「MISSION」 4/5 ◇tOPTGOuTpU 投稿日:07/12/23 16:54:15 ID:GVoliDZ5
「(いかん、いかん)」
もうあんなヒヤリとさせられないよう、気をつけなくては。
もう夕刻となり、太陽じかけのオレンジが空と地面を染め尽くしている。
男は自分を戒めた後、漫画喫茶で時間を潰そうと足をそちらに運んだ。

・・ ・・・

十一時半を過ぎた辺りになってから、男は「ワンピース」の読書を打ち切った。
金を払って外に出てから、タクシーに入り込んで「文才病院へ」と短くドライバーに伝えた。
タクシーが走り、景色が移動する。
ネオンライトは煌びやかで、男は童心に帰り心が躍った。
「(ほんとに綺麗だ、子どもの頃はよくお母さんと一緒にネオンライトを見て喜んでたっけ)」
それから独り身の、上司の娘のことを思い胸が痛んだ。
風俗に行った自分が渡し役とは、何とも悪い気がして、プレゼントを見たくない気持ちだった。
今更にして、自分までもがおかしい、社長を咎める立場でないと考えた。
男は顔を見合わせることのない娘に、「ごめん」と心の中で呟いた。

文才病院に着いた。
ドライバーに勘定を渡し、庭を渡って正面玄関の方へ向かった。
病院は暗かった。既に消灯時間を越えていた。玄関も緑色の蛍光ばかりで、些か恐怖を感じさせる。
男は正面玄関前に来ると、窓の方を見渡した。
娘の病室は三階であり、加えて位置も把握しているため、容易に発見することが出来た。
「(あれだな……)」
男は紙袋を持ち、その手を肩の方へ回した。
「(エアクッションがあるから、多少なら大丈夫らしいが……)」
男は待った。窓が開く、クリスマスの到来を。
手が悴んで、耳が痛むほど冷えたが、それでもジっと佇んで待った。
看護士達に見つからないよう、木の陰に潜みながら。

82 名前:No.18 「MISSION」 5/5 ◇tOPTGOuTpU 投稿日:07/12/23 16:54:49 ID:GVoliDZ5
「……来た!」
窓が開いた。そうして、いくらかテンポを置いてから、心頭滅却させて、一気に
プレゼントを――放り投げた。
「メリークリスマース!!」
男は叫んだ。誰かに聞かれてもいい、寧ろ誰か聞いてくれと願いながら。
プレゼントの紙袋は、綺麗な放物線を描いてスッと窓の中に入り込んだ。
それを確認してから、男はガッツポーズをした。充実感に満たされた。
久々にいいクリスマスだ……男はそう思った。

・・ ・・・

「わぁ!?」
女――川上愛は驚いた。今から寝ようとしたところで、布団の上に紙袋が落ちてきたのだ。
しかし、すぐに事態を把握した。愛は母からの手紙で、ぼんやりとこれを予想していたのだった。
「なんだろ……」
恐る恐る紙袋のホックを外した。すると、そこには小さなダンボールが入っていた。
それを開けてみると、白い粉が満杯に入ったビニール袋と、注射器が詰められていた。
「やった! 母さんも、ようやく分かってんじゃん」

男はあの風俗店にて、荷物の間違いをしてしまっていた。
あろうことか、麻薬の運び屋のものと入れ替えてしまったのだった。
しかし、娘――愛にとっては、この上なく喜ばしいサプライズとなっていたのだった。
「(……母さんったら、私がこの病院でクスリやってたのをやっと知ったんだね)」


「メリークリスマス」

愛はそう誰かに囁きかけると、底意地の悪い笑みを顔イッパイに浮かばせた。(終)



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