【 未来のあなたへ 】
◆p/4uMzQz/M




60 名前:No.13 未来のあなたへ 1/3 ◇p/4uMzQz/M 投稿日:07/12/23 12:59:01 ID:GVoliDZ5

 一番目は小学校に上がった時で、もう十二年も前の話だった。見返してみる度に、
彼女の優しさに触れるようで、何だか心地よかったのを覚えている。
 それからは、大体三年毎にそれはあって、そしてこれが、五回目の手紙になる。


『お久しぶり、ホノカちゃん』
 手紙は毎回この一文から始まる。手書きの便箋の一番上の左隅。丁寧な文字。
時間がたって滲みかけたインクが憎たらしいなと思う。
『もうホノカちゃんも大学生でしょうか』
 私を大学にまで上げることはその頃から話して決めていたと、ある時父さんから聞いた。
それまでに留年することもなく、自分の実力に合った大学を受けて、この春からは手紙の通り私は大学生になった。
『大きな怪我や病気などせず、健康でいてくれているでしょうか』
 毎回、同じようなことはその時の私の年齢に合わせた言葉で書いてあった。これは別に書くことが他にないからじゃなく
本当に私のことを心配していたのだと、それが分かったのは高校生になってからだった。
『高校生活は楽しく過ごせましたか? 良い思い出を、たくさん作れたでしょうか』
 これも父さんから聞いた話だが、彼女は高校時代に既に父さんと知り合い、交際していたらしい。
卒業してすぐに結婚に踏み切ったのだから、まだ随分若かったのだろう。私の祖父母にはかなり反対されたとも聞いた。
『お友達を大切にして、これからの生活も楽しんで、ホノカちゃんの人生を明るいものにしていってくださいね』
 私が通うのは、この家から電車で数十分の距離の大学だ。
 学力的に合っていたのもあるが、私は此処を離れられなかった。離れたくなかった。
『もう恋人は出来たりしているのでしょうか。私とお父さんくらい仲良く出来たらいいわね』
 はは、ノロケかチクショウ。あと今は彼氏は居ない。大きなお世話だ。

61 名前:No.13 未来のあなたへ 2/3 ◇p/4uMzQz/M 投稿日:07/12/23 12:59:23 ID:GVoliDZ5
『ところで、高校を卒業したホノカちゃんにプレゼントがあります』
 ……? このパターンは初めてだ。何だろう。
『私の鏡台は、お父さんに頼んでまだ置いておいて貰っているはずです』
 確かに、ある。私だって捨てる気はなかったが、母さんの部屋に置いたままだ。
『…………あるわよね? ちゃんと、捨てないで残ってるわよね?』
 なんで手紙でこんなに不安になっているんだ、この人は。
 手紙を持ったまま、彼女の部屋に向かう。定期的に掃除はしていたものの、如何せん埃っぽかった。
『右の引き出しのを限界まで引き出して、外してみて。そうしたら奥に、小さな箱が挟まってると思うわ』
 書かれているとおりにやってみる。引いて、外して……と。あった。
 薄い蓬色の小箱。被っている埃を叩いてから、蓋を開けてみる。
「…………髪、かざり?」
 琥珀色の、小さな髪留めだった。透き通った色が輝いて、一瞬取り落としそうになる。
『それが、私からホノカちゃんに上げられる最後のプレゼント。気に入ってくれたら』
 薄暗い部屋の中、私は必死で文字を追った。
──『お母さん、嬉しいな』
 呼吸が、乱れてる。動悸が、早くなる。
『本当はもっといっぱいお話したかったけど』
 私には、覚悟が足りなかった。
『ホノカちゃんへのお手紙も』
 三年後に、また会えるって心の何処かで思ってた。
『これで、最後にします』
 …………ああ、ああ、ああ。

62 名前:No.13 未来のあなたへ 3/3 ◇p/4uMzQz/M 投稿日:07/12/23 12:59:44 ID:GVoliDZ5
『いっぱい友達つくってね。とっても素敵な恋愛してね。楽しい思い出をたくさん作ってね』
 ダメだ、ダメだよう。インクが滲んじゃってる、お母さんの文字が読めない。
『お父さんの事気にかけてあげてね。お母さんの事も時々だけ思い出してね。そして』
 あえなくなるのはイヤだよ。お母さん。お母さん。
 自分でもどこかで冷静に驚いている。
 こんなにも自分が脆かったことに。お母さんが、まだ私の中でこんなにな部分を占めていることに。
──『幸せに、なって下さい』
 私の眼から零れた水滴が、最後に記されたお母さんの名前の横に落ちる。
 それを見て気がついた。
 真新しいシミの横に、掠れて、乾いているけれど、紙が一度濡れた、シミ跡があることに。
「ああ、あぁ…………。お母さ──」
 手紙を胸に抱えて、私は部屋の真ん中でしゃがみ込んだ。


 電車を降りたところで、友人の姿を見かけて声をかけた。
「お早う、ホノカ。……ん、珍しいね、アクセの類は絶対にしなかったあんたが髪留め程度とはいえ」
 ちょっとね、と答えながら、人ごみの中を歩く。
 …………あの後で父さんに聞いたら、予想通りと言ってはあれだが、
母さんに自分が初めてプレゼントしたものだと教えてくれた。あのバカップルめ。
「私がね、五歳の時に亡くなった母さんのものなの」
「ふーん、そっか。納得したよ」
 そう答えて彼は私の横に並んだ。……学校までは歩いてすぐだ。
 ──お母さんは、これからはずっと傍にいる。

                          了。



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