【 冬がくれたもの 】
◆0CH8r0HG.A




56 名前:No.12 冬がくれたもの 1/4 ◇0CH8r0HG.A 投稿日:07/12/23 12:38:26 ID:GVoliDZ5
 こたつは素晴らしい。
寒い冬には、家族でこれを囲んでミカンを食べたりする時間はまさに至福と言える。
腰から下をふとんに入れて、寝そべりつつ本を読む。
肩まで入ってはダメだ。
外に出た時に感じる寒さが一層増すから、風邪をひきやすいのだ。
風呂に入るように首まで入ろうとすると、母親に額を叩かれたものだ。
足元から心まで温めてくれる、最高の暖房器具である。
 だが、俺の幼い妹は、そんなこたつが好きではなかった。
普段、休みの日は自分の部屋にいる親父が、これ幸いとこたつに入りに来るからである。
親父はヘビースモーカーだった。
リビング中にタバコのヤニ臭さと、煙が広がるのは我慢ならなかったのだろう。
親父が灰皿片手にこたつに入りに来ると、妹は母親の元に避難する。
俺もタバコは吸わないから、禁煙してくれとガキの頃から何度も頼んできた。
だが、そんな時に親父の答えはいつも同じ。
「お前がタバコを吸うようになったら止めてやるよ」
そして、俺は子供心ながらに、大人になっても絶対にタバコを吸うものか…と誓ったものだった。

57 名前:No.12 冬がくれたもの 2/4 ◇0CH8r0HG.A 投稿日:07/12/23 12:38:51 ID:GVoliDZ5
んな親父が、タバコを止めた。
きっかけは猫だった。
誕生日に妹が買って貰った猫。
猫は可愛い。
『猫はこたつで丸くなる』というが、まさしく。
こたつの上で丸くなって寝ている様などは、最早言葉に出来ない。
例えば、猫を起こしてみようとする。
惰眠を邪魔された猫は、多少不機嫌ながらも俺の遊びに付き合ってくれる。
ミカンをそっと投げてやると、猫は前足で面白そうにそれを弾き、転がし、じゃれ付く。
癒される瞬間である。
こたつ・ミカン・猫。
個人的には、日本の冬を最も優しく表現できる三つの単語であると思っている。

58 名前:No.12 冬がくれたもの 3/4 ◇0CH8r0HG.A 投稿日:07/12/23 12:39:15 ID:GVoliDZ5
 だが、親父だけには徹底的に懐かなかった。
ヤニの匂いが大嫌いだったのだろう。
親父の部屋にも寄り付こうとはしなかった。
タバコを吸った後の洋服には、妹が欠かさずファブリーズをかけていた。
そうしないと、猫がしばしの家出に出てしまうからである。
必然的に妹と父の距離は離れていく。
当然の流れである。
しばらくして、嫌がる猫を無理矢理抱き上げ、引っかかれる健気な親父の姿を何度も見かけるようになる。
「お父さんが臭いから嫌がってるんだよ 可哀相だから離してあげてよ」
妹は結構酷い事を言っていたと思う。
妹に怒られて、すごすごと自分の部屋に引き返す親父の背中が妙に小さく見えた。
娘に叱られるというのは、一体どんな気持ちなのか窺い知ることは出来なかったが、
俺は多少不憫になって親父の為にある物を買ってきてやった。
『禁煙パイポ グレープミント』
今思えば、親父に物を送ったのは初めてだったかもしれない。
俺が差し出したそれを、少し照れくさそうに受け取ると一言
「ありがとうな」
と。

59 名前:No.12 冬がくれたもの 4/4 ◇0CH8r0HG.A 投稿日:07/12/23 12:39:41 ID:GVoliDZ5
 それから親父がタバコを咥えている姿は見なくなった。
今はこたつに入って寝そべりながら物足りなそうにパイポを噛んでいる。
そのお腹の上には丸くなった猫。
隣では妹がこたつに入って楽しそうに絵を描いている。
親父の出っ張った腹の上でまどろむ猫の絵だ。
妹はもうこたつが嫌いではなくなっていた。
俺はその様子を、まったりと眺めている。
部屋に染み付いていたヤニの匂いは薄れ、ツンと軽く鼻を突くミントの香りが心地良かった。

おわり



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