【 クリスマスプレゼント 】
◆ibD9/neH06




27 名前:No.06 クリスマスプレゼント 1/5 ◇ibD9/neH06 投稿日:07/12/23 01:07:23 ID:UIKf8STW
 いくらクリスマスが近づこうとも、周囲の環境は無味で満ちている。
 朝に優しい笑顔で起こしてくれる幼馴染みはいないし、悪魔的料理を振る舞ってくれる義妹も皆無ならば、
奥深き乳房間溝(ドレスデン・エルベ渓谷)に顔をうずめさせてくれる、ふくよかな胸をお持ちの義母様すら、
不在の様子である。
 ましてや我は閉鎖的家族に飼い殺し。監禁。ガシャーン。
 若者パラダイス計画は一寸の日の目も見ることなく、完膚無きまでに頓挫していた。
 実にまったくもって極めて平和的かつ健全であるからして。
 時に無味とは退屈のご近所さんなのだと知る。
 というような思春期ならではな赤裸々心情を、年上痩せぎすの深窓の令嬢っぽい淑女の部屋に潜入して、
主の淑女にアポなしで披瀝してみた。
 お陰で個室に潜入するための代償として、手が血まみれである。
 扉が木製だったのが救いと言える。
 こういうのを大衆は夜ばいと忌み嫌うのであろうか。
 彼女は聾唖学校からの天下り者というところで分かるとおり、紙面に焼き付けた文字か、自筆か、さもなくば、
手話での伝達能力が否応なく要求される。
 自分に後者はどう考えても不可能なため、彼女の脇に据えてあるスケッチブックを手にとって伝えた。
『ぎぶ みー ちょこれいと』
 親指を立て、朗らかな笑顔と稚拙な字面で畳みかけるように要求した。
 彼女はそれを一瞥すると、高級料亭の女将を思わせるマニュアルスマイルを投げかけてきた。
 世間にオートスマイルなんて酔狂なものがあるのかどうかは知らないが。ああそういえば、かつてそんな名
の父内国産馬がいたような気も……。
 閑話休題。
 矢継ぎ早に彼女は、首を数度横に振った。
 暗に「現在貴方に差し上げられるものは御座いません」と言っておられる。
 あれえ、もしかしたら以心伝心の間柄なのかもしれない。
 加えて今気づいた。この人って我の姉じゃね?
 というか姉だ。
 そういえば、この姉っぽい姉による姉のための姉様。なんと、ななんと、なななんと。下着すらもつけていない。
絹のような艶の生まれたての姿が……姿が……姿が……。
 姿っ!

28 名前:No.06 クリスマスプレゼント 2/5 ◇ibD9/neH06 投稿日:07/12/23 01:07:48 ID:UIKf8STW
 一時回線スパーク。復旧班目下サボタージュ期間中につき狂乱への吶喊。
「ああもしもし母さん? オレオレ。そう詐欺、いや違えって! 愛子息の三太夫だって。
そうそう腰巾着が生業の三太夫。ああ、でさあ突然なんだけどウチ姉が服着てねえの服。
マジマジ俺嘘つかねえから。……え、フラグ? これ絶対フラグ立ってねえよ!」
 架空の母親とエアー電話するほど、急速に取り乱す我に、彼女が怪訝そうに顔を除いてくる。
 気づけばちょうど睦み合うような形になっていた。
 ドクンと、胸が動いた。
 でなければ死んでいるからだ。
 案外危ないところだったのかもしれない。
 姉(仮)を熟視すると、皮膚が突っ張った痩身には所々に痣が散見できる。
 これをチャームポイントと呼ぶかどう呼ぶかで方向性は変わってこよう。
 有り体に申して痛々しい。この様子では、とてもじゃないがクリスマスを乗り切れなさそうだ。
 男前行為を実施するよりほか、あるまい。
「この服を装備したまへ」
 勇者の資質に溢れていそうなほど超優しく、我は身に纏っていた自らの皮膚を剥がし……。
「?!」
 自分もなんか、服着てない。
 概説すると、似非ストリーキングが淑女の個室に馳せ参じていた。
 震える手つきで不可視の受話器を持ち上げ、オー人事にスタッフサービスを要求したくなる。
 失態である。例えるならば、乞食とりが乞食になってしまったかのような。
 うう……と唸る。急にひもじさを感じてきた。腹も空いていた。
 生への執着が、埋もれていた自己を呼び起こそうとする。
 カニバリズムという言葉が脳裡をよぎる。寧ろコントロール出来ずにぶち当たった。
 第三者の跫がする。
 刹那、神経が一振りの刀剣のように鋭利になっていくのが手に取るように分かる。
 気配を感じた。後ろを振り向くと我の父親と思しき、風采の上がらぬ髭面男が、破砕された木扉の前で呆然と
佇立していた。
 クリスマスプレゼントを持ってきてくれたわけでは、残念ながらなさそうだ。
 目の上で泳ぐゴミを追いかけるように、眼球がキョロキョロ忙しなく動いている。

29 名前:No.06 クリスマスプレゼント 3/5 ◇ibD9/neH06 投稿日:07/12/23 01:08:11 ID:UIKf8STW
 そして壁で死角にはなっているが、父親もどきの多分横。ウネウネと粘っこい爬虫類のような存在感を、執拗に
アッピールしてくる何者かが居ることに気づいた。
 そういう積極性はぞっとしない。
 公然性を大幅に欠いている印象を受ける。
 加速度的に死への欲求が高まっていく。
「薫くん。いいかい」
 我を呼ぶ父の声音は、壊れたラジオカセットのようにきつく歪み、琴線に触れるものはない。
 久しく息をのんだ。
 堕胎も許されぬ子宮に閉じこめられた我と姉。俺と姉。僕と姉。私と姉。
 密閉なる筐体は、管理者が不在だと単なる歪な箱に過ぎない。だから管理の役割は父が担っていた。
 父が閉じこめ、我らが守られる。父が憤り、我らが奉仕する。
 それが妻に先立たれた依存者の、縋りつづけるに値する支柱。
 反感も時間と共に諦念へと変質する。
 大抵のくだらない事柄は、そういった理詰めを破棄した滑稽な骨組みで出来ていた。
「いいかな」
 再度手招きをしてくる。近づいた。殴られた。グーパンだった。
「教育だよ薫くん」
 父はにっこりと笑っていた。確かに我は考える間もなく従うべきだったわけで、そういった意味では不文律を
犯した我を折檻するのは、父であり教育者としての当然な務めと言えよう。
「ああ先生どうぞ此方へ。……んふふ、この人はね、薫くん。人体解剖学の権威でもある橋本恒彦先生だよ。
私の大学時代の恩師でもあるんだ。それでね、それでね……」
 その後も饒舌に捲し立てていく。だが破損箇所の多い我の脳髄では、その半分の内容も許容することができない。
 父より紹介された橋本先生とやらは、我と姉を俯瞰すると、相好を崩して厭らしく口元を吊り上げた。
「そのためには研究材料が必要なのだそうだ。どうだろう薫くん」
「どう、どは?」
「ちょっとした社会見学のようなものなんだ。そうですよね先生?」
 質された橋本先生は目を細め、嗄れた声で「ええ」とだけ答えた。

30 名前:No.06 クリスマスプレゼント 4/5 ◇ibD9/neH06 投稿日:07/12/23 01:08:37 ID:UIKf8STW
 年頃の女性らしい服速をした姉が、家の前に置かれた車両の後部座席に乗り込み、助手席のシートばかりをジッと見つめていた。
 自分も久方ぶりに服を着てみたが、痛痒感ばかりが首筋を上ってくるので、また脱いだ。
 橋本先生が運転席に乗り込み、父が助手席に乗り込む。大学までの付き添いを申し出たためだ。
 我は元々眼中外だったらしく、車には乗せてもらえない。二階の格子窓に顔を引っ付けて、見送るばかりである。
 さすが。我が姉は選ばれた人なのだ。
 少しばかりの寂寥があるけれども、気にしない。姉は孤立から孤高に登りつめようとしているのである。めでたい。
 その姉と、目が合った。
「……?」
 口をパクパクと動かしているものの、何を言っているのか分からない。っていうか、あの人聾唖だし。至近距離でもきっと分かんない。
 しかし。
「タスケテ?」
 張り巡らされた受信網は、我のアンテナにゆんゆんと意志を送信してくる。えらい感度良好。
 これって以心伝心ってやつだろうか。
 繋がりつづける姉弟の絆ってやつ?
 なにそれ凄い感動じゃん。号泣もんじゃん。ミリオンセラーじゃん。
「ハハハ」
 笑って手を振ってやった。すると彼女は沈痛な面もちで、再び助手席を睨め付ける作業に戻る。
 父は言っていた。これはプレゼント。すなわち僥倖なのだと。
 みんなが幸せになれるための、プレゼントなのだと。
 素晴らしい提案。涙が出る。小躍りできそうなぐらいだ。
 不覚にも肩が震えてきた。
「……」
 陽光に照らされる車両が薄煙を吐いて発進する。数秒で視界から消えた。
 脈絡なしに追走して車両を破壊する不思議ベスパ女はどうやら現れなかった。
 ああ、消えた消えた。
 本当に消えたんじゃないかと誤解しそうなほどに、呆気ない。

31 名前:No.06 クリスマスプレゼント 5/5 ◇ibD9/neH06 投稿日:07/12/23 01:09:01 ID:UIKf8STW
 窓から離れ、コンクリート剥き出しの壁に寄りかかる。
「全人類にメリークリスマース」
 綿埃を中空に投げ捨てる。
 幸せな気分だった。さっさと世界なんか滅べば良いと思ってしまうぐらいに。
 ズルズルと壁を滑り、摂理をなぞるかのごとくナチュラル動作で床に横になる。
 そして我は死んだ。
 やっぱりあとちょっとだけ生きてみることにした。
 でもやっぱりもう骸だし、死んだ。
 だが美少年パワーとかで蘇生する可能性もあるから、希望と矜持は死ななかった。
 たとえ我が身が滅びようとも夢と愛は不滅なのだ。
「……ぐぅ」
 どうか変態にプレゼントされた姉よ、美しく。逞しく。コンビニで安売りしている美少女パワーとかで蘇ってください。

〈了〉



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