【 Given 】
◆NGFA/EZBaM




17 名前:No.04 【品評会】Given1/5 ◇NGFA/EZBaM 投稿日:07/12/22 01:22:03 ID:wACLzB9T
 自慢じゃないが、俺は日頃の行いが良い。落ちてるゴミを拾ってゴミ箱に捨てたり、木に登って下りられない猫を助けたり、
ついさっきも道路を渡れなくて困っていたお婆さんを手助けし、荷物を持って差し上げたところだ。
 これも自慢じゃないが、俺は妙に運が悪い。空き缶を拾ったら中からG(ゴキブリのこと)が飛び出してきたり、助けた猫が
近くの家の盆栽を粉砕したり、たった今もお婆さんを見送っていたら空から微量の物体が肩に降り注いだ。いわゆる鳥の糞だ。
 バイト帰りの街はクリスマスムード一色。何せ明日キリストが生まれたらしいからな。一ヶ月以上も前からイルミネーションが
街中で熱心にお祝いをしていて、今日はいつもよりたくさんの恋人たちが道を行き交っている。この最中を俺一人、鳥の糞を連れて
歩くのは大変に心苦しいものがあった。あまり気乗りはしないが、一旦家に帰るしかないだろう。
 運が悪いせいか、俺は何となく家に居場所を見出せない。三つ下の優(♀)は大変可愛がられているが、俺はそうでもない。
まあ、当たり前といえば当たり前のことだが。いや、みんなが冷たいわけではないし、むしろ俺の方から勝手に距離を取って
いるだけなのかもしれない。まあとにかく。そんな俺は、中二でバイトを始めて食事は外で済ませ家では寝るだけになり、
高校に入ると家にもほとんど帰らずバイト仲間の家に寝泊りするようになった。
 ここで高校の友人が出てこないのは、俺が学校にも居場所を見出せないからだ。運悪く、優しくて空気の読めない先生に
あたってしまい、これまた運悪く優しくて空気を読みすぎる級友たちに恵まれたため、俺は腫れ物に触るように扱われることとなった。
みんな優しくていい奴らだ。心の底からそう言えるのは、実際あいつらがそうだからなのだろう。
 帰路に流れる賛美歌的なJ-POPを聴きながら、とりとめもなく考える。思うに、神様というやつはセンスか性格のどちらかが
終末的に破滅的(つまり悪いということ)なのではないだろうか。詳しくは知らないが、キリストは結構頑張って善行を積んだのに
最後には何と! 磔にされて無残に殺されてしまったらしい。しかも彼は神の子だというから驚きだ。
親は子供を愛すものだと考えると、神様的には愛する息子へのナイスプレゼントだったのだろうか。ただセンスが悪すぎただけで。
 そう考えると俺の運が悪いのも納得がいく。神様的には運がいいのだ、俺は。この不運は神様からのプレゼントだと。なまじ力が
あるだけにこのセンスの無さは本当に終末的に破滅的だ。キリストもそんなのの子供だなんてついてなかったとしか言えないな。
少なくとも俺の親は神様よりはセンスがあったようで、与えられた名前は結構気に入っている。俺が親から貰ったプレゼント。
命と名前。たった二つのプレゼントのうち、最後に貰ったこの名前は、口には出さないがなかなかにいいセンスをしていると思う。
 ……と、運のことばかり考えていたらうんこを踏んでしまった。いわゆる犬の糞だ。肩には鳥の糞。これじゃうんこサンドだ。
「これじゃうんこサンドだ」
 口に出してみたが空しくなるだけだった。まあ正直、この程度は俺にとっては日常茶飯事なので大したダメージじゃない。
どのみち家に帰るつもりだったのだ。ついでに靴も変えよう。そんで思いっきりおめかしして街に繰り出そう。
そんでバイト仲間といっぱい遊ぼう。みんな男だけど。何だか楽しくなってきた。
 家に向かって歩いていて、ふと見ると500円が落ちていた。
「よし、交番に届けよう!」
 大声で宣言して拾い上げると同時に、カラスがグライディングタックルをかましてきた。

18 名前:No.04 【品評会】Given2/5 ◇NGFA/EZBaM 投稿日:07/12/22 01:22:24 ID:wACLzB9T
 何とかカラスを説得して家に帰りついた頃には夜の八時を過ぎていた。まあそもそもバイトが終わったのが七時半過ぎなんだが。
それに、どうせ何時に帰ったところで誰もいないだろう。二人とも仕事が忙しいらしくて帰るのはいつも深夜らしいし、優も今日は
家にはいないだろう。何せクリスマスイブだからな。彼氏の一人や二人連れ立って、街の景色の一部になっているに違いない。
「ただいま、っと」
 それでも一応家に入るときには声を出す。礼儀というか習慣というか。家に対する挨拶というか。
「あ、お兄ちゃん! おかえり! っていうか久しぶり!」
「はにゃ?」
 そんなわけで予想もしなかった返事に、思わず非科学的な気持ち悪い声を発してしまった。はにゃって。
「……お前、彼氏とデートじゃないのか?」
「は、え!? か、彼氏って! いないよそんなの! いたこともないし」
 そう言って優は首よもげよとばかりにブンブン左右に振って否定した。ツインテールが顔にペシペシ当たる。
なぜか顔が真っ赤だ。まあ、ムキになって否定するところが怪しい、ということもないし、恐らく本当にいないのだろう。しかし。
「あれ、でも最近編み物してるんじゃなかったのか? てっきり彼氏にでもプレゼントするのかと思ったんだけどな」
「ふゎぇ!? ……な、何で知ってるの」
「早紀に聞いた」
「うぅ、黙っててくださいって言ったのにぃ」
 早紀(♀・彼氏持ち)というのはバイト先の知り合いだ。優が以前遊びに来たときに仲良くなったらしく、たまに話に出てくることがある。
「ま、まあさ、それは置いといて。……おかえり。クリスマスにお兄ちゃんがいるなんて何年振りかな?」
 どうやら気を取り直したようだ。うれしそうに、ちょっと皮肉交じりにそんなことを言ってくる。おかげで少し言いにくいのだが。
「いや、悪いんだけど今日は他の奴らと遊ぶ予定が入っていてだな。ちょっと服を替えに着ただけなんだ」
 言うと、案の定というか、優はこの世の終わりのような表情を見せた。そしてジト目で睨んでくる。
「他って誰さ。彼女? 彼女なの?」
「いや、彼女はいないけど」
「だよねー。お兄ちゃんに彼女なんているわけないもんね。じゃあ何、男の友達ですか。妹の私より友達を取るんだね。
 ていうか折角の聖夜に男だけで遊ぶってどうなの? 大体今日はお父さんもお母さんも帰ってこないからお兄ちゃんがいないと
 私一人になっちゃうのに何とも思わないの? 薄情なんですね、お兄さんは。ふーん。ふーーん。ふーーーーーーん!」
「い、いや、その、だから、……はぁ。分かったよ。なるべく早く切り上げて帰る。それからはここにいるから、な?」
 それで納得してくれ、と言うと、幾分か機嫌は直ったようだった。まだ少し不満げではあったが、まあ仕方ない。
 随分時間を取られたが、ようやく服を着替えて靴を履き替えることができた。その間ずっと背後で「早く帰って来い」と
呪詛のように繰り返されて気が滅入り気味になってしまったが。……後が恐いので肝に銘じておくことにしよう。

19 名前:No.04 【品評会】Given3/5 ◇NGFA/EZBaM 投稿日:07/12/22 01:22:52 ID:wACLzB9T
「――っつーわけだから、ホントすまん! みんなにも謝っといてくれ! ごめんな!」
「いいって、気にすんなよ。それより、押してばっかじゃだめだぞ。持ち上げたりして、あんまり傷つけないようにな」
「ああ、気をつけるよ。じゃあホントに、悪いな。それじゃ」
「ん、じゃあまた。――ふぅ」
 通話を終えて一息つく。これで全員、か。そう、全員。今日ここで会う約束をしていた中で俺を除く全員が来れないらしい。
二人や三人じゃない。六人全員。別に俺一人ハブられているとか、からかわれているとかいうわけでもないだろう。と思いたい。
 しかし約束した全員とは……。いや、まあでも、考えようによっては俺以外全員の運が悪かったのだとも言えるわけだ。
バイクがパンクなんて俺はしたことないしな。相当の不運だろう。ああ、そうだ、せっかくここまで来たんだから優にプレゼントの一つも
買って帰ろうか。どうせ今日使うつもりだった金なわけだしな。そう思ってコートのポケットに手を入れる。底に大きな穴が開いていた。
「なんですと!?」
 だが何と財布はちゃんとあった。どうやら、何とか落ちずにすんでいたらしい。これは運が良かったと捉えてもよいのだろうか。
「いや、むしろそう思うことに今決めた」
 財布を移し、年のせいか多くなった独り言を背後に流しながら、俺は気持ち軽くなった足取りでプレゼントを探しだした。

 結局、手頃な店で手頃なペンダントを買った。何かどことなく微妙に可愛いと言えなくもない絶妙なデザインだ。お似合いだな。
いや、別に決して手を抜いたわけではない。俺なりにいいと思うものを結構考えて買ったつもりだ。気に入ってもらえると思う。
 帰りはタクシーを使うことにした。金もまだ余ってたし、早く帰ったほうが優も喜ぶだろうしな。遊べなかったのは残念だし
みんなには悪いが、前向きに考えて、こうなったのも悪くなかったと思おう。考え、タクシーを止めて乗り込んだ。目的地を告げて。
「――あ、すみません、ちょっと待っててください」
 視界の端に、女性が蹲っているのが見えた。「大丈夫ですか」と声をかけて事情を訊くと、どうやら妊婦であるらしく、急に産気づいて
しまったようだ。まあ見れば大体は分かる。本人と運転手に確認を取ってから急いでタクシーに乗せて近くの病院へ向かって。
 その途中で、事故に遭った。タクシーに乗ってすぐの交差点、慌てて右折しようとして直進車と衝突。よくある事故だった。
何とか自力で車から這い出して様子を見たが、かなりひどい。虚ろな頭に救急車のサイレンの音が近づく。妙に来るのが早いなと
思っていたら、さっきまで俺たちが、つまりは苦しんでいる女性がいた辺りで一旦停まった。そう、きっと誰かが彼女を見て呼んだ
のだろう。これならあそこで待っていた方が良かっただろうな。だって俺のせいで彼女はホラ、こんな。ああ、なんて、運が悪い。
 虚ろな頭が動き出す。一体、何なんだよこれは。目を逸らして、歩いて離れていく。何でこんな。俺のせいかよ。俺が悪い?
助けたかっただけなのに。俺のせいなのか。この事故も。友達が全員運悪く来れなかったのも俺のせいか。俺が引きずったのか。
――俺の親が事故で死んだのも。俺の運が悪かったからかよ。俺はまだ赤ん坊だったのに。俺が何かしたのかよ!
 何か踏んだと思って足元を見ると、さっき買ったペンダント。ここまで飛ばされたらしい。傷だらけで、チェーンは切れていた。
 ポケットに手を入れる。財布が無い。反対側のポケットにも穴が開いていたらしい。ホント、笑えるくらいに。

20 名前:No.04 【品評会】Given4/5 ◇NGFA/EZBaM 投稿日:07/12/22 01:23:40 ID:wACLzB9T
 目の前に、へたり込んでいるおばさんがいた。怪我は無さそうだ。目前で事故があって、腰でも抜かしたのだろう。俺には関係ない。
関係ない。もう、どうだっていい。どうせ何の意味も無い。もう分かってる。……でも。体が動く。手を、差し伸べてしまう。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
 始めは突然声をかけられて戸惑っていたその人は、暫らくして落ち着いたのか、照れくさそうに伸ばした手をつかんで立ち上がった。
「ごめんねぇ、いきなり目の前でドーンっていうもんだからびっくりしちゃって。あ、そうだ、アンタにこれあげるわ」
 そう言って取り出したのは……飴。遠慮しようとしたが、いいからいいからと言って強引に渡されてしまった。そのままおばさんは
立ち去り、俺の手のひらに飴玉が一粒残った。欲しいと思ったこともなかったが、こういう風に誰かから何かを貰うのは初めてだった。
俺が何かして貰うものといったら、鳥の糞がせいぜいだったからな。
 少しぼんやりしていて、気づくと男の子が俺の方を見ていた。というより俺の手にある飴を見ているようだった。欲しいのかと思って
差し出してみると、思いっきり奪い取られた。そして確認するなり、今度は瞳をアルファケンタウリのごとく煌かせて叫んだ。
「お前、これ、“西の第三フルーツ星キャンディ”の超隠し味の“酢豚に入ってるパイナップル”味じゃん!」
「……なんだそれ」
「これの価値が分からないならお前には必要ないな後ろから強奪してやろうか」
 興奮しすぎだろ。もう奪われてるし。面倒だったのでお前にやると言ったら更に興奮して、お礼にとシールを差し出してきた。
正直要らなかったがこれ以上構うのも面倒だったので素直に受け取っておいた。少年は去り、後には謎のシールが残った。何なんだ。
「ちょっとすいません、いいですか?」
「こんどはなんうわぁっ!」
 背後には謎の仮面を被ったおっさんらしき人物が立っていた。ヘルメットとアイマスクが一体となったような、角の生えた仮面だ。
「そのシール、見せていただいてよろしいですかォゥッ!」
 言うなり、男はこちらの返答を待たずシールを奪い取った。暫らく凝視し、目を見開き、プルプル震えだす。そして。
「このシール、是非譲っていただきたいありがとうございますお礼にこの仮面を差し上げましょう!」
「ああ、いいですよってうわそれはいらなちょっとやめ」
 抵抗空しく俺は謎の仮面を被らされてしまった。外そうとして四苦八苦しているうちに男は去り、後には仮面の男(俺)が残った。
「わらしべ長者かよ」
 呟く頃には、頭も随分落ち着いていた。振り返ってみれば救急車はとっくに去り、警察が周囲を囲んで、野次馬は少しいる程度だった。
俺も警察に話をしなきゃいけないだろうな。あの女性はどうだろうか。無事を望める状況じゃなかったようにも思えるが、俺はなぜか
無傷だし、彼女ももしかしたら大丈夫かもしれない。……そうであってほしい。考えていると肩を叩かれた。叩いたのは紳士だった。
「あの、突然で申し訳ありませんがその仮「差し上げますよ。ただシルクハットは要りません」いただき……え?」
 紳士は暫し呆然としていたが、咳払いを一つすると俺の仮面を外して被った。そして少し考えた後、では代わりにこのバッジをと
胸に着けていた謎のバッジを取り外して無理矢理俺の胸に取り付け、よくお似合いですよと言葉を残して優雅に去っていった。

21 名前:No.04 【品評会】Given5/5 ◇NGFA/EZBaM 投稿日:07/12/22 01:23:57 ID:wACLzB9T
 もう夜の十二時を過ぎていた。いい加減帰らないと優も怒るだろうな。ペンダントも財布も無くて、あちこち擦り傷があって、
急いで帰っても結局怒られるだろうけど。俺ももう、今日は何となく家に帰りたい気分だった。そんな気分になったの久しぶりな気がする。
色んなことがあって、頭もぐちゃぐちゃになって疲れたんだろう。疲れたときに自分の居場所が無いと感じる場所に帰りたいと思うと
いうのも皮肉というか、不思議な感じだ。本当なら警察に事情を説明しにいく必要があるのだろうが、今日だけは勘弁してほしい。
「やっと見つけたぜ。おい、そこのお前」
「ああ、バッジなら差し上げますよ。俺は何も要りません」
 いい加減疲れていたので、自分で言うのもなんだが、珍しく声を荒げてしまった。だが振り返った先にいた男は少し怪訝そうな表情を
した後、いいからついてこいと言って俺の腕を引き、路地裏へと連れ込んだ。今度は一体なんだというのだろうか。
 男は慎重に辺りを確認すると、俺にアタッシュケースを差し出し、中を確認するよう促した。開けてみると――いわゆる白い粉。
「これはなん」
 だ、と言い切る前。乾いた音がして、顔を上げた俺の胸の辺りが熱くなった。さらにもう一度。乾いた音がし、今度は腹が。
「あばよ、俺からのクリスマスプレゼントだ」
 男がそう言ったように聞こえた。意味が。何がなんだか何一つ、余すことなく理解できない。俺はどうなったんだ。
急速に視界が白く狭まり、呼吸もできず、咳き込むたびに血が流れる。つまり、……死ぬってことか。どうやらそうらしい。
男が何かしているが、もう俺には分からない。分からないし、どうでもいい。もう、どうでもいい。苦しい。苦しいことだらけだ。
ずっとずっと苦しいことだらけだ。受難の日々というやつか。俺には神様のセンスがちっとも理解できない。悪いのは性格だったか?
 ――いや、そうか。何となく分かった気がする。この世は苦しいことだらけだ。何をしたかなんて関係ない。苦しいことだらけだ。
だから、神様は、俺を死なせてくれたんだ。やっぱりな。日頃の行いがいいから、救われたんだ。きっと。俺は。キリストと同じだ。
苦しいことだらけだから逃がしてくれた。天国への入場券がクリスマスプレゼントとは神様も洒落たことをしてくれる。ははっ、何だよ。


――だったら、最初のプレゼント、貰わなきゃ、よかった……。


【了】



BACK−聖なる夜の贈り物 ◆Xenon/nazI  |  INDEXへ  |  NEXT−プレゼント ◆atHMc.avFo