【 聖なる夜の贈り物 】
◆Xenon/nazI




12 名前:No.03 聖なる夜の贈り物 1/5 ◇Xenon/nazI 投稿日:07/12/22 00:58:28 ID:wACLzB9T
「魔王さまー、魔王さまー」
 魔物による世界統一を目論む魔王の居城、その玉座の間にて。響いたのは、その荘厳な
雰囲気に似つかわしくない間延びした声。
「どうしたシセル。私の好敵手と成り得る者でも見つかったかね?」
 愉しげな声で魔王が尋ねる。魔王がシセルに好敵手と成り得る人材を探す事を命じたの
は今より少し以前の話である。
「いえー、それはまだなんですけどー」
 その返答を聞いても魔王は表情を変えない。シセルこそがこの世界において唯一、魔王
に匹敵する力を持っているという事を知っているが故に。――シセル自身はまだその事に
気付いていないのだが。
「ふむ、では何か報告でも? 最近は目立った動きは特にないと聞いているが」
 人間と魔物では基本的な能力が違いすぎるため、魔王の世界統一への道程は順調だった。
特に障害らしき障害もなく、その退屈さこそが魔王にとって最大の障害だったと言っても
過言ではない。その最大の障害はシセルによって相当紛らわされているため、最近の魔王
は随分と愉しそうだった。
「んー。報告、でもないですねー。実は、魔王さまにお願いがあって来たのですー」
「お願い?」
 その言葉に魔王は首を傾げた。魔王の言葉は絶対であり、それに逆らう者はおろか疑問
を持つ者すら今まで誰も居なかった。故に他人からお願いされるという事は魔王にとって
これが初めての経験だったのである。
「この間、人間の街に行った時の事なんですけどー。やけにみんな浮き足立ってたので、
何かあるのかを聞いてみたらですねー、どうやらもうすぐ聖夜祭なるものの季節らしいの
ですよー」
 魔物は人間を襲う――それは魔物にとっても人間にとっても当たり前の事だった。
 その当たり前の事をしないのはシセルくらいなものである。
 好敵手探しの任務に就くまでは報告役でしかなく、城の外に出る事もあまりなかったと
いうのも一つの理由だが、シセルは今まで自分の意志で人間を襲った事は一度もなかった。
東の賢者、西の剣豪、南の大魔導師、北の賭博士との勝負はあくまでも力試しでしかなく、
その証拠に何れの者も存命している。――一見するとただの少女にしか見えないシセルに
敗れ、その心は折れてはいたが。

13 名前:No.03 聖なる夜の贈り物 2/5 ◇Xenon/nazI 投稿日:07/12/22 00:58:49 ID:wACLzB9T
 シセルは足しげく人間の街に通い、魔王の好敵手に成り得る者を探していた。そして、
時折魔物たちには馴染みのない情報を持ち帰ってくるのであった。
「聖夜祭……? 初めて聞く言葉だが」
「何でも、神さまの生まれた日をお祝いするお祭りだそうでー――」
 シセルは街で聞いた情報を記した羊皮紙を見ながら、聖夜祭の何たるかを魔王に伝えた。
「――それでー、朝目を覚ましたら枕元に天からの贈り物が届いている、というのがこの
お祭りの最大のポイントらしいのですー。まぁ、実際は親が子供の欲しい物を贈っている
らしいのですけどー」
「ふむ、聖夜祭に関しては概ね理解したが……それで、お願いというのは?」
 魔王にはシセルの話の意図が掴めていなかった。シセルはぽん、と手を打つ。
「あー、そうでした、お願いでしたー。折角なのでー、お祭りがしたいのですー。それで、
その許可がですねー、欲しいのですー」
 シセルのその言葉に、魔王は眉をひそめた。
「……魔の眷属たる私たちが神の生まれた日を祝福してどうする」
 伝承によれば、魔物はかつて神と共に在りながら神に背いた罰として地上に堕とされた
者たちの末裔とされる。
 その存在は伝承に残るのみで曖昧ではあれど、それでも魔物にとって神は忌むべき存在
であり、祝福など出来るはずもない。
「あぅー、それもそうなのですー……困りましたねー」
 今初めて気が付いたとでも言わんばかりにシセルの表情が曇る。滅多に表情を崩さない
シセルにしてみれば、それは珍しい事だった。
 やはりシセルの言葉の真意を掴み損ねて、魔王はシセルの次の言葉を待つ。
「口には出さないですけどー、将軍さまたち結構疲れてると思うのですよー。なのでー、
お祭りという名目で休養してもらったらいいかなー、なんて思ったのですー」
 ふむ、と感心したように魔王は頷いた。人間に対し宣戦布告を行ってから三年が経とう
としているが、今までそういった休養は与えた事がなかった。何も考えていないようで、
シセルはしっかりと他者の事を考えていたのである。
「それならば、最初からそう言えばいいものを」
 呆れたように呟く魔王に、シセルは頬を膨らませた。
「お祭りは、お祭りとして楽しむから楽しいのですー」

14 名前:No.03 聖なる夜の贈り物 3/5 ◇Xenon/nazI 投稿日:07/12/22 00:59:04 ID:wACLzB9T
「これで、準備完了なのですー」
 城の中庭に植えた大樹の天辺に星を模した飾りを付け、シセルは満足そうに微笑んだ。
 魔王の許可を得たシセルは、その日の内から聖夜祭の準備を開始していたのだった。
「これはまた、派手に飾りつけたものだな」
 樹から降りたシセルを待っていたのは魔王だった。魔王は大樹を見上げ、愉しげに笑う。
「折角のお祭りですからー」
 シセルもまた、大樹を見上げて。
「将軍たちも戻ってきている。口には出していないが、皆君に感謝しているだろう」
「わたしはお祭りがしたかっただけなので、感謝されるような事はしていないのですよー」
 名目は一体どちらの方だったのだろうかと考えかけ、魔王は首を振った。どちらにせよ
将軍たちが休養を取る事が出来たのは事実である。
「……そういえば、この聖夜祭では天からの贈り物が届くという事だったが。シセルは、
何か欲しい物はあるのか?」
 視線を大樹からシセルへと移し、魔王は尋ねた。何か望む物があるのならば与えてやる
のも悪くないと考えた魔王だったが、その期待は裏切られた。
「そうですねー、今は魔王さまの好敵手に成り得る人が欲しいですねー」
 それは、魔王と言えど与える事の出来ないものであった。ある意味においては、既に手
に入れているものでもあったが。
「魔王さまは、何か欲しい物ありますかー?」
 逆にシセルが尋ねる。しかし魔王の望むものもまた天から贈られるようなものではなく、
そしてある意味において既に手に入れていた。
 魔王は答えず、ただシセルの頭を撫でると城の中へと戻っていった。
「あれー、何で撫でられたのでしょうー?」
 シセルは首を傾げたが、考えてもわからなかったので魔王の後について城に入った。
 空は、白い雲に覆われていた。

15 名前:No.03 聖なる夜の贈り物 4/5 ◇Xenon/nazI 投稿日:07/12/22 00:59:20 ID:wACLzB9T
 そして、聖夜祭当日。魔物たちは並べられた豪勢な食事を食べ、果実酒を飲み、一時の
休息を満喫していた。
「妙な気分だな。人間を襲い世界を統一しようという私たちが、その人間の祭事に興じて
いるというのは」
 中庭に集まった魔物たちを見下ろし、魔王は呟いた。つい先程まで将軍たちの酒の相手
をしていたためその顔には薄く紅が掛かっている。酒に弱いわけというわけではないが、
将軍たちに釣られてつい飲みすぎたので風に当たりに来たのだった。
「あ、魔王さま発見ですー」
 その声に魔王が振り返ると、部屋の入口にシセルが立っていた。
「どうした? 中庭で皆と楽しんでいたと思ったが」
 魔王の問いかけには答えず、シセルは部屋の中へと入っていく。魔王まで後一歩の距離
で立ち止まり、にっこりと微笑んだ。
「魔王さまにプレゼントなのですよー」
 そう言ったシセルの手には呪石で造られたタリスマンが握られている。
「これは?」
「聖夜祭の贈り物は親が子供に贈るだけではなかったのですよー。人間たちは、聖夜祭に
大切な人にも贈り物を贈るそうなのですー。魔王さまにはずっとお世話になってますから、
感謝のプレゼントなのですー」
 笑顔で言って、シセルは魔王にタリスマンを手渡す。それは、ちょうど首に提げられる
ようになっていた。
「ふむ、そうだったか。それでは私も何かお返しをしなくてはな……とは言ったものの、
急な話で何も用意していないのだが」
 タリスマンを受け取った魔王はどうしたものかと首を捻った。
「いいのですよー。お返しが欲しくてプレゼントしたわけではありませんのでー」
 シセルはそう言ったが、それでは魔王は納得出来なかった。しばしの間考え、魔王は首
から提げている首飾りを外した。
「首飾りは一つあれば充分だ。君が受け取らなければ、私もこれを返す事になるが?」
 受け取ったばかりのタリスマンを掲げ、魔王は意地の悪い笑みを浮かべる。
「むー……魔王さまはずるいのですー。そんな事言われたら受け取るしかなくなるのです
よー? ……困りましたねー」

16 名前:No.03 聖なる夜の贈り物 5/5 ◇Xenon/nazI 投稿日:07/12/22 00:59:36 ID:wACLzB9T
 とても本当に困っているようには見えない表情で、シセルは答えた。
 仕方なく、シセルは魔王から首飾りを受け取る。その時、シセルは視界の端に白い何か
を捉えた。
「あれー? 魔王さま、雪が降ってますよー?」
 窓の外に見えるそれは、紛れもなく雪であった。中庭から歓声が上がる。
「この地域では雪など降らないはずだが……珍しい事もあるものだな」
 緩やかに雪が視界を白く染めていく様を、しばらくの間二人は見つめていた。雪自体は
他の地域で見られるものではあったが、城の窓から眺めるという初めての経験に、魔王は
不思議な気分を味わっていた。
「わかりましたー。これはきっと、天からの贈り物なのですー」
 不意に、シセルが声を上げた。何を馬鹿な、と言おうとした魔王だったが、その言葉は
心の中に留めた。
「そうだな……今日一日くらいは、神を祝福してやるのも悪くない」
 そう呟いた魔王の表情は魔物の王たる者のそれではなく、この地上に住まう一人の者と
しての表情だった。
 窓の外では雪が降り続けていた。深々と――。

 〜完〜



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