【 最高のプレゼント 】
◆lNiLHtmFro




7 名前:No.02 最高のプレゼント1/5 ◇lNiLHtmFro 投稿日:07/12/22 00:55:13 ID:wACLzB9T
 クリスマスまで残り1週間。田んぼとどこまでも広がる海しかない田舎にもクリスマスムードは押し寄せてきていた。
クリスマスソングばかりが流れ、木々は綺麗にライトアップされており、まるで流れ星のように人目をひいていた。
町全体がクリスマスを、さらにその先にある大晦日、お正月への期待と忙しさで活気づいていた、一部を除いては。

「今年もロンリークリスマスかな、色の無い高校生活だったぜ・・・」
と参考書を開けながら眼鏡をかけた青年は誰に言うでもなくつぶやいた。
「何言ってるんだよ。受験生にクリスマスもお正月もあるわけないじゃん。合格するまでは全部お預けだろ?」
クラスメートで、一番気のおけない友人の宮崎がまるで自分に言い聞かせているかのようにゆっくりと言葉を投げかけてきた。
宮崎はスラッとした体型をしており、入学してから上位の成績をいつも保っていた。入学式の日たまたま席が隣で喋りかけたら気があったのだ。
それから三年間同じクラスだった。
「わかってるんだけどさ・・・高校生活一回もクリスマスを楽しんだこと無いんだぜ。朝から晩まで野球一色。クリスマスも関係なく練習。」
遠い昔を懐かしむような眼差しをグランドに向けながら眼鏡の青年は言った。後輩たちが練習しているのを過去の自分に投影しつつ。
「そういえば、山田、お前は中学の頃からずっと好きな子がいるんだろ? クリスマス一緒に過ごそうよ、とか誘ってみろよ。彼氏いないんだろ、その子。お前を待っててくれてるんだよ」
宮崎は中学生がエロマンガ島を発見した時のようにニヤニヤしながら言った。善意からではなく、からかってやろうという意図がみえみえだった。
宮崎には色んなことを喋りすぎているな、と少し後悔した。
眼鏡を指でクイッと調節し、宮崎を無視して勉強を再開した。受験まで時間はほとんど残されていないのだ。

 山田青年には中学二年生の時からずっと好きな人がいる。中学の時に通っていた塾が同じでいつの間にか喋るようになっていた。
明るく、気さくな女の子だ。彼はそんな彼女の明るさに惹かれていた。恋をすると誰でも相手のことを天使のように思ってしまう。
当然、彼も例外ではなかった。塾のある日が楽しみで仕方がなかった。天使に会えるのだから。今まで学校が同じになったことは一度も無い。その塾だけが共通点だった。
しかし、中学を卒業し、高校に進学すると同時に、塾を辞めた。野球部に入部すれば塾に通う時間などなくなることは容易に想像できたからだ。
高校に進学してから彼女に会える場所といえば一時間に二本しかない通学電車の中だけであった。
メールはしていたのだが、やはり実際に顔を見ながら会話をする方が何倍何十倍も楽しかった。
現役時には電車の利用時間帯があまりにも違いすぎて、テスト期間で部活が休みになる時にしか会うことは出来なかった。
しかし、野球部を引退してからは電車も普通の高校生が乗る時間と同じになっていたため、頻繁に会えるようになっていた。
電車での通学時間は受験勉強をしている彼にとっての唯一の楽しみだった。大好きな人に会えるのだから。

8 名前:No.02 最高のプレゼント 2/5 ◇lNiLHtmFro 投稿日:07/12/22 00:55:31 ID:wACLzB9T
クリスマスまで残り三日、終業式が行われ学校は昼前には終わった。
山田と宮崎は昼食を高校近くのラーメン屋でとっていた。いきつけのラーメン屋だ。安くてボリューム満点でお金の無い高校生には人気の店だった。
しっかりと食べることが受験の基本、耳にタコができるほど聞かされた担任のアドバイスに二人は忠実だった。
「なぁ本当にいいの? 誘えよ。やっぱりさ、ずっと好きだったわけだしプレゼントくらいあげればいいやん。クリスマスの翌日が誕生日なんだろ、彼女。
誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを兼ねてさ」
「ばっか。付き合ってもないのにプレゼントって・・・俺らはただの友達なの。大学合格しても、しなくても俺は東京に行くんだよ。
でも、彼女はもう推薦で地元の大学に進学することが決まっている。だから何も言わずに、何もせずに俺は・・・」
ラーメンの湯気で曇った眼鏡を拭きながら弱弱しく応えた。青年はいつも「先」を考えてしまう。
それは彼の長所でもあり短所でもあった。クリスマスが近づき受験生にもかかわらずカップルになる同級生の気持ちが彼には理解できなかった。
どうして数ヶ月すれば離れ離れになるのに「今」付き合えるんだろうか、と思っていた。
「それってただ単に怖いだけだろ、今の関係を壊すのに。友達でもプレゼントくらいあげるし、確実にここを去るんだろ? 
だったらなおさら何かするべきだ! お前はもっともらしいことを言って逃げてるだけなんだよ。そんなんじゃ合格もできないぞ! ビビんな!」
宮崎の声は少しだけ怒気を含んでいた。目はキッと見開き、真剣な表情をしていた。
そして、一転優しい口調になり励ますように続けた。「それに言うだろ? やらなかった後悔はやった後悔よりも大きいってさ」

宮崎は塾があるからと昼食後すぐに別れた。宮崎は「よく考えてみろよ・・・」と何かを含んだような捨て台詞を残していった。
高校近くの図書館に向かい閉館時間まで勉強した。外はすっかり暗くなっており、月がぽっかりと空に浮かんでいた。
図書館の暖房で温まっている体に絶え間なく冬の風がぶつかってきた。宮崎の言ったことが思い浮かび、それについて考えた。
「プレゼントか・・・・・何を贈るかっていう問題があるじゃないか。それにクリスマスまであと三日だぜ・・・」
恍惚と輝く月に向かってつぶやいたが、月はただ微笑み返すだけだった。

駅で偶然彼の天使に会った。どこの高校も今日が終業式だったので、この電車で会えるとは思っていなかった。
彼女は制服の上に紺のダッフルコートを着て、首にはマフラーが巻かれていた。
「お昼から学校の友達と遊んでたんさ。ご飯食べたり、カラオケ行ったりしてね。めっちゃ楽しかった!」
彼女はいつものように明るかった。目はキラキラと輝いており、世界の汚い部分を見たことが無いように綺麗だった。
電車内で彼らは色々な話をした。憧れの大学生活のこと、最近の笑い話や明るい話ばかりをした。ネガティブな話など何も思い浮かばなかった。
彼女といるこの時間が永遠に続けば良いのにと思う。電車が目的地に着かずにずっと走り続けていてくれれば、と。
しかし、楽しい時間というものはいつも一瞬にして終わってしまう。
電車を降り、別れる際にあることに気づいた。彼女はマフラーはしているのに、手袋はしていなかった。手袋はしていなかった・・・・・・

9 名前:No.02 最高のプレゼント 3/5 ◇lNiLHtmFro 投稿日:07/12/22 00:55:47 ID:wACLzB9T
 翌日、彼は買物に向かっていた。手袋を買うために。なぜプレゼントをしようという気持ちになったのかわからなかった。
数ヵ月後に辛い思いをするのはわかりきっているのに。しかし、「よく考えてみろよ・・・」という宮崎の言葉が青年の心から離れなかった。
「はは、定番中の定番だな・・・なんとも安直じゃないか、なぁ。手袋をしていなかったから、手袋を贈る・・・か・・・」
と自嘲気味に独り言をもらした。しかし、手袋以外に彼には最適な贈り物は思い浮かばなかった。
ブランドショップはもちろん、マルイもパルコもないのだ。田舎の限られたショップでどうにかするしかない。自転車は風を切り裂き進んでいった。

数件のショップを見てまわった後、「もう、わかんねー!」と投げやりに自転車にまたがりながら言った。
様々なお店に立ち寄り手袋を比べたが、どんな色で、どんな形の、どこのメーカーの、など考えることはたくさんありすぎて、慣れない彼にはあまりにも複雑だった。
途方にくれながら次のショップに向かって走っていると、ふとあるお店が目に付いた。
昔からそこにあるのだぞという威圧感を放っている小さな木造家。
玄関には顔の無いマネキンが服を着て立っていた。「ウソルカトナス」という看板が掲げてあった。
なんとも奇妙な名前だな、と興味を持った。服屋さんであろうことがわかったので、お店に入ってみることにした。
入ってみると外の印象からとは違い、広くゆったりとしており、有名なクリスマスソングが流れていた。
店内には青年以外の客はいなかった。店員も見当たらない、おそらく奥にでも行っているのだろうと思い、青年は店内をゆっくりとみてまわった。
暖かそうなニット、長袖シャツ、ジャケット、ジーンズなど一通りそろっていた。
そしてカウンター付近には手袋が陳列されていた。手袋を色々と見ていると、「いらっしゃい」と声がした。
奥から髭をはやし、恰幅の良い55歳くらいの男性が笑みを浮かべながらゆっくりとした動作で現れた。
「手袋をお探し? もしかしてガールフレンドにクリスマスプレゼントかな? 若いというのは羨ましいねー」
男性は穏やかな目つきでこちらを眺めながら言った。
「そうなんですよ。こういったのって何か苦手で・・・どれが良いんですかね?」
ガールフレンドではないのだが、詳細に話を必要もないと判断し、嘘をついた。
「私が選んじゃダメだよ。プレゼントというものは何をもらうか、もちろんそれは大切な要素だ。
だがね、キミがそれを一生懸命考えて贈ってくれた。自分のために、自分のことを考えて時間を使ってくれた、というのが大切なことなんだよ。
だからこそ嬉しい。私が選んではいけない。もちろん、アドバイスはできるけどね。第一、私はキミの彼女がどんな人なのか全然知らないしね。
君が一生懸命悩んで悩んでそして、コレというものを選ぶべきなんだよ。プレゼントはモノじゃない『気持ち』だよ」
男性の声はとても穏やかで説得力があった。
青年はわかったという風に頷き、彼女に一番似合うであろう手袋を探した。青年はこの人のところで手袋を買おうと決心した。他の店にはない暖かさがあったからだ。
明るい性格のあの人に合う色を考えた。彼女は明るい人柄だ。快活さがある。
「おじさん、明るい人に似合う色って何ですかね?橙色とか合いそうな気がするんですけど」

10 名前:No.02 最高のプレゼント 4/5 ◇lNiLHtmFro 投稿日:07/12/22 00:56:05 ID:wACLzB9T
「そうだね、橙色はいいと思うよ。きっと明るい人なんだろうね。いい判断だ」
「ありがとうございます。じゃ・・・この手袋ください!」
「オッケー。彼女きっと喜んでくれるだろう。プレゼント用に包装するからちょっと待っててな」
男性は微笑みながら綺麗に包装をしてくれた。包装は大切な人を守るナイトのように凛としていた。

包装された手袋を大切に大切に家に持ち帰ってから参考書を開いた。受験生に休みは無い。
「しかし」と青年は思う。「いつ渡すのかが問題だ。イヴもクリスマスも遊び相手がいると言っていたから遊ぶことは出来ないぞ」
それに、喜んでくれるのだろうか、迷惑がられないだろうかという不安が尽きない。
青年は参考書を開けたまま考え続けた。何か妙案はないだろうか・・・と考え続けた。
「そうだ! 俺がサンタクロースになって届けよう。クリスマスの朝に、彼女の家まで届けに行こう。もちろん、家にあがることはできない。
わかりやすいところに置くしかない。でも、どこに――玄関――そうだ玄関のところにおいておこう。でも、それだけでは不審物として扱われるかも・・・
メールで予告しておけばいいんだ」
それからたっぷり時間をかけてメールを作成する。メールを送信するのにはその倍以上の時間がかかった。
もしここで断られたら、と怖がっていた。そのためなかなか送信ボタンを押すことはできなかった。
「宮崎の言うとおりだな、俺はただ単に怖がってただけなんだ・・・ただビビってるんだ」
そう言ってメールの送信ボタンを押した。

クリスマスイヴは一日勉強に費やした。彼がやらなければならないのは、二十五日の朝なのだ。
「メリークリスマス! 大学合格おめでとう! 誕生日おめでとう! この手袋で残り少ない高校生活を風邪なんかひかずに過ごせますように。ホーホーホー」
という内容の手紙を包装紙に潜ませることにした。モノだけでなく、自分の言葉も付けたいと思ったからだ。
メールの返信は「わかったー! サンタさん楽しみに待ってるね」というものだった。
朝六時に起きるためにイヴは早くベッドに入った。寝坊するわけにはいかないぞ、と目覚まし時計がセットされているか念入りに確かめた。
目を閉じ横になったが胸は高鳴り、緊張でなかなか寝付けなかった。

ジリリリリリリリリリ
時間通り朝六時に目覚ましはなった。ゆっくりと目をあけ、目覚ましを止める。そして、今日やることを思い浮かべる。
「俺はサンタだ・・・」これからの道中を思った。これから八キロほどの道のりを自転車で漕がなくてはならないのだ。
朝六時、辺りは薄っすらと明るくなってきていた。はく息が白い。身にしみるような寒さが襲う。防寒対策はしっかりとした。風邪をひくわけにはいかない、受験生なのだから。

11 名前:No.02 最高のプレゼント 5/5 ◇lNiLHtmFro 投稿日:07/12/22 00:56:22 ID:wACLzB9T
自転車で出発する。早く渡してしまいたいという思いから自然と速度がでる。呼吸が激しくなり、心臓はまるで別の生き物のように強く脈を刻んでいた。
冷気が肺に入り込み、肺は熱く痛んだ。息ができないほどの苦しさから吐き気がした。
身体の衰えを認めないわけにはいかなかった。引退してから運動をしなかったことを後悔したが、今後悔しても遅かった。
「まったく・・・はぁはぁ・・・俺はこんなになってまで何をしているんだよ」
青年はつぶやいたが、ここで諦めてたまるかといった熱意が、なんとしてでも目的を達成させるんだという強い意志があった。
ようやく目的地に到着し、玄関にプレゼントを置いた。
「プレゼントを受け取る瞬間を見れないのは残念だな」と青年は思ったが、「サンタはプレゼントを開ける瞬間を見ることは出来ないもんだよな」と自らを納得させた。
疲労が全身を襲ってきたが、心は晴れ晴れと軽かった。満足した顔で青年は来た道を引き返していった。

新しい年を迎え、卒業式まで残り二ヶ月ほどの日々がはじまった。始業式の日の朝、電車で彼女に会った。手には橙色の手袋がはめられていた。
「えへへ、良いでしょーこの手袋。サンタさんにもらったの。もし会ったらありがとう、大切に使うねって伝えておいてね。この色すごい好きなんだー」
彼女は満面の笑みを浮かべながら彼に話しかけた。
彼女の幸せそうな、本当に嬉しそうな笑顔、それこそが彼の今までの人生で最高のプレゼントだった。青年は「プレゼントはモノじゃない、『心』だ」ということを身をもって実感した。
「必ず伝えるよ。きっとサンタも大切に使ってもらえてて幸せだと思うぜ」
青年の声は活き活きと、彼女以上に幸福を感じている声だった。
宮崎、おじさんありがとう。もし、あなた達がいなかったら俺はこのプレゼントを受け取れなかった。本物のサンタさん、最高のプレゼントをありがとう・・・
自然と支えててくれた人たちに心から感謝していた。

電車からの景色はまだまだ冬の表情を残していたが、二人の間には春のような暖かい気持ちで満ちていた。

(終)



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