【 サンタクロースになりたい 】
◆bsoaZfzTPo
2 名前:No.01 サンタクロースになりたい 1/5 ◇bsoaZfzTPo 投稿日:07/12/22 00:53:01 ID:wACLzB9T
さて、もう一度状況を確認しよう。
僕は部屋の電気を消す前に、ぐるりと自分の周りを見た。
ベッド。
今、僕が腰掛けているベッド。布団もちゃんとひいてあるから、後は眠るだけだ。
靴下。
ベッドの脇にぶら下げてある、大きいサイズの毛糸の靴下。今年頼んだのは電車の模型だから、ちゃんと靴下の中に入るはずだ。
メッセージカード。
靴下の中、サンタクロースに模型をくださいとお願いするためのカード。綺麗になるように、何度も書き直したけれど、そのお陰で出来はこれまでで一番だ。
ねずみ捕り。
メッセージカードと一緒に靴下の中に入れてあるねずみ捕り。カードを読むために靴下に手を入れれば、バチン。きっとサンタクロースを捕まえてくれるはずだ。
うん、準備は万端。作戦も完璧。去年までのような失敗は繰り返さない。
そう確信した僕は、部屋の電気を消して、布団にもぐりこんだ。
なぜ僕がこんな事をしているかといえば、国語の作文が原因なのだ。
去年書いた「将来の夢」という題の作文。みんな、花屋になりたいとか、宇宙飛行士になりたいとか書いていた。僕も電車の運転士になりたいと書いた。
そんな中で、多喜の作文だけが、みんなとは違っていた。
「私はサンタクロースになりたい」
その一言から始まる作文は、クラスの半分から驚きを、もう半分からは笑いを受けた。
なれるわけがないと言う奴もいたし、多喜は馬鹿だと言う奴もいた。
けど僕は、多喜を凄いと思った。
だから、国語の時間に堂々と作文を読んだ幼馴染に、僕は声をかけたのだ。
「多喜、多喜はサンタクロースになるの?」
「うん。私はサンタクロースになって、世界中の子どもにプレゼントを届けたい。智の子どもにも、きっと届けるよ」
そう答えてにっこりと笑った多喜は、とても誇らしそうだった。
3 名前:No.01 サンタクロースになりたい 2/5 ◇bsoaZfzTPo 投稿日:07/12/22 00:53:17 ID:wACLzB9T
それなのに、その年のクリスマスを過ぎたら、多喜は変わっていた。
数日前まで、どうやってサンタクロースに弟子入りするかを楽しそう話してくれていた多喜が、とても暗い顔で言ったのだ。
「ごめん、智。私は、サンタクロースにはなれないみたいだ」
何故なのか聞いても、絶対に教えてくれなかった。ただ、私はサンタクロースになれない、の一点張りだった。
だから僕は自分で考えてみた。何故多喜はサンタクロースになれないのか。
多喜は本当にサンタクロースになりたかったはずだ。僕が電車の運転士になりたいのと同じくらい、本気だったはずだ。そうでないと、あんなに堂々と作文を読めなかったし、散々クラスの奴らに馬鹿にされた後で、あんな風に笑ったりも出来なかったと思う。
だとしたら、多喜以外の人が多喜に諦めさせたに違いない。多喜は誰から何を言われたら夢を諦めるだろうか。簡単な話だ。
多喜は去年、サンタクロースに会って弟子入りするつもりだった。そのための作戦も考えていた。多喜はサンタクロースに会えただろう。そして、サンタクロースが多喜に言ったのだ、多喜ではサンタクロースになれないと。
それから、僕の作戦が始まった。
多喜がどれだけ良い子であるかも知らないサンタクロースに、文句を言ってやるのだ。多喜がどれだけ良い子であるかをわかってもらってからもう一度、多喜を弟子にしてほしいと頼むのだ。
文句を言うためには、まずサンタクロースに会わないといけない。
多喜は電気を消して眠ったふりをして、部屋に入ってきたところで頼み込むと言っていた。
僕は夜更かしは得意ではないから、その作戦はちょっと難しい。第一、多喜と同じ作戦では、さすがに引っかからないだろう。
僕が寝てしまっていても、サンタクロースが来たときに目が覚めるような作戦を立てれば良いのだ。だから罠をしかけた。ねずみ捕りに指を挟まれれば、痛くて大声を出すはずだ。
それに、多喜を悲しませたサンタクロースなんかは、ちょっとくらい痛い目にあっても当然だと思った。代わりに、僕は良い子ではないとして、電車の模型はもらえないかも知れないけれど、それでも構わなかった。
一年かけて準備しただけあって、僕の作戦は完璧だった。
4 名前:No.01 サンタクロースになりたい 3/5 ◇bsoaZfzTPo 投稿日:07/12/22 00:53:59 ID:wACLzB9T
「ぎゃああああ!」
大きな叫び声が上がった。
驚いて飛び起きた僕は、作戦が成功したことに気付いた。
大急ぎで部屋の電気をつけると、枕元で指を押さえてうずくまっているのは、サンタクロースでもなんでもなかった。
「……お父さん?」
お父さんの傍にはメッセージカードとねずみ捕りが落ちていて、さらには靴下にちょうど収まりそうな大きさのプレゼントの包みまで落ちている。何が起こったかは考えるまでもなかった。
「なんでお父さんがカードを見るの?」
まだ痛むのか、指を振りながら、しかしお父さんははっきりと気まずそうな顔をした。
「ねえ、なんでサンタクロースにお願いするカードを、お父さんが見ようとしたの」
自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。
「あー、いや、その……」
「それに、どうしてカードを見る前から、プレゼントが用意されているの。ねえ、どうして」
答えなんて待つ必要はなかった。多喜がサンタクロースになれない理由は、こんなに簡単なことだった。
「お父さんが、サンタクロースのふりをしてたんだね。去年も、一昨年も、その前も」
それだけではない、このカードをお父さんは見ていない。僕がこのカードを書いているのを見ていたのはお母さんだ。
「お母さんも、一緒なんだね。それで、お父さんに僕の欲しい物を教えていたんでしょ」
だったら、なれない。多喜がどれだけ良い子でも、サンタクロースになる事も、弟子入りすることも出来ない。
「じゃあ、サンタクロースなんて、いないんだ」
僕の声は自分のものではないと思えるほど、暗かった。きっと、去年の多喜と同じ顔をしているに違いない。
そんな僕の肩を、お父さんは正面から掴んだ。膝立ちになって、僕と目線の高さを同じにする。
5 名前:No.01 サンタクロースになりたい 4/5 ◇bsoaZfzTPo 投稿日:07/12/22 00:54:15 ID:wACLzB9T
「智之、それは違う。お父さんとお母さんがサンタクロースなんだ」
真剣な顔でそう言ったお父さんだけれど、そんな言葉には騙されない。
「じゃあ、お父さん達はこの後世界中の子どもにプレゼントを配りに行くの? それとも配り終わって帰ってきたところ?」
僕の家には、一晩で世界中を周れるようなトナカイもそりも無い。まだローンの残っている車で周れるのは、せいぜい隣町までだ。
「いいや、お父さん達は世界中にプレゼントを配ったりしない。お父さん達は、智之のサンタクロースだからだ」
お父さんが何か、変な事を言った。
「確かに、智之が言うような、赤い服を着て、白い髭を生やして、トナカイのひくそりに乗って、一晩で世界中にプレゼントを配るサンタクロースはいない」
お父さんの顔は、変わらず真剣だ。大真面目に、変な事を言い続ける。
「でも、それでも、お父さん達はサンタクロースだ。毎年、クリスマスの夜に、智之が欲しい物を、智之に届けにくる、智之のサンタクロースだ」
確かに、お父さん達は僕のサンタクロースだったかもしれない。今日まで、サンタクロースがいることを信じて疑わなかった、それが証拠だ。でも、そんなのは本物のサンタクロースではない。世界中の子どもにプレゼントを届けることは出来ない、偽物のサンタクロースだ。
僕がそう言うと、お父さんは真剣な顔を緩めた。
「そうだな。でも、多喜子ちゃんの所のお父さん達は、多喜子ちゃんのサンタクロースだ。世界中の子どもの、お父さんとお母さんが、その子どものサンタクロースだ。
世界中の子どもが、一晩の間にちゃんとプレゼントを受け取るなら、それはお父さん達みんな合わせて、本当のサンタクロースってことじゃないかな」
そう言って、にっこりと笑ったお父さんは、いつかの多喜のように、凄く誇らしそうだった。
6 名前:No.01 サンタクロースになりたい 5/5 ◇bsoaZfzTPo 投稿日:07/12/22 00:54:32 ID:wACLzB9T
次の日、僕は多喜に会いに行った。
多喜がサンタクロースの弟子になれるように頼んであげると言った時、そんな事はしなくていいと僕を止めた幼馴染は、一年前と同じように、暗い顔で現れた。
「ねえ、多喜。サンタクロースは、お父さんとお母さんだったよ」
「……そう」
多喜はうつむいたまま、僕と目を合わせてくれない。きっと、僕の暗い顔を見たく無いのだと思う。
だから、昨日のお父さんと同じように、僕は多喜の肩に手を置いた。
そして、昨日のお父さんと同じように、サンタクロースはいないけど、それでもサンタクロースはいるって事を教えてあげた。
僕が全然落ち込んでいない事を知って、多喜は顔を上げた。
僕は、にっこりと笑った。
「多喜はサンタクロースになれるよ。誰だってサンタクロースになれる。多喜、僕と一緒にサンタクロースになろうよ」
僕の笑顔は、多喜の目にどんな風に映っているだろうか。
<了>