【 海を臨む家 】
◆AHSIH.WsAs





240 :お題:崖 題名:海を臨む家 ◆AHSIH.WsAs :2006/05/21(日) 03:59:57.15 ID:vFKX1tO7O
『海を臨む家』
ザァ、ザァと音がする。
単調なリズムで耳に届くそれは僕にとって既に聞き慣れた音だ。
僕は小さな欠伸をすると、閉じていた目を開け、体を起こした。
途端に、空の高圧的で爽やかな青がいいかげんな天井のすき間から覗く、太陽は既に空高くあがっており、鳥が編隊を組んで力強く飛んでいる。
僕はその景色の壮観さにしばらく寝転んだまま見とれていた。
僕は夢を見ていた様だ。僕はいかにも都会、といった様な部屋に一人座り、食事を食べながらだらだらとテレビを眺める。
やがて心地よい満腹感と、何処からかくる安堵を感じながらベッドに横たわる。
そうして僕が夢の中で眠りについたあたりで僕は目を覚ましたのだ。
夢の中の僕が寝ている時僕は起きていられるのかな。
僕はそんな事を考えながら外へ出た。
僕は海を臨む家に住んでいる、雄大な自然が常に僕の近くにあり、切り立った崖に立って眺める夕暮れの海なんかは最高だ。
時々海鳥達が僕の家の近くで何をしているのか、パタパタと飛び回っているのを見ると何とも言えず幸せになる。
そんな生活が僕の全てだった。


241 :お題:崖 題名:海を臨む家 ◆AHSIH.WsAs :2006/05/21(日) 04:00:37.01 ID:vFKX1tO7O
僕は朝食を食べようとする。
海に面してるとはいえ、切り立った崖はかなり高い。
わざわざ海にダイブして魚を捕まえて、またその崖を登って行くなんて、僕には出来ないので朝食はパンだ。
結構このパンも古くなってきたかな。
味の悪いパンを咀嚼しながらそんな事を思う。
此所に来てからかえって魚を食べなくなったな。
僕は意味もなく苦笑して崖下に広がる海を眺めた。
此所でするべき事は何も無い。
ただ僕は自然に溶け込み、自然の一部として存在するだけで十分なのだ。
それでも僕は薄い希望を持って沖を眺め続けた。
ザァ、ザァという単調な音はまだ聞こえて来る。
海鳥のニャーという鳴き声はもう聞こえなくなってしまった。
夜が訪れたのである。
青かった海はオレンジ色に燃え、やがて落ち着いた藍色に変わる。
その藍色の海面に銀色の月が映り込んでいるのを見ると、思わず海の美しさに感動してしまう。
いつまでも見続けていたい…。
僕はそう思ったが、やがて全身を睡魔がゆるゆると包み込み始めた。
僕は今まで見ていた藍色の海にさよならを告げると、立ち上がる。


242 :お題:崖 題名:海を臨む家 ◆AHSIH.WsAs :2006/05/21(日) 04:01:08.74 ID:vFKX1tO7O
そして振り返った。
僕の目にはまた崖下に広がる藍色の海が飛び込む。
何も僕が見ていた所だけが海じゃない、見回す限り、海なのだ。
僕は夢を通じて都会へ帰る事が今から楽しみで、いいかげんな天井の下に寝転がる。
同時に感じているのは夢の後にまた訪れる「明日」への恐怖。

僕の乗っていた船が高い波にさらわれ、無残な船の木材と船に積んでいた僅かな食料と共に、僕がこの何も無い360°絶壁に囲まれた島に打ち上げられてからはや5日。
徐々に確実な死への恐怖は僕の体を支配してくる。
――死ぬ為の生活。

僕は餓死するのが先か、その重圧に耐え兼ねて崖下に飛び込んで死ぬのが先かなんて考えて静かに目を閉じた。
打ち寄せる波のザァ、ザァという音は、相変わらず単調に響いている。
(終)



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