【 そして明日もいつもが続く 】
◆dx10HbTEQg




78 :No.21 そして明日もいつもが続く(1/5) ◇dx10HbTEQg:07/12/17 00:03:36 ID:QFXccQ9Z
 玄関先に、宇宙人がいた。
「おっはにょろっぴー。今日も元気にうひゃっほっぴょー」
 不思議な言語を操るが辛うじて日本語と判断できなくもない。だが、そんな言葉さえも眼前に広がる光景のもとでは些細な問題にしかなり得なかった。
 我が家の前に立つケバケバしい存在に、太郎は目を瞬かせる。気分的には瞠目したままであったが、如何せん眩しすぎた。
 ピンクのタートルニット、ピンクのハーフパンツ、ピンクのタイツにピンクのブーツ。そしてロングカーディガンの色も以下省略。これだけでも十分に目に優
しくないが、まだ許せた。しかし彼女は髪をも、その上なんと肌までピンクで染めていたのだ。
「どうどう? たーくん、あちし可愛い? 可愛いっぴ?」「……おはよ、ラム」
 にっこり笑う宇宙人に挨拶を返せた自分を褒めてやりたかった。羅夢と書いてラムと読む幼馴染は、田中太郎という何の変哲もない名を持つ彼とは別
の次元で生きているに違いない。
 可愛いか否か、その返答を生真面目に考え――しかしすぐに放棄し、素直に思ったことを口から搾り出す。
「どうしたの、その色……。昨日まではアフロじゃなかった? 語尾も“きゃーい”とかだったような……また変な雑誌の影響?」
「ぴっぴろっぴー」
 ぱっかりとピンクの球体が割れ、白い歯が見えた。YESということらしい。
 変なことが大好きだと公言する彼女は、一般的な感覚を持つ彼には理解しがたい雑誌を講読している。確か発売日が昨日か一昨日辺りだった。
 シルクハットを十段重ねをしたかと思えば、次の日には顔の三倍はあるアフロ。真夏に毛皮を全身まとったかと思えば、真冬にアロハシャツを着ている。
間違いなく流行らないし、雑誌の冗談に踊らされているだけとしか考えられないが、ラムはそれで満足らしい。
「じゃ、学校行くっぴょー」
「え、その格好で? 制服は?」
「制服寒いっぴ。ダサいし。さーさー! れっつらごーっぴゃ!」
 無理やりに手を引かれ、周囲から突き刺さる視線を感じながら太郎はため息をついた。彼女が変だということは既に近所中に知れ渡っているから今更
どうということはない。ただ、高校の校門を潜り抜けた瞬間に落ちるだろう罵声のとばっちりを受けるのは耐えがたかった。

 太郎は平凡だ。テストの点数も平均前後をうろうろするし、制服は着崩さずかといって必要以上にぴっしりとは着こなしはしない。友達の人数もほどほ
どで、テレビも漫画も適度に見るがのめり込むまではいかない。きっとこのまま中小企業のサラリーマンになって、何事もなく生涯を終えるだろう。そう周
囲に思われまた自分でもそうあろうと望む彼の、唯一平凡の枠から外れた点が、彼女の存在だった。
 もしラムがいなければ生徒指導室になど永遠にお世話になることはなかっただろう。
「なんなんだ今度は」
「……いつものみたいです」
 疲れ果てて椅子に座り込む生徒指導担当教員と、途方に暮れる太郎。その真ん中で顔と手足の染料を乱雑に落とされ、ジャージを着せられたラムが
頬を膨らませていた。ピンクと肌色の斑模様は宇宙人以上だった。きっと相当暴れたのだろう、まとめられていた髪がばさばさと跳ね飛んでいる。

79 :No.21 そして明日もいつもが続く(2/5) ◇dx10HbTEQg:07/12/17 00:03:49 ID:QFXccQ9Z
「中林羅夢、お前ぐらいの奴が何を考えているのかは大体分かる。他とは違うことして自己主張したいんだろう。だがな、ここは学校なんだ。分かるだろう?
 ピクリと、ラムの眉が僅かに跳ねる。しかし教師は気づかない。最初こそ教師も木刀片手に怒鳴り散らしていた。しかし幾度注意されようとも懲りる気配
さえ見せない彼女に、話して諭す方向に切り替えたらしい。
 ラムの目が鋭い光を帯び始める。しかし教師は気づかない。
「いいか中林。いくら奇抜なことをしようと現状は変わらないんだ。分かるか、お前は」
「ぴろっぴ!ぴっぴぱー!」
 教師の声を遮りついにラムは立ち上がり、謎言語を駆使して飛び出して行った。
 これで通算三十六回目。教師の視線を受けて、太郎は渋々と開け放たれた扉からラムを追っていった。
 一度幼馴染だからとかいう意味の分からない理由で呼び出され、思わず彼女を宥めてしまったことがあった。そして奇しくも一瞬だけ更生させてしまっ
た時から太郎の運命は決まってしまったのだった。

 探すまでもなくラムの姿は見つかった。ジャージから飛び出した、ピンクと肌色の斑模様がうろうろしていればきっと地球の裏側からだって見つけられる。
 名前を呼ぶと彼女は歩みを止めはしたものの振り返ることはない。代わりに遅刻してきた生徒達がじろじろと二人を見比べる。いつものことだった。
「おいラム」
 そっと伸ばした手が肩に触れるか触れないかのところで、彼女は勢いよく太郎の腕を振り払った。おかしい、これはいつもと違う。ここはにこやかに振り
返って、“また怒られちゃった”と可愛らしく舌を出す場面のはずなのに。
 普段と違う行動に困惑を隠せずにいると、そのままの勢いでラムはぺっと唾を地面に叩き付けた。
「なんなのよあいつ。分かる、分かる、分かる! 何が分かるんだっつーのばーかばーかばーかばーっか!」
「……えーと。語尾、忘れてる」
「ぴー!」
 大声で叫ぶ彼女に驚いた衆目が嫌だ。太郎は出来るだけ平凡に、目立たずに生きていきたいというのに。この幼馴染は他人の都合などこれっぽっち
も気にしちゃいない。様子のおかしいラムよりも、変人と仲間と思われることに恐怖して太郎は早口で捲くし立てる。
「いい加減にしろよ、ラム。校則違反だし……変ってのはその、つまり変ってことなんだぞ? おかしいんだよ、絶対」
 ラムの動きが、ひたりと止まった。まるで残酷なものを見ているかのように太郎を見上げ、ぱくぱくと口を開閉する。
 それを見て戸惑うのは太郎だ。このままでは彼女の人生自体がおかしな方向に進んでしまう可能性も高いのだ。退学の話も、出ている。
「な、なんだよ。あのな、俺はお前のために……」
「……そっか。やっぱたーくんも、普通がいい? 普通のカッコして、普通に喋ってる私の方がいい?」
「そりゃ、まあ」
 あまりに沈んだ声に驚くものの、太郎は肯定する。当然だった。至極一般的な感性しか持ち得ない彼が、彼女を理解することはできないのだから。
「そっか。……そっか。そうだよね、朝も答えくれなかったし……」

80 :No.21 そして明日もいつもが続く(3/5) ◇dx10HbTEQg:07/12/17 00:04:05 ID:QFXccQ9Z
 太郎の返事に何度か頷いて、ラムはぱっと頭をあげた。にっぱりと笑って、可愛らしく舌を出す。
「また怒られちゃった」
 この格好では授業など受けさせてはくれないだろう、そう言って帰路に着く彼女を見送る。いつも通りに戻った彼女だったが、何か変だ。
 しかし、と太郎は首を振って違和感を振り払った。気にしたって仕方ない、なにせラムは変人なのだ。
 凡人である太郎は日常を満喫すべく教室に戻ることにした。きっと明日にはまた新バージョンの彼女を嫌がおうにも見せ付けられることになるのだろうし。
 ……そういえば朝の答えとは何のことだったのだろう?

 そして次の日の朝。考えが間違っていたことを、彼は知る。
「おはよう、たーくん。今日もいい天気だねえ」
 玄関先には黒髪を綺麗にまとめ、制服をちゃんと着こなし、にっこりと微笑む彼女がいた。
 誰だ、と太郎は混乱する。わざわざ迎えにきてくれる女の子なんて一人しかいないが、そいつは宇宙人だったはずだ。こんな可愛い子、知らない。
「やだあ、たーくん。どうしたの? 私ラムだよ。ラム」
「え、え。ええ、え、えええ?」
 普通だった。普通すぎるほどに普通だった。いつもの宇宙人スタイルに見慣れた目が現実を受け入れてくれない。
「どうどう? たーくん、私可愛い? 可愛いかな?」
 ドキマギと頷くと、ラムは一瞬だけ顔を曇らせ、しかし何事もなかったかのように太郎の手を引く。
「じゃ、学校いこっか」
 ラムに手を引かれ、太郎は通学路を歩く。周囲が奇怪なものを見るかのような視線を向けてくる。普通が、おかしい。

 学校での反応は想像以上だった。生徒指導の先生にはよくやったと感涙しながら背中を叩かれ、教室に入った瞬間クラスメイトの時が止まった。
 格好が奇抜すぎて気づかなかったが、意外と可愛いのだと男達はこそこそ囁きあった。
 しかし、と太郎は歓迎ムードを眺めやる。なにか、違う。
 歓迎しているらしいのに何処か腫れ物に触るかのような学友の態度だとか、教員の厄介ごとが片付いたとばかりの安心しきった表情。
 昼休みを待って、彼はラムの手を引き教室を出た。後ろからちらほらと口笛が起こったが、誰も話しかけようとも追いかけようともしてこなかった。いつも
太郎が手を引かれてばかりの関係だったから、こんな体勢は珍しい。
「どうしたんだよ一体」
 立ち入り禁止の札を超えた先の屋上にはまだ誰もいなかった。しかしすぐに昼食を食べに人が集まるだろうからと焦り、太郎は責め立てるように言う。
「いきなり、びっくりしたぞ。なんでそんな……」
「可愛いでしょ、私。ふつーに」
「いや、まあ、可愛いけど……」

81 :No.21 そして明日もいつもが続く(4/5) ◇dx10HbTEQg:07/12/17 00:04:18 ID:QFXccQ9Z
「ね。今までの私は可愛くなかったでしょ? だから、いいの」
 はたと太郎は気づく。
 ラムの突然の変貌は、全て太郎の説教に端を発していたのだ。
「え、でもなんで、今更」
「いいの、もう。普通で満足できる人には分かんない。分かんないし」
 笑いもせずに言い切って、ラムは扉を潜って階下に走る。その姿を呆然と見送って、太郎は柵に身を預けた。
 深く吐いた息が虚空に溶けていく。そういえば可愛いかと聞いてきた彼女にそれと答えたことはなかった。
 宇宙人。
 そういう問題以前に、人間とも思っていなかったのだ。
 もう一度吐いたため息が溶ける前に、太郎は身を起こす。謝らなくてはいけないのだろう。
 ――そして太郎が暴力沙汰の発生とラムの停学を知ったのは、教室に戻ってすぐのことだった。

 チャイムが間抜けな音を立てて来訪者の存在を告げる。いつも迎えにきてもらっていたから、逆の立場になるのは珍しい。今日はなんとも珍しいこと尽くしだと、太郎は中林の表札を間抜けに眺めた。
 足跡を鳴らして出迎えてくれたのは眉を八の字にしたラムの母親。そして通されたラムの部屋は、想像以上に普通だった。
「掃除でもしたのか?」
「ううん? いつもこんなだよ?」
 イメチェンと共に模様替えしたというわけでもないということか。箪笥からはみ出したアフロや積み重なったシルクハットがおかしな主張をしているが、そ
こそこ整頓された部屋は奇抜なイメージしかなかった彼女からはかけ離れていた。
 急にここは女の子の部屋なんだと意識してしまい、太郎はかちこちになる。
「話は聞いたけどさ、何やってんだ、お前」
 教室で聞いた話を要約すると、太郎が離れた瞬間を狙っていたかのように下半身で出来た男がラムに言い寄ったらしい。おそらく奇抜な彼女に軽薄な
印象でも抱いていたのだろう。まんまと返り討ちにあったが、方法がまずかった。下半身で出来ているからといって下半身に攻撃を加えてはいけないだ
ろう。同じ男として、背筋にあわ立つものを感じる。結局普段の行動も災いし、ラムは停学処分と相成ったのだった。
「うん。また怒られちゃった」
「心配、したぞ」
「えへへ。ごめん」
 痛々しさを感じるほどの空笑いを直視したくなくて、彼女の母親に入れてもらったオレンジジュースを意味もなくかき混ぜる。
 暗い沈黙が落ちる部屋を切り裂くのは、やはり暗いラムの声。
「普通、目指したけどやっぱ無理。無理だったよ」

82 :No.21 そして明日もいつもが続く(5/5) ◇dx10HbTEQg:07/12/17 00:04:29 ID:QFXccQ9Z
 太郎には、彼女の言っていることが分からなかった。奇抜さで周囲の目を引くよりも、絶対に普通に生きる方が楽だと彼は信じている。
 分かるとか分からないとか深く考えもせずに言い切るのは簡単だ。だがきっとそれを繰り返せば、また同じ事を繰り返す。
「現状に、満足してるからかな。ラムは無理なのか?」
「なんかね、普通じゃだめなの。違うな、多分普通でも大丈夫なんだけど、でも、自信がなくて、逆効果なのは分かってるのに」
 ラムの言動を思い起こし、一つずつ吟味する。きっと彼女の行動の何かにヒントがあるはずだ。
 いつもの彼女と、今の彼女。違うところと同じところを探し――見つけた。見つけた瞬間に、太郎の顔の温度が上昇した。
「変かな、私。変だよね。普通じゃなきゃ、駄目って分かったのに」
 やっぱりそうだ。一度思い当たると思考は止まらなくなる。そもそも何度も彼女は明言していたのに、気づかなかった自分が鈍すぎるのだ。
 どうすればいい。平凡をこよなく愛する男は、経験したこともない変な状況に混乱するばかり。この場合、どうすればいいのか。
 よしと、消沈しきったラムに、彼は意を決した。
「……今のラムの方が可愛い。でも、地球の裏側からは見つけられないかな」
「なに、それ」
「いつものラムだったら、どこに居てもきっと見つけられる。こんな馬鹿なやつ、お前しかいないからなあ」
 正しい言葉なんて分からない。普通すぎる彼にはやはり、ラムのことなんて理解できない。だから、ただ思ったことを口に乗せた。
「そっか。……そっか」
 太郎の返事に何度か頷いて、ラムはぱっと頭をあげた。にっぱりと笑って、可愛らしく舌を出す。
「ぴっぴろっぴー」
 またもや出現した謎言語に気おされるが、太郎にははっきりと伝わった。
 今はそれでいい。現状に満足だ、と。

 明くる日の玄関先に、宇宙人が居た。
「おっはなのっだー。今日も元気なのっだー。がんばるのっだー」
 結局元通り、変になった彼女を見て、太郎は苦笑を隠せない。周囲の視線も気になるがもう慣れたものなのだから、今更どうってことはない。
「ねえ、可愛い? おいら可愛いかな? なのだー」
 可愛らしい微笑みを見せるラムに、彼も同じくらい満面の笑みを浮かべた。
「ぴっぴろっぴー」


<どんとはらい法螺の貝コぼうぽと吹いた>



BACK−週日奇譚◆rmqyubQICI  |  INDEXへ  |  NEXT−穴◇auUGGdiE0