【 週日奇譚 】
◆rmqyubQICI




73 :No.20 週日奇譚 1/5 ◇rmqyubQICI:07/12/17 00:01:55 ID:QFXccQ9Z
 気がつくと、僕は真っ暗な場所にいた。しかも、どういうわけか体育座りで。
 真っ暗というのは本当に真っ暗で、ぐるりと周囲を見回してみても、光源のひとつすら
見当たらない。恐る恐る両手で辺りを探ってみるけれど、やはり何も見つからなかった。
 どうやら僕は、眠っている間にここへ連れてこられてしまったらしい。ならこれからど
うしようか、などとぼんやり考えていたところ、でんでろでーんと、不気味なような、間
の抜けたような音がどこからか聞こえてきた。その音が止むと同時にぱぁっとスポットラ
イトが灯り、袖の広い中国風の服を着た、五つの人影を映し出す。五人は僕の目の前、何
メートルか離れたところに、横一列に並んで立っていた。
「俺は『火』だ」
 僕から向かって左の端、赤い服を着た不良っぽい男が言う。その男の頭には、何本もの
ろうそくが、白いはちまきによってくくりつけられていた。いわゆる丑の刻参りスタイル
というやつだ。ろうそくに火がついておらず、金槌も藁人形も持っていないのを認めて、
僕は少し安心した。
「私は『水』です」
 次いで『火』の隣、薄い水色の服を着た細身の女性がそう言って、ぺこりと僕にお辞儀
をした。つられて僕もお辞儀を返す。そしてにっこりと微笑む彼女のまた隣、口をへの字
にかたく結んだ、いかにも気難しそうな初老の男が、こう続けた。
「儂は『木』だ」
 そう名乗った男は、抹茶アイスのような色の服を着ていて、頭には何かの苗木が植わっ
た鉢を乗せている。なるほど、分かりやすい。そしてさらに隣、
「『金』よ。見れば分かるでしょうけど」
 黒い服を着た金髪の女性が、吐き捨てるように言った。左肩からたすきのようにして、
古今東西の小判やらコインやらをじゃらじゃらと吊るした帯をかけている。少し露骨すぎ
やしないだろうか。
「で、あたしが『土』ね」
 向かって右端、最後の一人が言った。砂色というのだろうか。晴れた日の砂浜のような、
薄い黄土色の服を着ている。豊満だとか妖艶だとか、そういう「イケナイ」類いの形容が
似合う女性だ。
「急にお呼び立てして申し訳ございません」

74 :No.20 週日奇譚 2/5 ◇rmqyubQICI:07/12/17 00:02:08 ID:QFXccQ9Z
 『水』と名乗った女性がそう言って、頭を下げる。長い髪が床につきそうなくらい深々
とやられたので、僕も慌てて礼を返すと、彼女は少し困ったような顔でこう続けた。
「今日来ていただいたのは、来年度から一週間が一日減って六日になるのですが、それに
ついてあなたのご意見を伺いたいと思ってのことなのです」
「『それについて』、とは?」
 僕がそう聞き返すと、今度は不良っぽい『火』が答えた。
「つまりだな。俺らはさっき言ったとおり『火』、『水』、『木』、『金』、『土』だ。
で、一週間が一日短くなるってことは、曜日も一個減る。火曜日、水曜日、木曜日、金曜
日、土曜日。このうちのどれかがなくなるってんで、じゃあどいつが辞めるべきかっての
をあんたに決めてほしいのさ」
「……なんで僕が?」
「『日』と『月』がそう言ったから」
「『日』と『月』のどっちかが辞めればいいのでは?」
「駄目だ。『日』と『月』は人間にとっても自然にとっても一番大事な要素だからな」
「はぁ……」
 そういうものだろうか。『火』が言うんだから多分そうなんだろう。何の根拠にもなっ
てないけれど。
「とりあえず、水はすごく大事ですよね」
 僕は目の前の五人をざっと眺めて、まずそう言った。『水』は彼女の瑞々しい髪をふわ
りと揺らして、さっきよりは浅くお辞儀をしてくれた。
「『金』っていうのは、要するに金属のこと?」
 続いて『金』にそう尋ねると、彼女は面倒そうに頷いてよこした。
「ふーん。金属っていうと機械とか、そういう人工物のイメージがあるなぁ」
「それだけ人間の技術と相性がいいってことよ」
 それに、と『金』は続ける。どこからか金塊を取り出して、
「今の時代、私がいないと回らないわよ」
「……なるほど」
 確かに経済的な意味でも金属は大事だ。が、やっぱり露骨すぎやしないか。
 それから僕はまた少し考えて、

75 :No.20 週日奇譚 3/5 ◇rmqyubQICI:07/12/17 00:02:30 ID:QFXccQ9Z
「よく考えたら『木』だけ浮いてない? 他のものはこう、自然の基本的な構成要素だと
思えるんだけど、『木』だけは派生的な構成要素というかさ」
 今度はそう問いかけてみる。すると『木』は、眉間にしわをよせてこう答えた。
「失敬な。儂は生命活動を象徴しておるのだ。『火』、『水』、『金』、『土』。この四
つからどうやって生命が生まれるというのか。生物が存在するためには、儂がおらねばな
らんのだ」
 うーん、そういうものなんだろうか。『木』が言うんだからそういうものなんだろう。
いや、でも自分のことだからなぁ。
 僕が悩んでいると、『木』はさらに、こう続けた。
「だいたい、人間は私を使って火を起こすこともできるのだろう。あの阿呆面を下げた『火』
の方が、儂よりもよっぽど場違いではないか」
「なんだと!」
 『火』が叫ぶと同時、彼の頭にくくりつけられたろうそくが、一斉に燃え上がった。そ
の炎の勢いたるや、ろうそくや花火なんてものではなく、まるで火炎放射器のようだ。
 しかし、『木』の方も負けてはいない。頭に乗っている苗木がみるみるうちに成長し、
ほんの数秒で人の背に倍するほどの大きさに育った。そして間に挟まれた『水』は、おろ
おろと二人を交互に見つめている。見ていると巻き込まれそうな気がしたので、僕は三人
から視線を外した。
 気付けば、無表情で金貨をいじっている『金』の隣に、いつの間にか『土』の姿がない。
あれ、と僕が呟いた途端、頭の後ろから、砂色の袖がにゅっと伸びてきた。
「『土』さん?」
 上を見上げると、やはりそこには『土』の顔が。
「心配しなくても大丈夫よー。あいつらが暴れても、お姉さんが守ってあげるからね。
 で、その代わりっていうのもあれなんだけどー……」
 そう言ってにっこりと笑う『土』に、僕が口を開くのより早く、『金』の忌々しげな声
が答えた。
「やり方があざといのよ、あんたは」
「なんですって?」
 『金』の方に向き直り、『土』が頬をひくつかせて言い返す。

76 :No.20 週日奇譚 4/5 ◇rmqyubQICI:07/12/17 00:02:47 ID:QFXccQ9Z
「あなた、よくそんなこと言えるわねぇ。その服、この人だって心の中では悪趣味だと思っ
てるはずよ」
 さらに、『金』が無表情で返す。
「人間に媚売るなんて恥ずかしいと思わないの? 尻軽女」
「……何? あたしとやる気なの?」
 『土』がそう言い終えるや否や、床がぐらぐらと揺れ出した。
「じ、地震だ!」
 僕の叫びを皮切りに、とうとう恐れていた事態が起こってしまった。『火』の炎は蛇の
ような形となって『木』に迫り、対する『木』の方も、無数の枝を伸ばして『火』を攻撃
する。『水』は二人の間に入り、足下から湧き出す水を使って双方の攻撃を食い止めてい
るけれど、多分長くはもたないのだろう。
 もう半分涙目で、僕がその戦闘から目を背けようとした、その時。
「いいわよ、撃ってきなさい」
 『土』の挑発的な口調に、かつてない嫌な予感を覚え、僕は慌てて『金』の方を見た。
 その手の中には、やはり『アレ』があった。ずっしりと重くて、黒光りしていて、ちょっ
と指に力を込めるだけでぱぁんと鉛玉を飛ばせてしまう、『アレ』だ。
「『土』さん! 駄目です、死にますから!」
 僕は気が動転して、思わず叫んでしまう。すると『土』は、
「大丈夫、銃くらいどうにでもできるから」
 抗議する僕の口を手でふさぎ、また、さっきの言を繰り返した。
「さぁ、撃ってきなさい!」
「んぐー!」
 声にならない叫びを上げながら、僕はもう恐くて恐くて、ぎゅっとまぶたを閉じた。し
かし、まだ銃声はしない。僕の恐怖はもう頂点に達していて、数秒がまるで数時間にも思
えるというのに、何秒待っても銃声がしない。あぁ、まだこない。
 まだか、まだか、まだか――!




77 :No.20 週日奇譚 5/5 ◇rmqyubQICI:07/12/17 00:03:05 ID:QFXccQ9Z

「――もう嫌だっ!」
 そう叫びながら、僕は全力で身を起こした。ばさりと布団をめくる音が響く。
「あ、れ?」
 独り言ちて、周囲をきょろきょろと見回す。まだ夜らしく、窓から差し込む明かりがな
いのでよく見えないけれど、慣れた枕の感触といい、また布団の手触りといい、間違いな
い。
「よかった、僕の部屋だ……」
 つまり、すべて夢だったのだ。なんということもない、ただの悪夢。妙にリアルではあっ
たけれど、終わってみればただの幻だ。
 僕がほっとして溜め息をつくと、どこからか、聞き覚えのある音がした。でんでろでー
ん、と。そしてそれが鳴り止むと同時にスポットライトが三つの人影を映し出し――。
「我は冥王星ぞ」
「俺が海王星だ」
「そして私は天王星。さて、本日我々が参ったのは、来年度から一週間が一日増えて八日
になるというので……」


  缶



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