【 プリンと風邪とお姫様 】
◆VXDElOORQI




69 :No.19 プリンと風邪とお姫様(1/4) ◇VXDElOORQI:07/12/16 23:59:48 ID:w6ZS4p/J
「ただいま……」
 げっ、妹が帰ってきた。おいおい、今日は部活で遅くなるんじゃなかったのかよ。部活がある日は
いつも遅いのに、なんで今日に限ってこんな早いんだ。
 俺の手には今、半分くらい食べたプリンとスプーン。
 プリンは妹が買ってきた一つ五百円もするプリンだ。
 やばい。隠さないと。見つかったらまたガーガー文句言われるに決まってる。
 でもいざ隠そうと思っても、隠す場所がまったく思いつかない。
 台所でプリンを持ったままあたふたしていると、妹が台所に入ってきた。
 ああ万事休す。新しいプリンを買ってきて勘弁してもらおう。うん、そうしよう。
「あ、お兄ちゃん。ただいま」
 外は寒かったのだろうか、妹の顔は赤く色づいていた。
「お、おかえり。早かったな」
「うん」
 勘弁してもらおう。とは思ったものの、なんの抵抗もしないまま諦めるのは癪なので、プリンを背
中に回して隠してみる。我ながら往生際が悪いと思う。
 妹は気持ちおぼつかない足取りで、冷蔵庫へと向かう。
 やばい。冷蔵庫の中にプリンがないことに気付くかも。
 妹はスポーツドリンクの入ったペットボトルを手に取り、プリンが姿を消したことに気付くことな
く、冷蔵庫の扉を閉めた。
 俺は胸を撫で下ろす。だが安心したのも束の間、妹はスポーツドリンクをひとくち飲み、言った。
「私のプリンは?」
 ワンクッション置くのは卑怯だ。俺の安心を返せ。
 俺は動揺を悟られないように出来る限り、普段通りに答えることを心がける。
「ささささあ?」
「そう」
 妹はそう言うと、ペットボトルを持ったまま、台所を出て行った。。
 なんか、変だな。妙にあっさり引き下がった。いつもなら俺の完璧な演技すら看破して、プリンを
食べたことを妹が持ちうるボキャブラリーの全てを使って糾弾してくるはずだが。
 この前、俺が勝手に妹のプリン食べたときなんか『お兄ちゃんのばか!』『あほ!』『楽しみにし
てたんだから!』だけで三十分も俺を罵り続けたのに。

70 :No.19 プリンと風邪とお姫様(2/4) ◇VXDElOORQI:07/12/16 23:59:59 ID:w6ZS4p/J
 それなのに今日は、やけにあっさり引き下がったな。プリンがないことには気付いた様子だったの
に、一体どうしたんだろう。学校でなにかあったのか。それとも体調が悪いのか。どちらにしても今
日、妹の様子がおかしいのは確かだ。ちょっと話を聞いてみようかな。
 そんなことをプリンを食べながら考えていると、不意にガタンという音が聞こえてきた。
 考えるのを中断して、音がした方向、廊下に出てみると、妹が倒れていた。
「おい! 大丈夫か!」
 返事がない。妹の額に手を当ててみると、かなり熱い。ような気がする。
 様子がおかしかったのは、熱のせいだったのか。そういえば足取りもちょっとフラフラしていた。
 救急車を呼ぶか。でも、それまでここに放置しておくわけにもいかないし。
 とりあえず、妹の部屋に運ぼう。 


 検温が終了したことを知らせるアラームが鳴り、妹は体温計を取り出しに俺に手渡す。
「八度二分か。思ったよりも低いな。ぶっ倒れたときはどうなることかと思ったが。まったく体調が
悪いなら、ちゃんと言えよな」
「うん。ごめんね。お兄ちゃん」
「まあただの風邪みたいでよかった。でも本当に救急車呼ばなくていいのか?」
「そんなに大袈裟にしないで大丈夫だよ。ただの風邪だもん。お兄ちゃんは心配性なんだから」
「いいの。兄貴の仕事は妹の心配することなんだから」
 俺は妹の頭を軽く撫でる。妹はくすぐったそうに目を細めた。
 結局、妹は部屋に連れて行きベッドに寝かすとすぐに目を覚ました。
 まったくただの風邪だとわかっていれば、あんな恥ずかしいことしなかったのに。まあ深刻な病気
じゃなくてよかったけど。
 はぁとため息をついて、妹を見てみると、俺とは対照的になぜかにやついていた。
「お前、倒れたってのになんで嬉しそうなんだ」
「ちょっと嬉しいことがあったから」
「嬉しいことってなんだよ?」
「えへへ。ナイショ」
「なんだよ。教えろよ」
「ダメーナイショー」

71 :No.19 プリンと風邪とお姫様(3/4) ◇VXDElOORQI:07/12/17 00:00:17 ID:QFXccQ9Z

 飲ませた薬が効いてきたのか、妹の熱は多少下がり、薬のせいか妹はウトウトし始める。
「じゃあ暖かくして寝ろよ」
 一晩中看病するほどの病気でもないし、疲れと薬の効果で今晩はしっかり眠れることだろう。俺も
慣れない看病で少し疲れた。寝たい。
「あ、お兄ちゃん」
 俺が部屋を出ようとすると、妹が袖を掴みいかせてくれない。
「ねえ、お兄ちゃん、今日は一緒にいて」
「え。なんで」
「だってお兄ちゃんがいると安心するんだもん。お願い。今晩だけでいいから。私が小さいときに風
邪引いたときは一緒にいてくれたでしょ」
「俺に風邪うつして治すつもりだろ」
「バレたか」
「まったく。……今晩だけだぞ?」
「うん。ありがと」
 妹は眠そうな目で力なく笑い、そのあとすぐに眠ってしまった。


「お兄ちゃんおっきろー!」
 妹の大声で目を覚ますと、もうすっかり朝だった。
 なんか寒い。いや、部屋自体は暖かい。寒いというか寒気がする。
 俺は自分の額に手を当ててみた。熱い。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「お前、もう大丈夫なのか?」
「うん! もうすっかり元気だよ!」
 こいつ、本当にうつして治しやがった。

 妹はまだ病み上がりということで俺が学校まで送ることにした。
「お兄ちゃん、寝てなくて大丈夫なの?」
「これくらいなら多分大丈夫。それよりお前こそ大丈夫なのか?」

72 :No.19 プリンと風邪とお姫様(4/4) ◇VXDElOORQI:07/12/17 00:00:32 ID:QFXccQ9Z
「うん!」
 妹はピョンピョンと飛び跳ね、元気っぷりをアピールする。
「病み上がりでそんなにはしゃいでるとまた倒れるぞ」
「えへへ。倒れたらまたお兄ちゃんにお姫様抱っこで部屋に運んでもらうもーん」
「なっ」
 なんで俺が妹をお姫様抱っこで部屋に運んだことを、意識失ってたこいつが知ってるんだ。
 意識ないと思ってたから、恥ずかしかったけど、おんぶより落とす心配が少ないお姫様抱っこで運
んだって言うのに。
「お前、あの時もう起きてたな?」
「んふふ。ナイショー」
 そう言って妹は元気に外に飛び出していった。
 はぁ。俺はため息をついて妹の後を追う。とりあえずプリンのことは忘れてるらしい。よかった。
 先を歩いていた妹が不意に振り返る。
「ところでさ、お兄ちゃん」
「ん?」
「昨日、私のプリン食べたでしょ?」 

おしまい



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