【 鬼物語 】
◆InwGZIAUcs




64 :No.18 鬼物語(1/5) ◇InwGZIAUcs:07/12/16 23:58:05 ID:w6ZS4p/J
 激しく燃え盛る焚き火を囲み人々は踊る。酒を飲み交わす愉快な叫声は夜空に轟いて、
村全体を震わせていた。今宵は誰も眠らずに踊り続ける。村人を脅かしていた鬼からの解放の宴である。
 その際、村一番の勇敢な男を犠牲にはしたが、村全体から見れば些細なことだ。一夜の通しての宴は大いに喜びに満ちていた。
 そんな中、時折沸く村人の笑い声を背に、ヤマトは少し離れた森の中にいた。
 彼は剣を両手で握り、振り続けている。一人稽古とは言えないほど激しい彼の動きはまるで、
戦死した父の悲しみを振り切るような振る舞いにも見える。
 険しくつり上がった眉。犬歯を出さんばかりに食いしばった唇。それらを伝う汗が流れるほどとなった頃、
粗い線をなぞる剣筋に握力がついていかず剣が手をすり抜け、勢い良く闇の向こうへと飛んでいってしまった。
 まだ少年という年頃のヤマトが、大人用の剣を振るっていたのも一因だろう。
「あ……」
 村の方から差し込む焚き火の灯りを頼りに探すのは困難だ。
(どうしたもんかな……朝まで待ったら、剣を持ち出したのも怒られるだろうし……)
 とその時、ヤマトはこの先にある建物のことを思い出した。
(たしか祭壇があるんだっけか? そこなら確か外壁に松明もあったはずだな)
 本来なら誰かしら門番がいて、そこを見張っているはずだったが、今日のこの騒ぎでは誰もいないだろうと彼は踏んだ。
 そこは大人以外立ち入ることを禁じられた場所……そのことも思い出し、好奇心も沸いてくる。
 森の向こう、闇の中に目を凝らせばたしかにぼんやりと灯りが彼の目にも見えた。
「……よし」
 彼は暗がりを進むことにした。

――同時刻、森に用を足しに来た村人の一人がヤマトの背を見た。

 程なくしてたどり着いた祭壇は石壁造りの建物で、その外壁には確かに松明が設えられていた。
 そっと手を伸ばし、その松明に触れようとしたその時――
「ッ、ハクション!」
 ヤマトはおっかなびっくり辺りを見渡す……誰もいない。が、次いで鼻を啜る音が建物の中から聞こえてきた。
「誰かいるのか?」
「……あなたこそ、誰?」
 中から聞こえてきたのは女の声、それも年端も行かないだろう少女の声だ。
 それはヤマトの知る限り聞き覚えの無い声だった。

65 :No.18 鬼物語(2/5) ◇InwGZIAUcs:07/12/16 23:58:17 ID:w6ZS4p/J
「俺は……いや、そこで何をしてるんだ? ここは立ち入り禁止だぞ?」
「閉じ込められているんです」
「なんでだよ?」
「……生贄」
「生贄? 鬼ならもう退治されたぞ? だから今日は村中夜通しの祭りをしてるんだ――」
 そこまで言ってヤマトは気づく。
(ああ、この子は生贄にされる予定だったんだ)
 それに加えて他村の子かもしれないという事が頭をよぎる。村の掟で明るみには出ていないが、
少年であるヤマト達、つまりは子供たちの間でも、鬼に捧げられる生贄は他村から募ることがあるという噂が流れている。
 まさに村という小世界における汚れた事情であり、子供の耳には直接触れることの無い部分でもある。
 事実この村は、豊かな土地で採れる農産物と他村の人を交換し、生贄にしていた。
「……わかった。俺がそこから出してやるよ。お前、違う村の子なんだろ?」
(村人達は浮かれて彼女のことを忘れている。こんな場所にずっと閉じ込められてたら忘れられて死んでしまうかもしれないぞ)
 ヤマトは、立ち入ることを禁じられた祭壇に入ることを決意した。
 木製の扉を開きそれをくぐる。
 しかし、荘厳とした造りを想像していた彼の予想とはだいぶ違い、屋内は簡素な祭壇と、
厳重に鎖などで鍵がかけられた鉄格子の部屋があるだけ。そう、言い換えるならそこはまるで牢屋だ。
「あ……」
 つい間抜けな声を上げたのはヤマト。彼は牢屋に閉じ込められている少女に目を奪われた。
 白い生地にまるで血のように赤い刺繍がされた美しい着物。絹のように流れるたっぷりの健康的な白髪。
そしてその少女の可憐な細面。美しい少女がそこに捕らえられていたのだ。
「……どうしました?」
「なんでもない」
 やはり他村の子だろう。これほど美しい少女に気づかないはずが無い。
「何故わざわざ助けてくれるのですか?」
「さっきも言ったけど鬼はもう退治されたんだ……だから生贄は必要ないんだよ。それに親父が命がけで鬼を退治したように、
俺も親父みたいに強くなりたい。だから、困ってる君を放ってはおけない。それだけだよ……」
 言葉はどこか浮いていて、それよりも、月明かりに映える彼女白い肌と着物の朱がヤマトにはとても艶やかに見えて戸惑う自分が情けない。
 自分の赤くなった顔まで月は照らしたりしないだろうか? などと考えてしまい、彼はその場を後にした。
「……っちょ、ちょっと待ってて!」

66 :No.18 鬼物語(3/5) ◇InwGZIAUcs:07/12/16 23:58:32 ID:w6ZS4p/J

――用を足し終えた村人は、村長にヤマトが祭壇に近づいていることを告げた。

 幾重にも鎖で硬く閉ざされた扉を開けるには準備が必要である。ヤマトは松明と、先ほど飛ばしてしまった剣を手に戻ってきた。
「ただいま……えと、鎖を千切ってみるよ」
「はい」
 彼は剣を探している間中ずっと考えていた。
(ただ剣で叩いたんじゃ鎖は破れない……だったら火で熱くしてやれば)
 鎖を松明で炙り十分に熱した後、その剣の先を鎖に叩きつける。
 何度も何度も、叩きつける。決して小音では無い金属音が当たりに響くが、二人以外誰の耳にも届かない。
(彼女は)
 剣先が下になるように逆手で剣を握り高く構えた。
(俺が)
 一気に振り下ろす。
(助ける!)
 がしゃん! 弾けるように鎖は千切れとんだ。
「よし、行こう……あれ? そういや名前聞いてなかった。俺はヤマト」
「私はクズハ」
「クズハ……行こうクズハ! 君の村まで俺が連れて行くよ」
 ヤマトはクズハの手をとり歩き出す。その後ろを、クズハは嬉しそうについていった。
 この時ヤマトが震えたのは歓喜によるもの。一人の見知らぬ少女を助けるという冒険の始まりを予感したのだ。

――血の気の引く村長の顔色と同じく、村の祭りの騒ぎもその色を変えていった。

 村をあと少しで抜け出せる。その時だった。
「止まれヤマト!」
 村長の罵声でヤマトは歩を止め振り返った。
 その先には一見して百を超える男衆が各々武器を持ち、必死の形相で彼と、彼女を睨んでいる。
「な、なんですか? これは何がどうしたんですか!」
 狼狽したヤマトは思わず叫んでいた。

67 :No.18 鬼物語(4/5) ◇InwGZIAUcs:07/12/16 23:58:45 ID:w6ZS4p/J
「お前! 何をしてくれてるんだ!」「そうだ!」「裏切り者が!」
 そんなヤマトをよそに、口々に罵声を浴びせる男衆。その中から一人見慣れた恰幅良い男、村長が顔を出した。
「ヤマト……その手を握っている女こそ、鬼なのだ」
「鬼?」
 ヤマトは反射的に振り向く。振り向いた先には、大きな月を背に微笑を浮かべるクズハがいた。
 手を、離した。
「くすくす……ははは、はははははははは!」
 微笑は哄笑に、恐ろしいほど大きく開かれた瞳に、ヤマトははっきりと恐怖した。
 その美しくも異様な光景にヤマトだけでなく、取り囲んでいた男衆も足がすくんだ。
「な、なんで? ……鬼は退治されたんじゃ……」
 村長が彼の問いに答える。
「我々に鬼を殺すことはできん……せいぜい手傷を負わせ、封印するのが関の山なのだ」
「ははは! せっかくの囚われた姫君役もここまでじゃのう……ヤマト、楽しかったぞ?」
 圧倒的な存在感――この場にいた誰もが歯噛みをした。敵わない、と。
 鬼の妖術は天地を操り、その爪は木どころか岩すら裂く。
「星の巡りが良かったようじゃな。再び月の下に舞い降りることができた妾を祝おうてくれぬか?」
 答えるものは誰もいない。しかし、ヤマトだけは違った。
 ヤマトは背にかけた剣を抜き放ち、クズハへと切っ先を向ける。
「騙したのか! 俺を騙したのか!」
「……ふー」
 クズハは息をそっと吐いた。
 そのそよ風にも満たない息はたちまち渦を描き辺りの空気を巻き込んだ。現れたのは竜巻である。
 風に巻き込まれたヤマトは空高く舞い上げられ、地面に叩きつけられた。
「祝ってくれる者はヤマトだけか……ならば妾が祝おうか? そなた等の肉を肴に血を浴びるほど呑もうぞ!」
 男衆の中に動揺が走り抜ける。轟く怒号に逃げ足を踏むものまで現れた。しかし――
「なんて、言うとでも思いました?」
 突然手のひらを返したように、元のクズハ、いや、先ほどまでヤマトと共にいた彼女の様子に戻った。
 クズハはケラケラと笑う。そして凛と言い放った。
「貴方達人間は何も分かっていない。昔、ここ一帯に住まう魑魅魍魎からの守り神として私を呼び出した。
人間を守る代償として私は生贄を求めたのに、人は手に入れた日常の中で魑魅魍魎の存在を忘れ、

68 :No.18 鬼物語(5/5) ◇InwGZIAUcs:07/12/16 23:59:01 ID:w6ZS4p/J
私はただ生贄を要求する鬼とまで言われるようになってしまった……」
 それは先ほどとは違い、心の底に杭を打たれたような悲しみに満ちた声だった。
「クズハが……守り神?」
 呼吸もままならなかったヤマトは、なんとか肺から息を搾り出し、クズハに問いかける。
「そう、貴方達から見れば、人の生贄を要求する歪んだ守り神……でももう終わり。私はここを離れることにする」
 村人達を冷たく見据えクズハは踵を返す。
「待てっ!」
 ヤマトは立ち上がり、もう一度剣先を向けた。
「クズハは、お前は親父の仇だ! だから……俺と勝負しろ」
「……そうね」
 ポツリとクズハはそう零し振り返った。そして、その振り向きざまに彼女の腕と爪が空気を切るかのように素早く振られる。
 すると、パキン! という乾いた音が村人達が見守る静寂の中響き渡たる。その音の中心がヤマトの剣先であることを知るのに、
皆数秒かかった。そう、彼女は遠当てで剣の刀身を折ったのだ。
「ヤマト、貴方のお父さんとても強かった。私に手傷を負わせるほどに……これからここいら一帯は魑魅魍魎が増えるはず。
この村を守れるくらい強くなったら……また来て。私が貴方の仇であることに違いはないのだから……」
 一歩も動けずにいる彼を見て、クズハは笑った。そっと彼に近づき、耳元でささやいた。
「うん、偉い。逃げ出さないね。きっとヤマトは強くなるよ……だから、きっと私を……殺しにきてね?」
 今度こそ、夜の森道に消えていくクズハ。ヤマトはその後ろ姿を見送る。
「俺は……」
 切っ先のない剣を落とし、とりあえずヤマトは力なく地面を叩いた。
 
 木々のざわめきに、梟の鳴き声に、動物の寝息に混じるようクズハは歌う。それは誰も聞こえない。
――ヤマトがいれば良かったな。最初からいれば良かったな。私は必要ないものな。村に必要ないものな。
――もっと違う出会いがしたかった。姫君役がよかったな。

<終わり>



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