【 穴 】
◇auUGGdiE0




462 名前:穴 1/4 :2007/12/17(月) 02:11:10.93 ID:auUGGdiE0
この人が働く理由はなんだろう?
俺は目の前にいる初老あたりの男を凝視した。
男はだらしなくネクタイを締め、虚ろな目で窓を眺めていた。
額には出来物、頬には染み、脂ぎった頭にはちょくちょく白いものが見え始めている。
ガタンガタン揺れる電車の中で吊革をぐっと握り全体重を吊革にかけてまるでこの電車に命を支えられているようだった。
この男はなぜ働くのか?金の為だ。なんで金がいる?生きる為だ。なぜ生きる?死なない為だ。
そうか、この人は死なない為に生きてるんだ。
俺は見ず知らずの男の内心を思いどうしようもない虚無感に襲われた。
どうする?俺の人生を、どうする?
俺は教室の端で机にうずくまりながら考えていた。
両耳に入ってくる足音、机が揺れる音、喋り声、笑い声、女子の声、そういったものすべてが俺を苛立たせた。
気違いのように奇声を発しながらすぐそこの窓から飛び降りたい衝動を感じた。
これからこんな感じで残り高校生活1年過ごして大学行って4年過ごして就職して、死ぬ。
なんなんだ俺の人生は。嫌だ。これは嫌だ。
じゃあ性格を変えれるとして大学行って酒飲んで合コンしてボーリング行ってテニスにしてスキーして。嫌だ。
どうしたらいいんだ?俺の人生は?
これから俺は何を目指して生きていけばいいんだ?
今のままは、嫌だ。でも遊んで暮らしたいとも思わない。勉強もしたくない。働きたくもない。
人生ってなんだ?女?性欲?人生=性欲?オナニーか?違う。違うぞ。
人生ってのはもっと高貴にあるべきだ。そうさ人生ってのは=で括れるもんじゃない。
いろいろな経験の複合が人生であって山あり谷ありが人生だ。楽しいことだけじゃない。
でも楽しいってなんだ?なにが楽しいいんだ?俺にとってなにが楽しい?幸福?人生楽しいことなんてない。谷だけじゃないか。
今は学生の身だ。社会に出たらもっと楽しくないはずだ。今でも楽しくないのにもっと楽しくないってどういう状態だ?
なんで人生はこんなに辛いんだ。なんで人生にはなんの目的もないんだ。果てしなく無意味。虚無じゃないか!
「西原っていつも寝てるな」
どこからかそんな声がした。

463 名前:穴 2/4 :2007/12/17(月) 02:11:40.75 ID:auUGGdiE0

どうだろう。俺は電車の中で考えた。
俺は自分の人生にほとんど期待していない。
それなら冒険って手もあるんじゃないだろうか?
午後の強い日差しが車内を照らした。
この愛着のない世界を捨てる、という冒険。俺には出来るんだ。
向かいの端に座ってる爺さんがふと目を覚まし辺りを見渡した。
むしろこの世界を捨てる為に俺が選ばれたのかもしれない。
偶然だろうか?俺は人生に絶望している。俺くらい人生に絶望してる高校生が奴が日本に何人いる?
そう、俺は絶望している。この意味のない世界を憎んでいた。その時現れたのだ。
偶然か?違う。まさに世界を捨てろと言わんばかりに現れたんだ。穴が。そうだ。
みぞのあたりがあつくなる気がした。心臓から活気ある血が体中に循環されているようだ。
俺は行く。この世界を捨てる。その為に生まれてきた。俺は、選ばれた。
ここ数ヶ月感じたことのないほど頭がさわやかだった。頭の天辺が軽い。
背骨と脳味噌が繋がっていることを感じる。
踏み出すんだ。今だ。今だ。今しかないんだ。
電車が駅についた。
俺は電車に降りる時ふとこれが電車との最後になるんだ、と思った。
つまりそれは電気によって動く近代的な機械と別れを告げる事だ。
これから頼りになるのは自分の徒歩だけだ。勝手に運んでもらうのではなく自らの足で踏み出さないといけないのだ。
不安はなかった。俺はその事に安心し駅を出た。

464 名前:穴 3/4 :2007/12/17(月) 02:12:03.36 ID:auUGGdiE0
今ほど運命という言葉に勇気づけられる時はなかった。
俺はもはや過去となるであとろう町の風景を目に焼き付けた。
この愛着のある町(いい思い出はないが)を離れる。
それは素朴な寂しさでもあるし来るべき未来への興奮でもあった。
家に着く頃にはその愛着心も吹き飛んでいた。
もはや見納めに家を眺める必要もなくなっていた。
俺はすんなに家に入り親へ簡単な遺書のようなものを書き残した。
自室で軽く深呼吸した。
ここに来て不安が沸々と湧き出した。
当然だ。不安のない旅立ちなどないだろう。
窓を通して鋭い夕日が俺を刺した。
俺は壁にかけてある額縁に入ったダリのポスターを外した。
なぜ俺が選ばれたのか?それはわからない。
ただ現実俺は呼ばれている。進むしかない。
俺は壁に開いた直径80センチほどの大穴を覗き込んだ。

465 名前:穴 4/4 :2007/12/17(月) 02:12:39.99 ID:auUGGdiE0
眩しさに俺は一瞬目が眩んだ。
穴の中では丘の草が風で波打っていた。
青々とした草と木の香りが漂ってくる。
その先には小さい家々が立ち並びその中心に巨大な城があった。
そして二つの太陽がこの世界を明るく照らしていた。
そうだ。俺の認識できる範囲の世界は終わったんだ。
これからは俺の想像すら及ばない世界。それがあるんだ。
背筋がヒヤリとし鳥肌が前進にたった。
しかし奇妙だった。
俺は自分の興奮が冷めていくのがわかった。
それは胸から広がる満足感のせいだろうか?達成感だろうか?
あらゆる誘惑さえ今の俺には無意味のような気がした。
ハッとした。
そうか、これでいいんだ。
宙に浮いたような心地がした。
俺は再び額縁を元の場所に戻した。
この先に広がる世界に対する興味はすでに微塵もなかった。
俺はその夜夢を見た。
夢の中で俺はあの異世界の王になっていた。
一方この現実では俺は行方不明になっていた。
夢の中で親はなぜ息子の苦しみがわかってやれなかったのかと泣き続けた。
学校はいつもと変わりなかった。
俺は起きたときこの夢にとても満足していた。



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