【 エニシング・ゴーズ 】
◆cwf2GoCJdk




83 :No.15 エニシング・ゴーズ 1/5 ◇cwf2GoCJdk:07/12/17 03:33:43 ID:QFXccQ9Z
     Times have changed ――時代は変わった―― 
                       Anything Goes

 安食眞理はその男性遍歴から、同級生に『腐れマンコ』と呼ばれていた。彼女は誰にでも「ヤらせる」女と思われており、少なくともそれは性欲に満ちあふれた男子高校生が「あいつは学内制覇でも狙ってるのか?」と大まじめに発言可能なくらいは真実であった。
 例えば、廊下を歩いている一人の男子。気弱そうな彼だが、反対側から髪を立てた同級生が歩いてくると「よう、『兄弟』」といい、また相手も「よう、『ブラザー』」という。その後は熱い抱擁の場合もあるし、力強い握手の場合もあるし、涼しげな微笑の場合もある。
 こんな場合もある。眼鏡をかけ、理知的な印象を漂わせている少年がこれまた、「やあ、兄弟」というと、髪を茶色に染め、貴金属が身体のあちこちに見受ける少年が、「いや、俺は……」という。眼鏡の少年はあからさまに馬鹿にしたような表情になる。
「彼女はすでに『百人抜き』くらいは達成してるのではないか?」というのが、現在学内でもっとも熱のある話題の一つだった。
 昼休み、屋上で開放的にセックスしているカップル。女の方は、目は大きいがそれほど美人とはいえない容姿で、安食眞理だ。男の方は下半身を中途半端に露出して、ぜいぜいと必死に喘ぎながら腰を振っている。
 授業開始を告げる鐘の音とともに少年は達し、少女はてきぱきと着衣を整え、余韻に浸っている男を残して校内に戻っていく。ドアの傍にいる数人の男子生徒は、彼女が自分たちのすぐ横を通り過ぎるのを待って、空を眺めている少年に近寄り、おきまりの台詞をいった。
「ゆるゆるだったか?」
「意外ときつかったぜ」
「マンコは黒かったか?」
「意外とピンクだったぜ」
 安食眞理は半ば当然ながら、男子からも女子からも好かれていなかった。男子からは屈辱的な通り名を頂戴していたし、女子からは腫れ物のように扱われていた。彼女の『せい』で破局になったカップルは十数いるとの噂だった。
 彼女は人がひしめく教室で遠慮無しに歌う。 

  Though I'm not a great romancer
  I know that I'm bound to answer
  When you propose
  Anything goes

  恋を語るのは苦手だけれど
  プロポーズされたら いつでもオーケー
  “なんでもあり”よ

 つまるところ、彼女は他人を気にしていなかった。

 窓際の席最後列、なにか口ずさんでいる眞理に小柄な女の子が近寄る。
「な☆に☆し☆て☆る☆の?!」
「音楽を聴いてるのよ、ハナ子(仮名)」

84 :No.15 エニシング・ゴーズ 2/5 ◇cwf2GoCJdk:07/12/17 03:34:15 ID:QFXccQ9Z
「あたしも聴♪き♪た♪い♪よっ!」
「うふふ。だめ」
 ハナ子(仮名)は唯一眞理と『まとも』なつきあいをしている少女だった。教師ふくめ、彼女を知るもので、眞理を『普通』に扱う人間はいなかった。眞理がいった。
「そろそろこの学校の男も、残り少ないわね」
「穴☆兄☆弟☆」
 ハナ子はわくわくした顔になった。
「ど@う@す@る@の?!」
「ちょっと遠くに行くわ。もしかしたら外国かも」
「す☆て☆き☆だ☆ね☆」
「ええ、敬虔なカトリックのふりをするわ。相手に信じさせれば、やりまくりマンコも処女マンコも同じね」
 この日を境に、安食眞理は消えるようにいなくなった。その後の彼女を知る者はたった一人……。

「へい、マイク、どうしたんだいこんなところで」
「おいおいジョニー、なんだはないだろう。……実はちょっと悩みがあるんだ。好きな子がいるんだが、その子がな……」
「なんだそんなことかい! どうせ、浮気でも気にしてるんだろ? なあマイク、よく考えてみなよ。きみの想い人がきみを裏切るなんて、あるわけないだろう」
「そうだな! なんだか元気が出てきたよジョニー。やっぱり君は最高の親友さ!」
「ハハハ、照れるぜマイク。ところで、その子の名前はなんというんだい?」
 ――安食眞理。
「マリ・アジキ? なんだ、彼女ならさっきからそこの路地で青姦ってるぜ!」
「おいおい驚きだなジョニー。早くいってくれよ。ま、そんなこと今の今まで知らなかったから仕方ないがな! じゃあ僕も加わってくるよ。ジョニー、きみはどうだい?」
「ああ、僕はもう四回もキメてきて、へとへとさ」

「ねえ、困ったわケリー。最近フランクの様子が変なのよ」
「なによ、あんなにラブラブだったじゃない。下らないのろけ話じゃないわよね?」
「実は……最近女のところに通ってるようなの」
「女? ああそれなら多分」
 ――安食眞理。
「ケリー、あなたの夫も一昨日ヤッてたわよ」
「あの淫売の雌豚め!」


85 :No.15 エニシング・ゴーズ 3/5 ◇cwf2GoCJdk:07/12/17 03:34:38 ID:QFXccQ9Z
 パーティ会場、一人隅に向かうは気取った紳士。ウェイターに落ち着いた声でいう。
「ブランデー」
 前菜を持ってきたウェイターは驚いた。スラックスの一部以外をはだけさせずに、なんとも無駄なく行為に及んでいるではないか。
「なんという紳士!」
「ブランデーは持ってきてくれたかい?」
 後背位で腰を動かしながら微笑を返す。テーブルに手をついているのは――安食眞理。「なかなかの味だな。二つの意味で」

 専門書を読んでいる男。眼鏡は理知的な印象を持たせる。静かな図書館が、激しい息づかいを強調する。
「さあ、次は四十八頁のこの体位でヤろう」
 少々乱れた着衣を直す風もなく、男女はどこに身体を落ち着かせるべきか模索する。官能小説を耽読しているのは、安食眞理。
「静かじゃない図書館もいいものだな」

 眞理はちょっとした有名人になっていた。相手も場所も選ばずにセックスするので、それ故か、周囲の反応も変わり始める。
「おいおい、お前はまだ彼女とヤッてないのかい。まさかチェリー・ボーイでもあるまい」
「なかなかチャンスがないんだよ。いつも予約は満員なものでね」
 そこには一種の格差社会があった。眞理と関係してない者は馬鹿にされたし、忙しい彼女と何度も「ヤレた」男はある種の尊敬の念を集めた。「俺は彼女の『ツボ』も知ってるぜ」とうそぶく者は数知れないが、そのほとんどは彼女と「ヤッて」ないばかりか童貞ですらあった。
「なあ、前に数えてみたんだ。そのときマリは一日に二百三十三人とヤッてた。今ではもっと多そうだ」そんな暇人もいた。だんだんと彼女の存在が大きくなり始めていた。数ヶ月後には、その地区で彼女を知らない者は「モグリ」といわれるまでになった。
 一人の女性を群衆がとりまく。そのなかには裸の女性も多いが、男も女も一人の女性にしか興味がない様子だった。中心にいるのは安食眞理。
 彼女の一挙手一投足に群衆がざわめく。群衆は彼女の手招きや目線に一喜一憂する。恋する人間の陳腐な苦悩を存分に味わう彼らは幸せだろうか。眞理は数人の男から離れ、伸びをすると、服を着始めた。どよめく群衆。それに気をやらずに、昂然と歩き出していく。
 彼女の左右には一メートルほどの空間があり、そこから前に後に途切れることのない人の波ができている。彼女の動きがまるで風と潮の満ちひきであるかの様に波を動かす。左右の行列は彼女を緊張感あふれる様子でみつめる。十数秒に一人は昇天していく。
 そこだけはもはや別の空間だ。十字路も、トンネルも、どんな車道も意味をなさない。獣のような叫び声をあげ続ける男もいれば、鷹を思わせる目でなにか思案に暮れている男もいる。レズりたい女もいる。すべての共通項、原因は『安食眞理』。
「マンコ! マンコ!」となにかの使命感に燃えている人間たちが叫ぶ。
「マリ・アジキ! マリ・アジキ! マリアジキマリアジキマリアジキマリアジキマリアジキマリアジキマリアジキ……」
 言葉の意味が失われるまで彼らはわめいた。
 大群がたどり着いたのは映画館だった。眞理は最前列に座る。その映画は素晴らしい傑作だが、だれもストーリーを追うつもりはなかった。二人を除いて。
「わ☆か☆ん☆な☆い!」
「静かにしてね、ハナ子」
 周囲の興奮と比例するかのように、映画はクライマックスを迎える。大男が大理石の水口を持ち上げ、劇中では噴水が起こるが、館内では上方から水が降った。エンドロールが終わるまで続いたその雨は、「近代理性への反抗」を象徴しているように思えた。
「カ☆サ☆持っててよ☆か☆っ☆た☆よ!」
「うふふ。私にはかかったけど」

86 :No.15 エニシング・ゴーズ 4/5 ◇cwf2GoCJdk:07/12/17 03:35:04 ID:QFXccQ9Z
 ハンカチで顔を拭きながら館内を後にした。
 眞理を目にした狂喜乱舞の集団が歌って踊る。

  Though I'm not a great romancer
  I know that you're bound to answer              
  When I propose                       
  Anything goes             

  恋を語るのは苦手だけれど
  プロポーズしたら すぐに答えて
  “なんでもあり”

 カチャカチャと秩序だったタップダンス。次々と眞理に濁った液体が飛んでいった。

白濁


眞理
白い


精液

黄ばみ




ミルク色
の」

87 :No.15 エニシング・ゴーズ 5/5 ◇cwf2GoCJdk:07/12/17 03:35:22 ID:QFXccQ9Z
「静かにしましょうね、ハナ子」
 そして目の前で数人の男と性交し始めた眞理を見て、「ああ、本当に眞理は処女じゃなくなっちゃったんだ」とハナ子は思った。数千、あるいは数万の人間はじっと眞理だけをみていた。
 眞理と性関係をもった人間は『選ばれし者』と自称・他称されるまでになった。
「学位を取得することはたやすい。だが、『マリ・アジキ』とセックスできのは、せいぜい数万だ。いや、直接の挿入ということになるともっと少ないかも知れない。ともかく、私が断言できることは次だ。『マリはヨーコ・オノよりも有名な日本人女性になった』」
 彼は一部だけ正しかった。どこかの学者はこう語る。
『安食眞理は現在、世界で最も名の知れたアジア人になった』

 これは一人の女性の物語ではない。一人の女性を取り巻く者達の物語だ。人々の眞理への感情はアンビバレントで、彼女は「眞理様」と心からの畏敬をこめてそう呼ばれることもあれば、堕落した淫蕩の象徴のように蔑まれることもあった。
 これは序章である。一人の女性の変化ではなく、彼女以外の変化を紡ぐ序章。
 だからこそ、この反転していく物語を次の言葉で締めくくろう。

終☆わ☆り☆

        ※

 男は影めがけて歩いていた。人の形をしたその影は、微動だにせずそこにあった。
 男の身体は濡れていた。衣服からぽたぽたと水が落ちていき、砂に吸収される。さっきまでオアシスに浸っていたかのようである。
 男は衰弱していた。数日間ずっと、砂漠を自らの足のみで歩いていた。
 男は顔を上げると、一つの事実に気づいた。
『“影ではない”』
 目の前には人間がいた。
 影だと信じていたそれは、男を目の前にしても微動だにせず、視線は遙か遠くのほうにあった。
 男が崩れ落ちる。膝のあたりが湿った。
 倒れ行くなかで、男は微かに、だがしかと『それ』の顔をみた。
 濡れた唇が最後の力を振り絞る。
「せ……」
 明瞭な声だった。
「――聖母マリア――」
 これが途方もない未来の話なのか、神話と化した昔話なのかは定かでない。



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