【 奇妙な関係 】
◆ecJGKb18io




44 :No.12 奇妙な関係(1/3) ◇ecJGKb18io:07/12/16 23:14:24 ID:w6ZS4p/J

 世の中は不思議な事だらけだ。
 今年で十二歳になる僕には、まだまだ分からない事がたくさんある。それでも、歳の
割りには博識だと自負している。少なくとも、そこらでたむろしている金色の毛をした
奴らや、くたびれた顔でロボットのように歩いているサラリーマンよりかはずっとマシ
だと思う。
 彼らは、足元に転がっている不思議にちっとも気付かないのだから。気付いていなが
ら、無視をしているのであればなおさら。
 だから僕は旅をする。今では地平線なんて滅多に拝めなくなってしまったけれど、僕
はゆっくりと地平線を目指して、不思議を探し歩くのだ。家を追い出されたってのは単
なるきっかけに過ぎない。
 僕は同世代の仲間に比べても、背が小さい。その分、足元に落ちているものを見逃さ
ない。不思議だけじゃなく、食べ物だって。
 そうだ。お腹が空いた。前の食事はいつだったか。三日は食べてないような気がする。
 僕は足元と道端のゴミ箱に注意しながら、普段よりも少しだけゆっくりと歩く。こうやっ
て歩いていれば、パンの一切れくらいは見つかるのだ。不思議を見つけるのは得意だし、
楽しいけれど、それじゃ腹は膨れない。
 人混みを右へ左へと縫うように。旅に出てすぐの頃は、よくぶつかって痛い目を見た。
僕よりもずっと大きな人達にはちっこい僕がどうも見えにくいらしく、何度も転んだ。も
ちろん、今ではもうお手の物で、昔、テレビで見た有名なサッカー選手のようにひょい
ひょいと軽やかなステップを刻む。
 それにしても、と思う。世の中はどんどん変わっていく。僕が家を追い出された三年
前を思い起こすと、一層そう感じる。大好きな森は少なくなり、そこに大きな建物がに
ょきにょき生えていく。そして、不思議な事に環境が変わると人が変わった。
 人混みを抜け、街から外れた道を進んでいると、公園に辿り着いた。ブランコとベン
チ、スプリング付きの妙な乗り物があるだけの小さな公園。
 今日はここで夜を過ごそう。昼間あれだけ光り輝いていた太陽も、すっかりオレンジ
色に身体を染めている。結局、食べ物は見つけられなかったけれど、たまにはこういう
事もあるのだ。それがたまたま三日続いただけで。

45 :No.12 奇妙な関係(2/3) ◇ecJGKb18io:07/12/16 23:14:49 ID:w6ZS4p/J

「おう、ちっこいの。何してんだ、こんな所で」
 僕はベンチに腰を下ろすのを止めて、声の方を見上げた。
「もう暗くなるってのに」
 ボロボロで汚い格好をしたおじさんは、僕の隣に座った。一年前だか二年前だか、
あるいはもっと前に通った漁師村の人たちが着ていたような紺色のジャンパーに、所々
黒く汚れているズボン。都会でこんな格好の人は珍しかった。
「なんだ、お前。えらい痩せてんなあ」
 不意に頭を撫でられ、僕は思わずビクっと震えた。何故かにやにやしているおじさん
から少し距離をとって、僕も腰を下ろす。
 苦手だ、思った。一人旅をしていると、時々こうして見知らぬ人が声を掛けてくる。
 僕に話しかけてくるのは、大抵何かが上手くいっていない人だ。仕事だったり、友人
関係だったり、たまに恋愛事。とにかく煩わしい事に、一方的に愚痴を吐き出すのだ。
僕も僕で、聞いてあげるのが自分の務めなような気がしているから、結局その人が吐き
出しきって最後にため息をつくまで、聞く羽目になるのだけれど。
「寒くないか? 親は? ちゃんと食べてんのか?」
 おじさんはそう言いながら、隣に座っている僕を抱き上げて、膝に乗せる。全く、と
息を吐いたけれど、おじさんは気にも留めない。
 また愚痴が始まるのだろう。見るからにこの人は上手くいっていない風貌だ。心が荒
むと、外見も荒む。これも僕が旅をする中で発見した不思議。
 おじさんのジャンパーの埃っぽい臭いに、顔を背けた。
「ちょっと待てよ。ポケットの中には確かあれが……」
 おじさんは右手をポケットに潜らせて、身体を揺する。そうしてポケットから出てき
たのは、食べ掛けの菓子パンだった。
「半分こな」
 二口くらい齧っているパンを半分に割り、片方を僕の口元に差し出す。乾燥した餡子
が顔を覗かせていた。ご馳走だ。僕は少し躊躇いながらも、差し出されたそれを銜えた。
寒いせいか、甘みが口の中に広がるまで時間が掛かった。

46 :No.12 奇妙な関係(3/3) ◇ecJGKb18io:07/12/16 23:15:07 ID:w6ZS4p/J

 それから、おじさんはやはり愚痴を漏らし出した。僕を膝の上に乗せたままで。その
おかげで、僕はベンチの冷たさにも風の冷たさにもに身体を震わせる事はなかった。
 おじさんは自分の事を貧乏な奴だと言った。おじさんがボソボソと囁くように小声で
喋るものだから、あまりよく分からなかったけれど、お金がないって事は理解した。
「はは、情けないよな」
 話の合間にこうしておじさんは笑う。でも、それは楽しくて笑うのとは違って、どこ
か寂しさが混じっている。その笑いを聞くたび、僕はさっきのパンを食べた事を後悔し
た。あれはおじさんにとって貴重な食料だったのだ。
「俺は何しても駄目だよ」
 僕は不思議に思う。何故こんな優しいおじさんが悩まなければならないのか。大体、
何故おじさんが駄目な人なのか、僕には分からない。きっと、僕とおじさんとは何かが
根本的に違うのだろう。そういえば、おじさんの髪の毛は白かった。髪の毛が白い人は
苦労しているのよ、と誰かが言っていた。
「お前、帰る所はあるのか?」
 おじさんはまた僕の頭を撫でる。僕は違うという合図に身体をブルブルと震わせた。
「はは。そうか。じゃあ俺とお前は仲間だな」俺もホームレスだからな、と続ける。
 初めて聞く言葉だった。田舎の家を出てから、ここに来るまで一度も耳にしなかった
言葉。どうやら、このおじさんは家がないらしい。
 ホームレスか。おじさんには悪いけれど、不思議が増えて、僕は楽しくなる。
 そんな僕の表情を嗅ぎ取ったのか、おじさんは僕の顔を覗き込んで言う。
「お前もホームレスだぞ。俺と一緒に寝床を探そう」
 僕もホームレス。そうか、何故か家を追い出された僕もホームレスなのか。
「はは、それにしてもなんでお前は不吉の象徴なんだろうな。不思議だなあ」
 おじさんは今度こそ楽しそうに笑って、立ち上がる。僕を胸に抱えて。
 不思議と懐かしい感じがした。何か始まるような、そんな感覚。
 その正体が何なのかは分からないけれど、僕もまた楽しくなって、ひょいと尻尾を振った。
                              
                                             <了> 



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