【 例えば、独りでも。 】
◆5GkjU9JaiQ




23 :No.07 例えば、独りでも。1/4 ◇5GkjU9JaiQ:07/12/16 22:44:57 ID:w6ZS4p/J
 橇が、夜空を駆け上がる。トナカイの首に付いた鈴は夜空に澄んだ音色を響かせ、眼下
の街は星空と逆転させたように暗闇の中で爛々と輝いていた。
「こいつは景気が良いな!」
 目の前の巨躯の老人――格好は、サンタクロースそのものである――が、下界を眺めな
がら調子を上げて叫んだ。その背中にしがみつく私も、街を見下ろしていると高鳴る胸を
抑えることは出来ない。
 クリスマス・イヴ。
 街が最高潮に輝くその日は、私には関係ない筈だった。けれど、今。私はその恩寵を特
等席で授かっている――

 その仕事を請けたのは、十二月二十四日を暇にさせない為だった。求人雑誌を眺めて、
イヴ一日だけの仕事を見付けて。電話をかけて、面接の日を迎えて。向かった先は、とあ
るビルの最上階。その一室に居たのが。
「いらっしゃい」
 無機質な部屋の中でパイプ椅子に座っていたのは、赤い衣装を着込んだ白髭の老人。
 マズった。
 直感的にそう思った私は、ひとまず開きかけたドアを閉めた。背をドアに持たせかけ、
無人の廊下に佇む。まだ、クリスマスまでには半月ある。気が早いってもんじゃない。
 混乱した頭で状況を整理しようとしていると、背中のドアが無遠慮に開いた。私は短く
声を上げ、前につんのめって壁に手をつく。
「おお、すまんすまん。この前に連絡をくれた方だね」
 振り向くと、先程の老人。
 そのまま本物のサンタクロースで通りそうな程、立派な髭を生やしている。体格も大き
く、貫禄のある佇まいである。
 目尻に皺を寄せ、穏やかに老人は笑う。
「驚かせてしまったね、申し訳ない。とりあえず中へ」

24 :No.07 例えば、独りでも。2/4 ◇5GkjU9JaiQ:07/12/16 22:46:43 ID:w6ZS4p/J
 曰く、本物のサンタクロースだそうだ。クリスマスプレゼントをこの街の人間に届ける
手伝いをして欲しい、と。
 まず、求人広告に書いてあった内容とは全然違う。第一そんなことを言われても、額面
通りに受けとるのは難しい。そんな私の疑念を察したのか、老人は付け加える。
「騙したのは悪かったね。しかし、こうするしかなかったんだよ。この際、私が本物のサ
 ンタクロースかどうかはともかく。君には是非とも手伝って貰いたいんだが」
 私の履歴書を眺めていた視線を上げ、そのサンタクロースを名乗る老人は再びにこりと
笑った。自らの怪しさを認めるような口振りに、私は判断の基準を見失う。
 この好々爺を悪人と見るのは、何だか気が咎めた。それに何より、やけっぱちな気持ち
が私の中にくすぶっていたのが、拍車を掛けた。予定がないよりは、ずっとマシだ。

 十二月二十四日の夜十時、再びここへ。それだけを告げられ、私はビルを後にした。サ
ンタクロースの、お手伝い。
 木枯らしが吹き荒れる中、ほのかに浮き立った気持ちが何だか気恥ずかしかった。マフ
ラーを鼻先まで掛けてそれを閉じ込めると、私はうつ向いて歩き始める。

25 :No.07 例えば、独りでも。3/4 ◇5GkjU9JaiQ:07/12/16 22:46:57 ID:w6ZS4p/J
――吹き荒ぶ上空の風も、気にならない。駆け上がるような勢いはなくなり、優雅に空を
闊歩している。私は自分も被ったサンタ帽子が飛ばされないように押さえながら、今日と
いう日の為に飾り立てられた街の美しさに、ただ感嘆の息を漏らすしかなかった。
「それじゃ、そろそろ始めようか」
 老人はそう言って、私の方に振り返った。
「袋を頼むよ」
 向けられた視線の先には、橇の後部にくくりつけられた真っ白な袋。私はそれを座った
まま持ち上げ、膝の上に抱える。詰まっているのに、軽い。ふと気付くと、紐で結われた
袋の口から柔らかな光が漏れ出している。
「良い子も悪い子も。子供も大人も。恋人達や、家族。皆ひっくるめてプレゼントをする
 んだ。一夜限りの夢を、ね」
 個々のニーズに応えるのは、親や恋人の仕事だからな。苦笑しながら付け足す老人。
 促され、私は紐を緩めた。途端に、袋から光が溢れ出す。夜の空が白に照らされ、や
がてそれは目が眩む程の煌めきを伴い――
 気付けば、暖かな白の結晶が袋から溢れ、空から舞い降り続けていた。
「……綺麗」
 ふと、呟く。
「満足してもらえたかな」
 その言葉に、私は驚いて顔を向ける。老人――サンタクロースは、そんな私を見て微笑む。
「君にも楽しむ権利はあるんだ、この聖夜を」
 包み込むような、暖かな声。私は何も答えることが出来ず、ただうつ向く。
 時計は、十二時を指している。りん、りん、りんと鳴り続ける鈴の音。目を閉じて、そ
れに聴き入る。
 クリスマスが、訪れた。

26 :No.07 例えば、独りでも。4/4 ◇5GkjU9JaiQ:07/12/16 22:47:08 ID:w6ZS4p/J
 目を開けた時、私は部屋のベッドに横になっていた。ハッとして身体を起こすが、上手
く状況が飲み込めない。
 夢、だったのだろうか。
 けれど、私は確かに面接に行き、そして当日にあのビルに向かったはずだ。ベッドの置
き時計を見ると、十二月二十五日の午前八時を示している。
 考えても、答えは出ない。気持ちに納まりがつかないまま、私はベッドから下りてカーテンを開いた。
 アパートの二階から望める街が、白く輝いている。
 澄みきった雲一つない青空に浮かぶ白い陽が、街全体に掛かる、明日には消えてしまう
ような薄雪を目一杯に輝かせていた。

 その眩さに立ちすくんでいると、何かが聴こえてくる。
 りん、りん、りん。
 どこかで、鈴が鳴っていた。私は思わず窓から身を乗りだし、空を見上げる。けれど、
そこには抜けるように青が広がる空しかなくて。
 気付けば、私は微笑んでいた。あの、サンタクロースのように。
―了―



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