【 「妙な跡」 】
◆p/4uMzQz/M




8 :No.3 「 妙な 跡」 1/5 ◇p/4uMzQz/M:07/12/16 14:16:02 ID:cQkbnrZ1
「──ねぇ、アキラぁ」
 出かけようと玄関で靴紐を弄くっていた俺の真後ろから、突然煩い声が降って来た。
「雨降るよ、今日きっと。持っていきな、傘」
 振り向くと、茶色と黒のお化けが傘を俺に差し出して立っていた。
いや、髪を切らないし染め直さないので凄いことになっているだけ、ということらしいが。
「……………………はい」
 差し出されたグレーの折り畳み傘をひったくるようにしてから、俺は扉を開けて家を飛び出した。
閉まる扉の隙間から聞こえた「いってらっしゃいなー」と伸びた毛玉の声がやけに耳に障った。
あぁもう、ムシャクシャする。本当にいい加減にして欲しい、あの人は。
 アスファルトの地面を蹴るようにして、学校への道を軽く走る。空を見上げると、
目が眩むような青空が広がっていた。あんの野郎、適当なことばっか言いやがって。
こんなんじゃどうせ、放課後になっても晴れてるに決まってる。
「天気予報もそういや晴れってなってたじゃないか……」
 何を以って雨が降るだなんて言えるんだ。俺は超能力者の血を引いてなんていないぞ。
 ぼやきながら右手に握り締めたままになっていた傘を、俺は鞄の中に放り込んだ。

9 :No.3 「 妙な 跡」 2/5 ◇p/4uMzQz/M:07/12/16 14:16:21 ID:cQkbnrZ1
「──チッ……クショウ! なんだってあの人の言うとおりになんだよ……」
 俺の目の前に見えるのは、急に降り始めたどしゃ降りの雨に慌てる生徒たちの姿だった。
既に空はドス黒く、雨粒の勢いも結構なもので、人々の放課後の予定は白紙に戻っていくようだ。
「感謝なんて…………しないぞ」
 誰とでもなく呟いて、俺は傘を広げた。水溜りも気にせず歩き出す。
 真っ直ぐ帰って顔を合わすのが癪だったので、街まで足を伸ばしそうと考え、歩を進める。
ゲーセンにでも寄ろうかと思いながら曲がり角を曲がった、その時。
「ぐべっ!!」「ぎにゃっ!!」
 猫と蛙を潰したような声がした。痛い……鼻先と顎が滅茶苦茶痛い。
「何なんだよ…………痛ぅ……」「ぅぅ…………痛ったぁ……」
 どうにか手を突き、倒れるのを堪えた俺の目の前に、見慣れない制服を着た少女が転んでいる。
茶色い髪が雨にぬれ顔に張り付いているが、顔のつくりは非常に美人な娘みたいだ。
それに加えて、脚をこちらに向ける形になっている為、その……、まぁ、あれですね。御馳走様でした。
「……何、あんた。急に人にぶつかって来といて……」
「いやぶつかってきたのはお前だろ常識的に考えて」
 しかも気がつくと、手をついた時だろうか、傘の持ち手の部分が軽く曲がった上に、
地面で擦った跡が付いてしまっていた。まぁ、俺の物じゃないんで良いのだが。
 俺の態度に嫌気が差したのだろうか。はぁー、と溜め息をこれ見よがしに吐きながら、目の前の少女は立ち上がった。
 ……今ようやく気付いたが、この娘、傘とか何も持ってないな。どうりで、最初から濡れてる訳だ。
「もういいわ、悪かったわね、じゃあ」
「ちょっと、待った!」
 背中を向ける彼女の腕を掴んで、傘を彼女に傾けた。
「…………すまん。ぶつかった俺が悪いし……その……」
 正直に言うと、結構緊張しながら俺は今喋っている……。
 何かを探るような表情を浮かべた後で、彼女はこう言った。
「……見た?」「何を?」「見たんでしょう」「だから何を」「……本当に?」
 訝しげにこちらを睨んでくる。失敬な。白いものなんて見えてないぞ。
「一体何の話だよ、ほら、肩濡れてるぞ?」
 もう既に濡れてしまっているのだが、それでも更に雨に降らすのは良くないと思う。うん。
「……………………ありがとう、でも──」

10 :No.3 「 妙な 跡」 3/5 ◇p/4uMzQz/M:07/12/16 14:16:42 ID:cQkbnrZ1
 俺たちは図書館の中に居た。さっきの場所から、ほんの数百メートルしか離れていない場所にある、市民図書館だ。
 彼女は入るなり新聞を噛り付くように読んでいる。何でも、元々図書館に行く予定だったらしく、
此処へ送ってくれと言われたのだった。普段の俺には縁の無い場所だったが、場所くらいなら知っていた。
 暇になった俺はどうしたものかと、適当に入り口近くの雑誌を読んでいた。映画雑誌。
パラパラと捲ると、少し前話題になっていたアニメの映画の特集をしていた。何故今頃になって。
 ねぇ、と後ろから声がかかる。彼女だ。雑誌を棚に戻し、出口に歩き出した彼女に並ぶ。傘立てから傘を抜いた。
「ありがと、もう用事は終わったから」
「ん、そっか。じゃあ家まで──」
「遠慮しとく」
 外の歩道の手前まで来たところで、彼女は俺の言葉を遮った。
「別にね、あんたを信用してない訳じゃないの。ただ、本当に必要ないだけよ」
 俺に有無を言わせない様な、いや、有無を言わせない為に発されたその言葉に、俺は仕方なく肩を竦めた。
「……じゃあ……、これ、持ってけ」
 手に持っていたグレーの折り畳み傘。彼女に向かって差し出した。
「……これ私が貰ったらさぁ、あんたはどうすんの?」
「……実は、俺は未来人でな、雨の中を濡れずに移動することが可能なのだよ」
「じゃあなんで傘持ってんのよ」
「さぁ? 君にあげる為じゃないの?」
 精一杯笑って嘯いてみる。……耳まで真っ赤になっていないだろうか。

11 :No.3 「 妙な 跡」 4/5 ◇p/4uMzQz/M:07/12/16 14:17:08 ID:cQkbnrZ1
 しかして、僕のリアクションを見届けた後、ありがとう、とだけ言って彼女は傘を受け取ってくれた。
「…………じゃあ、俺行くわ」
 このままここに居ることに耐えられそうも無かった。心臓の鼓動も、実は結構前から騒音級になっている。
「──ちょっとタンマ」
 がくっ、と。
 背を向けて走り出そうとした俺の腕を──そうさっき俺が彼女にしたみたいに──彼女は痛いくらいの力で掴み止めた。
「な、何……?」
「名前、教えて。お礼はしたい」
 彼女左手の触れている俺の右腕が熱い。さっきは自分から掴んでたぐらいじゃないか。何、震えてんだよ。俺。
「……あ、アキラ」
「アキラ、ね。覚えた。それと私の名前はね、ホノカ。ホノカ。覚えた?」
「……………………あぁ。うん。覚えた」
 彼女が笑って、俺の右腕が解放される。少し名残惜しいような気持ちも、確かに心にあった。
「んー、じゃね。またいつか、会いましょ」
 俺が渡した傘を差し、雨の街に向けて歩き始める彼女。俺はとっさに口を開いた。
「あ、あのさ!」
「……ん?」
「ん、と……。奇麗だよね、──髪」
「…………ありがとう。アキラは可愛いね。バイバイ」
 手を振りながら、ホノカは去っていった。
 本当は彼女の事を奇麗だって言いたかったのだろうか、と俺は少しだけ考えて、
その後でその考えに──もの凄く後悔した。

12 :No.3 「 妙な 跡」 5/5 ◇p/4uMzQz/M:07/12/16 14:17:30 ID:cQkbnrZ1
 家に帰った俺を迎えたのは、朝と変わらない毛玉だった。違うことは俺に渡してくるものが、傘では無くタオルだということか。
「おかーえり。アキラ、風呂入ってきな、風邪引くよ」
「……………………はい」
 キッチンの方に毛玉が消えたのを確認した後、階段を上り自分の部屋へ。
制服も洗濯しなきゃ駄目だろうから、着替えだけ持って…………。
「……………………はぁー」
 部屋を出たところで、横を見ると、そこには毛玉の部屋がある。俺は覚悟を決めると、その部屋へと侵入った。
 考えていたものはすぐに見つかった。薄暗い部屋の中、部屋の右手にある机の上に、それは置いてあった。
「…………ちっ……」
 光の少ない部屋の中でも分かる。グレーは色あせ、金具の部分は錆びかけているようだが、
曲がって傷跡が付いた取っ手の部分はしっかりと視認出来た。当然のように、雨に濡れてなんていない。
 ──お礼、だって? 全く、冗談じゃない。
「……………………」
 扉の方を振り向くと、そこに毛玉が立っていた。髪の毛の間から見えた右眼と目が合う。
「…………にしししし。出来たよ、ご飯ー」
 趣味が悪いのかタチが悪いのか。それは多分両方だ。とりあえず、これは言わなきゃいけないことなので言っておく。
「──母さん」
「……何?」
「髪の毛を切らない理由は?」
 毛玉が嬉しそうに揺れる。
「昔ね、私の髪奇麗だって言ってくれた人が居たのよぉ。だ、か、ら」
 予想通りすぎた。はぁー、と溜め息をつく。
「奇麗じゃないと言う気はありませんが、実際美人なんですからもっと普通にして下さい」
 これが俺の母親か。受け入れよう。
「……ふふ、ありがとう。明日朝一番で美容室行って来るわー」
 もう予約も実はとって有るのー、と。聞いてまた溜め息が出た。この人には敵わない。
「…………そういえばアキラ、外見だけじゃなくて、溜め息の仕方も昔の私そっくりなんだねぇ、本当」
 
                                  了。



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