【 奇 】
◆s8ee1DM8jQ




6 :No.2 奇 1/2 ◇s8ee1DM8jQ:07/12/16 09:42:55 ID:b5e9umID
 目の前には海が広がっていた。
私は波打ち際で、足首までを海水に浸けて立っている。
海は鮮やかな程のスカイブルー。水平線の近くはディープブルー。
辺りを見回すと、地平線の遙か遠くまで海が繋がっている。右も左も。
「どこだ、ここ」
 波打ち際をチャプチャプ歩いた。足に触れる波はなんだか感覚が薄く、水温もあまり感じない。
私が立てる音しか聞こえず、まわりはうるさいくらい静かだ。不思議な匂い。塩の香りがしない。
「誰かー、いないのー?」
不意に人恋しくなった。こんなところにひとりぼっちで、まるで誰かにおいて行かれたみたいだ。

「とおこ」
 誰かが私の名前を呼んだ。
「…お母さん」
 お母さんは、海の反対側に一人で立っていた。お母さんの向こう側は、深い深い霧がかかっている。
「ひさしぶりね、遠子。元気にしてた?」
「元気だよ、すごく」
ゆっくり私の方へ来るお母さん。優しい微笑みが懐かしかった。
「そう。…良かった」
 強く、強く風が吹いた。手を伸ばせばそこにいるはずのお母さんが、砂埃で見えなくなる。
「お母さんッ! おかあさーん!」
目に入る砂が痛い。私は手探りでお母さんを必死で捜すのに、見つからない。
余りの痛さに、目を強く瞑った。
その瞬間、お母さんに手を強く握られる。

7 :No.2 奇 2/2 ◇s8ee1DM8jQ:07/12/16 09:43:45 ID:b5e9umID

「遠子ッ! おいっ!」
目を開けるとそこには白い天井。右にはひどい顔の弟。左にはひどい顔のお父さん。
「馬鹿野郎、お前!車に気をつけろって何度も言っただろうが!」
お父さんは泣きながら、そして笑いながら怒鳴った。
「おねぇちゃーん、わぁあああーん」
弟がすごく大きな声を上げて泣いている。よだれと鼻水もすごい。
 ――ここ、病院…かな?

 「お父さん、私、お母さんに会った」
砂埃の中、握ってくれたと思った手は、どうやらお父さんのようだけれど。
「…母さん、なんだって?」
「…わからない。でも笑ってた」
そうか、そう言うとお父さんは私の手を一層強く握り、それを額に当てながらまた、涙を零した。

 「ねぇ、恵太。三途の川って海だった」
弟が私を不思議そうにのぞき込む。
「何それ。向こう側がないじゃん」
「ね、変なの」
私は少し涙を流しながら、あはは、と笑った。



お母さん、私、まだこっちにいるね。





END



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